転生モブ令嬢は婿を取らなければいけないのに、【 皇 太 子 殿 下 】の求愛が止まりませんっ!?

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
23 / 31
第5章 あなただけのヒロインになりたい

第5章 あなただけのヒロインになりたい ④

しおりを挟む

 マリリンはメイク道具を駆使してその隈を目立たなくしてくれていた。ベロニカはしょぼくれた私の姿を見て大きなため息を吐いた。声を出したら泣いてしまいそうだった私は口を噤み、首を横に振る。

「じゃあ何よ?」
「ベロニカさん、ティナさんだって言いたくないときがありますよ!」

 珍しくマリリンがベロニカに歯向かった。ベロニカはキッとマリリンを睨むけれど、すぐに視線を逸らす。

「それもそうね。悪かったわ」
「……」
「話したくなったらいつでも相談してくださいね」
「……そうね。私たち縁がある訳だし」

 マリリンのストレートな優しさ、ベロニカの分かりづらい優しさ。種類の違うけれど、それらは今の私の心にあたたかく染み渡っていった。ぽろりと溢れる涙を二人に気づかれないようにぬぐったけれど、それはバレバレだったみたいで、ベロニカはハンカチを貸してくれた。

「はい、これで少しは良く見えると思います!」

 メイクを終えたマリリンが鏡を見せてくれる。くっきりと残っていた隈はコンシーラーとファンデーションで上手くごまかされていて、少し顔色もよく見える。

「……すごい」
「ふふ! 私にかかればこれくらい簡単にできますわ」
「へー。すごいじゃん。今度私のメイクもしなさいよ」

 少しだけ気持ちが和らぐのを感じた。鏡に映る私の顔も、ほんのりと笑みを作っている。それを見た二人が少し安心したように息を漏らした。

「……あれ、ティナ、化粧なんてしてんの?」

 鏡にセオドアの姿が映りこんだ。驚いて振り返ると、彼は私の顔をまじまじと見つめてきた。

「珍しい。どうして急に」
「……いいじゃない、別に。セオドアこそ何か用があるの?」
「うん、ちょっとティナに話があるんだ」

 その声はいつものおどけた調子ではなく、どこか重たい雰囲気をまとったものだった。私は驚き、ベロニカとマリリンを見た。二人とも少しびっくりしているように見える。

「わかったわ。行きましょう」

 私は二人に礼を言って立ち上がった。セオドアは人気の少ない場所まで歩いていくので、私もその背中を追った。

「ティナ、お前、大丈夫か?」
「……なにが?」
「殿下の事だよ。……あの転校生と一緒にいるところ見たんだよ、何か仲いい感じでさ」

 私は顔を伏せた。涙をぎゅっと堪えて、喉を振り絞った。

「元々あの二人はそうなる運命だったのよ」
「ティナはそれでいいのか?」
「いいに決まっているでしょう? 第一、皇太子殿下とどうにかなったところで私は……」

 そこまで言って、喉が詰まってしまった。泣くのを我慢すると喉が痛くなる。セオドアは一歩私に近づき、あやすように手をぎゅっと握ってくれた。私はほっと息を吐きだすと、次の瞬間、彼は耳を疑うような事を言い出した。

「それなら、殿下の代わりに……俺はどう?」

 私は顔をあげてセオドアの顔を見た。それはいつもの明るくおどけた表情ではなく、真面目な顔。思わず手を引こうとすると、彼は強く私の手を握りしめる。まるで離さないと言わんばかりに。

「きゅ、急にそんな事言われても……」
「まあ、確かに急かもな。でも俺は、子どもの時からティナの事が気になっていた。ずっと勇気が出なかっただけで……これでラストチャンスだと思うから」

 セオドアの手がどんどん汗ばんでいく。彼が緊張しているのが伝わってくる。

「俺ならいつでも婿になれるよ。薬の事も経営の事も詳しくないけど、もしティナが俺を選んでくれるなら勉強だってするから。だから、俺を選ぶのもありじゃない?」

 そうか、セオドアと結婚したらすべてが丸く収まる。お父様もお母様も、幼いころからよく知るセオドアがお婿さんに来てもらったら安心するに違いない。そんな未来を思い描こうとしたのに、私は彼の手を振りほどいていた。

「……ティナ?」
「……ごめんなさい!」

 私は気づけば逃げるように走り出していた。全速力で駆け抜けて、私は誰もいない教室に飛び込んでいた。息を止めて走っていたのか、呼吸が苦しい。私はしゃがみ込み、呼吸を整えていた。目を閉じると蘇るのは、あのまっすぐなセオドアの瞳、アルフレッドと指切りした小指の熱、そしてイヴの目の冷たさ――。
 

「なんだぁ、アイツとくっつけばいいのに」

 私はハッと顔をあげた。誰もいないと思っていたのに、私を見下ろすようにイヴが立っている。今思い出したのと同じ目で私を見ていた。

「私、あんまりセオドアって推してないんだよね。なんか刺さらなかったっていうか……とにかくアイツはどうでもいいから、好きにしちゃっていいよぉ」

 そう言ってイヴは鼻で笑う。

「私の事なんて、イヴにはどうでもいいでしょう?」
「まあそうなんだけど? 面白そうだからついてきちゃったの」
「アルフレッドと一緒にいたらいいじゃない! 順調に攻略してるんでしょ!?」

 私は喉を振り絞って声を張り上げる。悲痛な叫びは空き教室にビリビリと響いていった。ハッと顔をあげると、イヴがつまらなそうな目で私を見る。

「……アンタには関係ないじゃない」

 そう言い捨てて、イヴは空き教室から出ていき、私は一人そこで取り残されていった。

***

「ティナ、聞いたわよ!」
「もう! そんな事になっているなら、どうして教えてくれなかったのですか!?」
「まさかティナの悩みってそのことだったの!?」

 ボロボロになっている私が教室に戻ると、ベロニカとマリリンが私に詰め寄ってきた。話が見えなくて困惑していると、マリリンが「セオドアくんのことですよ!」と大きな声を出す。

「噂になってますよ、セオドアくんが祝賀パーティーのダンスにティナさんを誘ったって」
「え……?」
「もしかして嘘ですか?」

 ううん、それは嘘ではない。私が不思議なのは、どうして二人がそのことを知っているのかという事。さっきその話をしたばかりなのに……そう思っていると、背後からぞっとする悪意に満ちた声が聞こえてきた。

「私、聞いちゃったんですよぉ。たまたま通りかかっただけなんですけど、とっても熱烈な告白でしたよぉ。セオドアさんってティナさんと親しかったんですねぇ」

 私が振り返ると、イヴはにやりと笑う。

「前に皇太子さまと決闘をしていたのは、やっぱりシモンズさんを巡ってだったのね」

 イヴの話を聞いたリリアがそう相槌を打つ。その言葉に周りも「確かにそんなこともあったね」と頷いていた。ベロニカもマリリンも、その時の事を思い出している様子だった。

「ち、違うの。確かにそういう話にはなったけれど……」

 私は良い返事を返してない。そう言おうと思ったのに、マリリンが先に「すごい!」と嬉しそうな声をあげた。

「やっぱり二人はそんな関係だったのですね!」
「いや、あの、ちが……」
「まあお似合いじゃない?」

 私が否定しようと思っても、周りが外堀を埋めていく。これではイヴの思うつぼだ。どうしようと戸惑っていると、ドアが開く音が聞こえた。教室中がそこに視線を向け、シンと静まり返る。

「……アルフレッド」

 私は口の中で小さく呟いた。彼はぐるっと教室を見渡して、私を見つけたと思ったらまっすぐ歩み寄ってくる。

「で、殿下……!?」

 ベロニカは姿勢を正して、マリリンはその影に隠れる。けれど、彼は二人に目もくれず私の手首を掴んだ。

「こっちに来い」
「え、あ……」
「いいから、ほら」

 腕を強く引いて私を立たせ、そのまま引きずる様に教室を飛び出して行った。彼が背中を向けているから、アルフレッドが今どんな表情をしているのかが見えない。怒っていたらどうしよう、悲しんでいたらどうしよう。そんな不安ばかりが渦巻いていく。彼はそのまま廊下を駆け抜けて、階段を昇っていった。

 辿り着いたのは、天文台だった。大きな布がかけられた望遠鏡が真ん中に鎮座していて、
しばらく換気がされていなかったのか少し埃っぽい。アルフレッドの表情は薄暗くて分からないままだった。私が俯いていると、アルフレッドは手首を離して、今度は手を握った。

「あの話は本当なのか?」

 アルフレッドの声は僅かに震えていた。まるで怯えているかのような声音。私は首を横に振る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも
恋愛
転生したのは、web小説の世界だった。物語が始まる前の時間、隣国の竜王へ嫁ぐ薄幸の王女、デジレに。 結婚相手である竜王ワッツァは、冷酷非道で人間を蔑む恐ろしい竜人だ。彼はデジレを、半竜(半分竜で半分人間)である息子の養育係としかみていない。けれどその息子バートラフこそ、前世の「わたし」の最オシ」だった。 この世界のバートラフはまだ5歳。懸命に悪ガキぶっているけど、なんてかわいいの!? 小説のバートラフは、闇落ちして仲間の騎士たちに殺されてしまうけど、そんな未来は、絶対に許さないんだから!  幼いバートラフに対する、愛情いっぱいの子育ての日々が始まる。やがて彼の成竜への通過儀礼を経て、父の竜王は、デジレに対して執着を見せ始める。 ところが、竜と人間の戦争が始まってしまう。おとなになったバートラフは人間側につき、聖女の騎士団に入った。人と竜の間で下される彼の決断は? そして、転生者デジレに与えられたスキル「プロットを破断する者」を、彼女はどう発動させるのか。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

転生賢妻は最高のスパダリ辺境伯の愛を独占し、やがて王国を救う〜現代知識で悪女と王都の陰謀を打ち砕く溺愛新婚記〜

紅葉山参
恋愛
ブラック企業から辺境伯夫人アナスタシアとして転生した私は、愛する完璧な夫マクナル様と溺愛の新婚生活を送っていた。私は前世の「合理的常識」と「科学知識」を駆使し、元公爵令嬢ローナのあらゆる悪意を打ち破り、彼女を辺境の落ちぶれた貴族の元へ追放した。 第一の試練を乗り越えた辺境伯領は、私の導入した投資戦略とシンプルな経営手法により、瞬く間に王国一の経済力を確立する。この成功は、王都の中央貴族、特に王弟公爵とその腹心である奸猾な財務大臣の強烈な嫉妬と警戒を引き寄せる。彼らは、辺境伯領の富を「危険な独立勢力」と見なし、マクナル様を王都へ召喚し、アナスタシアを孤立させる第二の試練を仕掛けてきた。 夫が不在となる中、アナスタシアは辺境領の全ての重責を一人で背負うことになる。王都からの横暴な監査団の干渉、領地の資源を狙う裏切り者、そして辺境ならではの飢饉と疫病の発生。アナスタシアは「現代のインフラ技術」と「危機管理広報」を駆使し、夫の留守を完璧に守り抜くだけでなく、王都の監査団を論破し、辺境領の半独立的な経済圏を確立する。 第三の試練として、隣国との緊張が高まり、王国全体が未曽有の財政危機に瀕する。マクナル様は王国の窮地を救うため王都へ戻るが、保守派の貴族に阻まれ無力化される。この時、アナスタシアは辺境伯夫人として王都へ乗り込むことを決意する。彼女は前世の「国家予算の再建理論」や「国際金融の知識」を武器に、王国の経済再建計画を提案する。 最終的に、アナスタシアとマクナル様は、王国の腐敗した権力構造と対峙し、愛と知恵、そして辺境の強大な経済力を背景に、全ての敵対勢力を打ち砕く。王国の危機を救った二人は、辺境伯としての地位を王国の基盤として確立し、二人の愛の結晶と共に、永遠に続く溺愛と繁栄の歴史を築き上げる。 予定です……

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

処理中です...