愛以上、恋未満 ―処女未亡人は、危険なオトコの愛欲に溺れる―

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
3 / 35
1話

1話 ③

しおりを挟む
「突然こんなことになって疲れているでしょう? ゆっくり座っていて、来てくれた方へのご挨拶は私たち家族でやりますから。ね、文明」
「そうだな、姉さん。……莉乃さんは、本当に何もしなくていいんだからな」

 よく琴音さんに「ぼんやりしている」と言われる私でも、この人たちに厄介払いされていることはすぐに分かる。

 彼女たちの言葉に逆らうことなく、少し背中を丸めながら葬儀会場の隅に置かれた椅子に向かった。途中ですれ違った女性に「あんなに猫背で、みっともない」と耳打ちされたけれども、途方に暮れてしまっている私には、そんな小言は全く気にならなかった。ただ、着慣れない和装の喪服の帯が苦しいのと……「これからどうしたらいいのだろう」という不安でいっぱいだった。

「あの【後妻さん】も立場ないわねぇ」
「もしかして、あの子、疫病神なんじゃない? あんなに元気だって人が、ぽっくり亡くなるなんて」
「そうね、実家の工場も傾いて大変だって言うし……」
「でも、籍なんて入れる前で良かったわよね」

 葬儀場の隅っこに座る私の耳に、陰口が飛び込んできた。

 婚姻届を提出しようとしたまさにその日、斉藤さんは突然倒れた。文明さんの奥さんが慌てて救急車を呼び、すぐに病院に搬送されたけれど……頭の中の大事な血管が破けてしまったらしく、病院に着いた時にはもう手の付けようがない状態だった。

 バタバタとしながらも葬儀の準備をすべて整えたのは文明さんや優子さんで、私はその間も今も、ずっと蚊帳の外にいた。

 それもそのはず。これで私は、彼らとは何も関係のない人間になってしまったのだ。

「それもそうね。これでもし入籍でもしてたら……財産の半分、持っていかれちゃうんでしょう? あの貧乏くさい女に」
「文明さんのお嫁さんも安心してたわよ。ま、取り分は多い方がいいからねぇ」

 その悪意を持った言葉たちは、次第に遠ざかっていく。時間が経つにつれて、私の胸は、不安で押しつぶされそうになっていた。

 斉藤さんが死んでしまった今、実家の工場への融資の話も立ち消えになってしまうだろう。その融資の話も、おそらく彼が独断で決めたことに違いない。結婚だけじゃなくて融資にも反対していた斉藤さんの息子も娘も、きっと……いや間違いなく、その話をなかったものにするだろう。

 融資だけではない。実家の家族は、私が、斉藤さんの遺産を手に入れることを目論んでいた。実際にどれくらいあるか聞いたわけじゃないけれど、彼は若い娘が生活していくには十分すぎるだろうとぽろっと漏らしていた。

 けれど、斉藤さんと正式に結婚できなかった私に、その財産の相続されることはない。法律がそう決めている。

 遺言状があれば話は違うのだろうけれど、斉藤さんは、籍を入れたら弁護士に預けている遺言状も書き換えようかな、なんて話をしていた。それは、亡くなる前の晩だっただろうか。もっと早く変えてくれていたら……そんな浅ましい事を考えて、私は大きく息を吐いた。

 自分を取り巻く環境が慌ただしく変わり続けて、もう家を出てから何日経ったかもわからない。けれど、私の家族が考えた稚拙な遺産相続計画ははじけ飛んだ泡沫と化したのは分かる。私は親族席に座ることも許されず、葬儀場の隅でただすべてが終わるまでじっと待っていた。

 火葬場に行くのは親族と会社の人間、それと親しい友人だけ。そう言われたのは火葬場に向かうバスに乗り込もうとしたときだった。

 一日も経つと喪服の帯のキツさにも慣れていた。バスの乗り口の段差に足を置いた時、娘の優子さんが私の前に立ちふさがりそうピシャリと言いのけた。

「莉乃さんは先に帰ってくださるかしら? ここからはあなたがいなくても大丈夫だから。……それと、あなたはもう我が家とは何の関係のない人なのだから、実家に帰る用意もしておいてね。帰ってきてから文明にお家まで送らせますから」

 私は顔を伏せて、その言葉にうなずいた。

「はあ、これでやっとあなたとも縁が切れるのね、せいせいするわ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない

橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。 そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。 1~2万文字の短編予定→中編に変更します。 いつもながらの溺愛執着ものです。

婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」  中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。  そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。  両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。 手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。 「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」  可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。 16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。  13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。 「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」 癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...