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第5章 あなただけのヒロインになりたい
第5章 あなただけのヒロインになりたい ④
しおりを挟むマリリンはメイク道具を駆使してその隈を目立たなくしてくれていた。ベロニカはしょぼくれた私の姿を見て大きなため息を吐いた。声を出したら泣いてしまいそうだった私は口を噤み、首を横に振る。
「じゃあ何よ?」
「ベロニカさん、ティナさんだって言いたくないときがありますよ!」
珍しくマリリンがベロニカに歯向かった。ベロニカはキッとマリリンを睨むけれど、すぐに視線を逸らす。
「それもそうね。悪かったわ」
「……」
「話したくなったらいつでも相談してくださいね」
「……そうね。私たち縁がある訳だし」
マリリンのストレートな優しさ、ベロニカの分かりづらい優しさ。種類の違うけれど、それらは今の私の心にあたたかく染み渡っていった。ぽろりと溢れる涙を二人に気づかれないようにぬぐったけれど、それはバレバレだったみたいで、ベロニカはハンカチを貸してくれた。
「はい、これで少しは良く見えると思います!」
メイクを終えたマリリンが鏡を見せてくれる。くっきりと残っていた隈はコンシーラーとファンデーションで上手くごまかされていて、少し顔色もよく見える。
「……すごい」
「ふふ! 私にかかればこれくらい簡単にできますわ」
「へー。すごいじゃん。今度私のメイクもしなさいよ」
少しだけ気持ちが和らぐのを感じた。鏡に映る私の顔も、ほんのりと笑みを作っている。それを見た二人が少し安心したように息を漏らした。
「……あれ、ティナ、化粧なんてしてんの?」
鏡にセオドアの姿が映りこんだ。驚いて振り返ると、彼は私の顔をまじまじと見つめてきた。
「珍しい。どうして急に」
「……いいじゃない、別に。セオドアこそ何か用があるの?」
「うん、ちょっとティナに話があるんだ」
その声はいつものおどけた調子ではなく、どこか重たい雰囲気をまとったものだった。私は驚き、ベロニカとマリリンを見た。二人とも少しびっくりしているように見える。
「わかったわ。行きましょう」
私は二人に礼を言って立ち上がった。セオドアは人気の少ない場所まで歩いていくので、私もその背中を追った。
「ティナ、お前、大丈夫か?」
「……なにが?」
「殿下の事だよ。……あの転校生と一緒にいるところ見たんだよ、何か仲いい感じでさ」
私は顔を伏せた。涙をぎゅっと堪えて、喉を振り絞った。
「元々あの二人はそうなる運命だったのよ」
「ティナはそれでいいのか?」
「いいに決まっているでしょう? 第一、皇太子殿下とどうにかなったところで私は……」
そこまで言って、喉が詰まってしまった。泣くのを我慢すると喉が痛くなる。セオドアは一歩私に近づき、あやすように手をぎゅっと握ってくれた。私はほっと息を吐きだすと、次の瞬間、彼は耳を疑うような事を言い出した。
「それなら、殿下の代わりに……俺はどう?」
私は顔をあげてセオドアの顔を見た。それはいつもの明るくおどけた表情ではなく、真面目な顔。思わず手を引こうとすると、彼は強く私の手を握りしめる。まるで離さないと言わんばかりに。
「きゅ、急にそんな事言われても……」
「まあ、確かに急かもな。でも俺は、子どもの時からティナの事が気になっていた。ずっと勇気が出なかっただけで……これでラストチャンスだと思うから」
セオドアの手がどんどん汗ばんでいく。彼が緊張しているのが伝わってくる。
「俺ならいつでも婿になれるよ。薬の事も経営の事も詳しくないけど、もしティナが俺を選んでくれるなら勉強だってするから。だから、俺を選ぶのもありじゃない?」
そうか、セオドアと結婚したらすべてが丸く収まる。お父様もお母様も、幼いころからよく知るセオドアがお婿さんに来てもらったら安心するに違いない。そんな未来を思い描こうとしたのに、私は彼の手を振りほどいていた。
「……ティナ?」
「……ごめんなさい!」
私は気づけば逃げるように走り出していた。全速力で駆け抜けて、私は誰もいない教室に飛び込んでいた。息を止めて走っていたのか、呼吸が苦しい。私はしゃがみ込み、呼吸を整えていた。目を閉じると蘇るのは、あのまっすぐなセオドアの瞳、アルフレッドと指切りした小指の熱、そしてイヴの目の冷たさ――。
「なんだぁ、アイツとくっつけばいいのに」
私はハッと顔をあげた。誰もいないと思っていたのに、私を見下ろすようにイヴが立っている。今思い出したのと同じ目で私を見ていた。
「私、あんまりセオドアって推してないんだよね。なんか刺さらなかったっていうか……とにかくアイツはどうでもいいから、好きにしちゃっていいよぉ」
そう言ってイヴは鼻で笑う。
「私の事なんて、イヴにはどうでもいいでしょう?」
「まあそうなんだけど? 面白そうだからついてきちゃったの」
「アルフレッドと一緒にいたらいいじゃない! 順調に攻略してるんでしょ!?」
私は喉を振り絞って声を張り上げる。悲痛な叫びは空き教室にビリビリと響いていった。ハッと顔をあげると、イヴがつまらなそうな目で私を見る。
「……アンタには関係ないじゃない」
そう言い捨てて、イヴは空き教室から出ていき、私は一人そこで取り残されていった。
***
「ティナ、聞いたわよ!」
「もう! そんな事になっているなら、どうして教えてくれなかったのですか!?」
「まさかティナの悩みってそのことだったの!?」
ボロボロになっている私が教室に戻ると、ベロニカとマリリンが私に詰め寄ってきた。話が見えなくて困惑していると、マリリンが「セオドアくんのことですよ!」と大きな声を出す。
「噂になってますよ、セオドアくんが祝賀パーティーのダンスにティナさんを誘ったって」
「え……?」
「もしかして嘘ですか?」
ううん、それは嘘ではない。私が不思議なのは、どうして二人がそのことを知っているのかという事。さっきその話をしたばかりなのに……そう思っていると、背後からぞっとする悪意に満ちた声が聞こえてきた。
「私、聞いちゃったんですよぉ。たまたま通りかかっただけなんですけど、とっても熱烈な告白でしたよぉ。セオドアさんってティナさんと親しかったんですねぇ」
私が振り返ると、イヴはにやりと笑う。
「前に皇太子さまと決闘をしていたのは、やっぱりシモンズさんを巡ってだったのね」
イヴの話を聞いたリリアがそう相槌を打つ。その言葉に周りも「確かにそんなこともあったね」と頷いていた。ベロニカもマリリンも、その時の事を思い出している様子だった。
「ち、違うの。確かにそういう話にはなったけれど……」
私は良い返事を返してない。そう言おうと思ったのに、マリリンが先に「すごい!」と嬉しそうな声をあげた。
「やっぱり二人はそんな関係だったのですね!」
「いや、あの、ちが……」
「まあお似合いじゃない?」
私が否定しようと思っても、周りが外堀を埋めていく。これではイヴの思うつぼだ。どうしようと戸惑っていると、ドアが開く音が聞こえた。教室中がそこに視線を向け、シンと静まり返る。
「……アルフレッド」
私は口の中で小さく呟いた。彼はぐるっと教室を見渡して、私を見つけたと思ったらまっすぐ歩み寄ってくる。
「で、殿下……!?」
ベロニカは姿勢を正して、マリリンはその影に隠れる。けれど、彼は二人に目もくれず私の手首を掴んだ。
「こっちに来い」
「え、あ……」
「いいから、ほら」
腕を強く引いて私を立たせ、そのまま引きずる様に教室を飛び出して行った。彼が背中を向けているから、アルフレッドが今どんな表情をしているのかが見えない。怒っていたらどうしよう、悲しんでいたらどうしよう。そんな不安ばかりが渦巻いていく。彼はそのまま廊下を駆け抜けて、階段を昇っていった。
辿り着いたのは、天文台だった。大きな布がかけられた望遠鏡が真ん中に鎮座していて、
しばらく換気がされていなかったのか少し埃っぽい。アルフレッドの表情は薄暗くて分からないままだった。私が俯いていると、アルフレッドは手首を離して、今度は手を握った。
「あの話は本当なのか?」
アルフレッドの声は僅かに震えていた。まるで怯えているかのような声音。私は首を横に振る。
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