23 / 31
第5章 あなただけのヒロインになりたい
第5章 あなただけのヒロインになりたい ④
マリリンはメイク道具を駆使してその隈を目立たなくしてくれていた。ベロニカはしょぼくれた私の姿を見て大きなため息を吐いた。声を出したら泣いてしまいそうだった私は口を噤み、首を横に振る。
「じゃあ何よ?」
「ベロニカさん、ティナさんだって言いたくないときがありますよ!」
珍しくマリリンがベロニカに歯向かった。ベロニカはキッとマリリンを睨むけれど、すぐに視線を逸らす。
「それもそうね。悪かったわ」
「……」
「話したくなったらいつでも相談してくださいね」
「……そうね。私たち縁がある訳だし」
マリリンのストレートな優しさ、ベロニカの分かりづらい優しさ。種類の違うけれど、それらは今の私の心にあたたかく染み渡っていった。ぽろりと溢れる涙を二人に気づかれないようにぬぐったけれど、それはバレバレだったみたいで、ベロニカはハンカチを貸してくれた。
「はい、これで少しは良く見えると思います!」
メイクを終えたマリリンが鏡を見せてくれる。くっきりと残っていた隈はコンシーラーとファンデーションで上手くごまかされていて、少し顔色もよく見える。
「……すごい」
「ふふ! 私にかかればこれくらい簡単にできますわ」
「へー。すごいじゃん。今度私のメイクもしなさいよ」
少しだけ気持ちが和らぐのを感じた。鏡に映る私の顔も、ほんのりと笑みを作っている。それを見た二人が少し安心したように息を漏らした。
「……あれ、ティナ、化粧なんてしてんの?」
鏡にセオドアの姿が映りこんだ。驚いて振り返ると、彼は私の顔をまじまじと見つめてきた。
「珍しい。どうして急に」
「……いいじゃない、別に。セオドアこそ何か用があるの?」
「うん、ちょっとティナに話があるんだ」
その声はいつものおどけた調子ではなく、どこか重たい雰囲気をまとったものだった。私は驚き、ベロニカとマリリンを見た。二人とも少しびっくりしているように見える。
「わかったわ。行きましょう」
私は二人に礼を言って立ち上がった。セオドアは人気の少ない場所まで歩いていくので、私もその背中を追った。
「ティナ、お前、大丈夫か?」
「……なにが?」
「殿下の事だよ。……あの転校生と一緒にいるところ見たんだよ、何か仲いい感じでさ」
私は顔を伏せた。涙をぎゅっと堪えて、喉を振り絞った。
「元々あの二人はそうなる運命だったのよ」
「ティナはそれでいいのか?」
「いいに決まっているでしょう? 第一、皇太子殿下とどうにかなったところで私は……」
そこまで言って、喉が詰まってしまった。泣くのを我慢すると喉が痛くなる。セオドアは一歩私に近づき、あやすように手をぎゅっと握ってくれた。私はほっと息を吐きだすと、次の瞬間、彼は耳を疑うような事を言い出した。
「それなら、殿下の代わりに……俺はどう?」
私は顔をあげてセオドアの顔を見た。それはいつもの明るくおどけた表情ではなく、真面目な顔。思わず手を引こうとすると、彼は強く私の手を握りしめる。まるで離さないと言わんばかりに。
「きゅ、急にそんな事言われても……」
「まあ、確かに急かもな。でも俺は、子どもの時からティナの事が気になっていた。ずっと勇気が出なかっただけで……これでラストチャンスだと思うから」
セオドアの手がどんどん汗ばんでいく。彼が緊張しているのが伝わってくる。
「俺ならいつでも婿になれるよ。薬の事も経営の事も詳しくないけど、もしティナが俺を選んでくれるなら勉強だってするから。だから、俺を選ぶのもありじゃない?」
そうか、セオドアと結婚したらすべてが丸く収まる。お父様もお母様も、幼いころからよく知るセオドアがお婿さんに来てもらったら安心するに違いない。そんな未来を思い描こうとしたのに、私は彼の手を振りほどいていた。
「……ティナ?」
「……ごめんなさい!」
私は気づけば逃げるように走り出していた。全速力で駆け抜けて、私は誰もいない教室に飛び込んでいた。息を止めて走っていたのか、呼吸が苦しい。私はしゃがみ込み、呼吸を整えていた。目を閉じると蘇るのは、あのまっすぐなセオドアの瞳、アルフレッドと指切りした小指の熱、そしてイヴの目の冷たさ――。
「なんだぁ、アイツとくっつけばいいのに」
私はハッと顔をあげた。誰もいないと思っていたのに、私を見下ろすようにイヴが立っている。今思い出したのと同じ目で私を見ていた。
「私、あんまりセオドアって推してないんだよね。なんか刺さらなかったっていうか……とにかくアイツはどうでもいいから、好きにしちゃっていいよぉ」
そう言ってイヴは鼻で笑う。
「私の事なんて、イヴにはどうでもいいでしょう?」
「まあそうなんだけど? 面白そうだからついてきちゃったの」
「アルフレッドと一緒にいたらいいじゃない! 順調に攻略してるんでしょ!?」
私は喉を振り絞って声を張り上げる。悲痛な叫びは空き教室にビリビリと響いていった。ハッと顔をあげると、イヴがつまらなそうな目で私を見る。
「……アンタには関係ないじゃない」
そう言い捨てて、イヴは空き教室から出ていき、私は一人そこで取り残されていった。
***
「ティナ、聞いたわよ!」
「もう! そんな事になっているなら、どうして教えてくれなかったのですか!?」
「まさかティナの悩みってそのことだったの!?」
ボロボロになっている私が教室に戻ると、ベロニカとマリリンが私に詰め寄ってきた。話が見えなくて困惑していると、マリリンが「セオドアくんのことですよ!」と大きな声を出す。
「噂になってますよ、セオドアくんが祝賀パーティーのダンスにティナさんを誘ったって」
「え……?」
「もしかして嘘ですか?」
ううん、それは嘘ではない。私が不思議なのは、どうして二人がそのことを知っているのかという事。さっきその話をしたばかりなのに……そう思っていると、背後からぞっとする悪意に満ちた声が聞こえてきた。
「私、聞いちゃったんですよぉ。たまたま通りかかっただけなんですけど、とっても熱烈な告白でしたよぉ。セオドアさんってティナさんと親しかったんですねぇ」
私が振り返ると、イヴはにやりと笑う。
「前に皇太子さまと決闘をしていたのは、やっぱりシモンズさんを巡ってだったのね」
イヴの話を聞いたリリアがそう相槌を打つ。その言葉に周りも「確かにそんなこともあったね」と頷いていた。ベロニカもマリリンも、その時の事を思い出している様子だった。
「ち、違うの。確かにそういう話にはなったけれど……」
私は良い返事を返してない。そう言おうと思ったのに、マリリンが先に「すごい!」と嬉しそうな声をあげた。
「やっぱり二人はそんな関係だったのですね!」
「いや、あの、ちが……」
「まあお似合いじゃない?」
私が否定しようと思っても、周りが外堀を埋めていく。これではイヴの思うつぼだ。どうしようと戸惑っていると、ドアが開く音が聞こえた。教室中がそこに視線を向け、シンと静まり返る。
「……アルフレッド」
私は口の中で小さく呟いた。彼はぐるっと教室を見渡して、私を見つけたと思ったらまっすぐ歩み寄ってくる。
「で、殿下……!?」
ベロニカは姿勢を正して、マリリンはその影に隠れる。けれど、彼は二人に目もくれず私の手首を掴んだ。
「こっちに来い」
「え、あ……」
「いいから、ほら」
腕を強く引いて私を立たせ、そのまま引きずる様に教室を飛び出して行った。彼が背中を向けているから、アルフレッドが今どんな表情をしているのかが見えない。怒っていたらどうしよう、悲しんでいたらどうしよう。そんな不安ばかりが渦巻いていく。彼はそのまま廊下を駆け抜けて、階段を昇っていった。
辿り着いたのは、天文台だった。大きな布がかけられた望遠鏡が真ん中に鎮座していて、
しばらく換気がされていなかったのか少し埃っぽい。アルフレッドの表情は薄暗くて分からないままだった。私が俯いていると、アルフレッドは手首を離して、今度は手を握った。
「あの話は本当なのか?」
アルフレッドの声は僅かに震えていた。まるで怯えているかのような声音。私は首を横に振る。
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤
凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。
幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。
でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです!
ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます
星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。
家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。
……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。
“天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、
そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。
これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、
いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。
(完結済ー全8話)
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?