転生モブ令嬢は婿を取らなければいけないのに、【 皇 太 子 殿 下 】の求愛が止まりませんっ!?

indi子/金色魚々子

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第1章 人生激変! 婿を取れ、モブ令嬢!

第1章 人生激変! 婿を取れ、モブ令嬢! ②

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 私はあまり近づきすぎないよう、両腕をめいいっぱい伸ばしてネックレスを受け取ろうとした。しかし、私の手に中々それが乗らない。ふと顔をあげてみると、アルフレッド様は少し不思議そうに私のネックレスを眺めていた。

「あの、それがどうかいたしましたか?」
「え? いや、何でもない」

 皇太子である彼がまじまじと見つめるほど珍しいものだろうか? ありふれたデザインなのに。私の頭にはいくつものハテナマークが浮かぶ。アルフレッド様は見飽きたのか、私の手にそれをそっと乗せた。私は今度こそ外れないようにしっかりと金具を取り付けて、見えないように制服の下に隠した。しかし、その間もちくちくとアルフレッド様の視線が私に刺さっている。……とても気になる。私は大きく息を吐き、緊張してざわめいている胸を落ち着かせた。

「あの、何かございましたか?」
「あ、いや……君は図書委員だったんだな」
「えぇ、それが何か」
「探している本があるんだ」

 本? 私が首を傾げると、アルフレッド様は軽く頷く。

「サニー・オロンピウスという作家の本が入ってきただろう? それの最新刊だ」

 もちろん知っている。今月の書籍貸出ランキングの一位から五位までを占めている、入荷したばかりの超人気作家。彼の体験をもとに描かれる冒険の物語はとてもスリリングで、手に汗握る展開が続く。それが魅力で市中でも完売することが多く、ようやっと図書室に入荷させることができたのだ。

「多分貸し出し中だと思います」
「それがいつ返ってくるのか、わかるか?」
「はい。貸出記録を調べれば……」

 私がカウンターに向かうと、アルフレッド様もついて来る。彼が私の真後ろを歩いていると思うと、自然と背筋が伸びていく。伸びすぎて、カウンターに着くころには背中が少し痛くなっていた。

「えっと……来週までの貸し出しになってますね」

 私が貸出記録を確認すると、アルフレッド様は静かに「そうか」と呟いた。

「それならば、返却された頃にまた来る」
「あ、でも予約がまだ入っていないから、今予約したら確実に次に借りることができますよ」

 私の言葉に、アルフレッド様の髪がぴょこんと揺れたように見えた。いつだってクールで澄まし顔のその表情は変わらないけれど、もしかして、喜んでいるのかな?

「それなら、予約していこう」
「わかりました! 予約カードにお名前と希望の本のタイトルをお願いします!」

 予約カードと鉛筆を渡すと、一瞬だけアルフレッド様の顔が綻んだ。それを見てしまった私の心臓がドキリと跳ね上がる。

 思わぬところで彼の人間味あふれる姿を見てしまった。本当であれば、彼の素顔を知るのはこのゲームのヒロインであるイヴ・ホールだけ。私のようなモブキャラが見る機会なんて全くない。私は前世でゲームをプレイしている時に何度も見てきたけれど……今の人生で彼のそんな表情なんて見たことなかった。珍しいものを見てしまった、きっとベロニカだって見ていないに違いない。妬まれると困るから、今日図書室に彼が来た事は黙っていよう。私は予約カードを受け取りながら、そう心の中で決意した。

 翌週、遅れることなくアルフレッド様が読みたがっていた本が返却されてきた。私は図書室の掲示板に彼が書いた予約カードを貼る。これが貸し出しできるという合図なのだけど……アルフレッド様が気づかない可能性もある。私はベロニカもマリリンも近くにいないことを確認してから、教室の窓際の席に座るアルフレッド様に近づいた。すでにじっとりと汗が流れている。

「何だ?」

 肘をついて外を眺めていた彼は、私が近づくとすぐに気づいて顔をあげた。

「あの、予約されていた本が戻ってきました。いつでも貸し出しできますよ」
「あぁ、分かった。あとで図書室に行く」

 用件を伝えたので、私はすぐにその場を離れていった。

 この学園の悪い所の一つに、すぐに噂が広がっていくということがある。誰と誰が付き合い始めたとか、誰かの家の事業が上手くいっていないらしいとか。特にアルフレッド様は噂の的になりやすい。入学したばかりの時も、ちょっと女子と話をしていたのを見られただけですぐに婚約だのお妃候補だのなんだの与太話が出回ってしまっていた。だから、彼と話すのは必要最低限に。それがこの学園でモブがうまくやっていくコツである。

 私が図書委員の仕事をするために図書室に向かった時、もう掲示板に彼の予約カードは無くなっていた。もう借りに来たんだ、そんなに読みたかったんだと驚いた。それ以上に驚いたのが、次の日の彼の行動だった。

「ティナ」
「……へ?」

 教室でマリリンと一緒にファッション雑誌を見ていた時、突然誰かから話しかけられた。こんなに私の事を親し気に呼ぶ男子は、幼馴染のセオドアだけ。そう思って顔をあげたら……そこにいたのはアルフレッド様だった。私は言葉を失い、楽しそうに話をしていたはずのマリリンはあまりの出来事に目を大きく見開き口をあんぐりと開けている。

「昨日借りた本だが、読み終わった」
「え? もう!?」
「それで聞きたいことがあるのだが……」

 正気を取り戻したマリリンが私の袖を引っ張った。そして教室の出入り口を指さすので、私もそちらを見る。ちょうどブロンドをなびかせたベロニカが戻ってきたところだった。私はマリリンにも聞こえないように小声で「あとで、図書室で」と告げ、私はマリリンの手を引っ張りベロニカの元へ向かった。下手に彼と一緒にいるとことを見られると、確実にベロニカの嫌がらせの対象となってしまう。彼女は今まで、アルフレッド様と少しでも親しそうに話をした女の子を陰で虐めてきた。きっと私だけ例外になることはないだろう。それだけは絶対に避けたい私は、彼に対してあえてそっけない態度を取るしかなかった。

 放課後、私は二人に用事があると言って離れ、一人で図書室に向かう。図書室の中を探し回り、小説コーナーに来たときに、本棚にもたれかかり本を開いていたアルフレッド様を見つけた。

「あの、アルフレッド様」

 小さな声で呼びかけると、彼は私に気づいたのか本から顔をあげた。

「先ほどは失礼な態度を取ってしまい、本当に申し訳ございませんでした」

 気づけば、私は図書室で彼に謝ってばかりだ。頭を下げると、彼は「いい。顔をあげろ」とこちらも小さな声でそう言った。

「俺はお前と話ができるならどこでもいいが……どうして図書室なんだ?」
「そ、それは……」

 ベロニカは本を読むのが大嫌いだから、図書室に来る可能性は低い。ベロニカの機嫌を損ねると、学園生活を送る上で嫌な事ややり辛い事が増えてしまう。だから、こうやってまるで密会のように話をするほかない。それをつっかえながら話すと、アルフレッド様は不思議そうに首を傾げた。

「それの何が悪い事なんだ? 周りの目なんて気にする必要はない」
「で、でも……」

 変な醜聞が立つこと。それが学生から親に伝われば、私の両親まで悪く言われるかもしれない。社交界は広いように見えて、実はとてつもなく狭いのだ。

「学生の時くらい、自分のしたいよう、やりたいように振舞うべきではないのか? どうせ大人になればその自由すらなくなる」

 その声音は少し寂し気なものに聞こえた。アルフレッド様はいずれこの国の皇帝となられるお方。きっと、この学園の中にいる間だけがその自由を満喫できる、最初で最後の時間なのかもしれない。私は何も言うことが出来ず、そっと口を噤む。……でも、この前の緩んだ表情といい、その憂いた横顔といい、ヒロインにだけ見せる表情をこんなに易々とモブの私にも見せてしまうなんて、天然のタラシ者なのかしら?

 私はしんと静まり返る図書室で、自分の振る舞いを振り返っていた。ベロニカに嫌われまいと媚びを売る現在。親の機嫌を損ねないように、上司の怒りを買わないようにと気を張っていた前世。やっていることは今も昔も変わりない、周りの目ばかりを気にしていて……私自身が何をやりたいのかなんて、さっぱりわからないまま。流されることに慣れてしまい、そうしていた方が楽だからと考えることもやめてしまっていた。ベロニカと共に破滅を迎えないようにするために、記憶を取り戻したことは一から自分自身の在り方を考える良いきっかけになるかもしれない。うんうんと唸りながら考えていると、横から「ティナ」と名前を呼ばれていたことに気づいた。

「な、なんでしょうか!?」

 アルフレッド様と話すのはやはり緊張してしまう。

「何度声をかけたら気づくんだ、全く。……何かいい本はないか?」
「え? 本?」
「オロンピウスの本が予約して手に渡ってくるまで暇で仕方ない。ティナは図書委員だろう? それなら、何かいい本は知らないか?」
「えっと……悩むなぁ」

 私がよく読むのは女性向けに書かれた恋愛小説。男の子が読んでも楽しめる本となると、難しい。私は本棚を見上げ、しばし悩む。その間も、私の耳のあたりにはアルフレッド様の視線がチクチクと刺さって来ていて、何だかこそばゆかった。

「……違う作者の冒険小説なんてどうですか?」

 私は少し背伸びをして、本棚から一冊の本を取りだした。今流行りのオロンピウスではなく、随分昔に出版された冒険小説。あまり流行ることはなく重版もされず、マイナー過ぎて知っている人も少ない。私はたまたまお父様の書斎の本棚にあったから読んだことがあったけれど、アルフレッド様は知らない作家だったみたいだった。

「ありがとう。借りて行く」

 私から本を受け取り、優しく題字を撫でた。その指先は少しカサカサしていて、爪は私よりも一回り大きい。当たり前だ、男の人だもん。カウンターに向かうアルフレッド様の背中は、授業中に見かけるそれよりも穏やかに見えた。

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