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5話
5話 ③
祖父は気まずそうに頭を掻いた。
「いや、実は……家をリフォームしようかと思ってて、もういくつかから見積もりも貰ったんだ」
「え?」
「少し余裕できたら、ばあさんが台所を直したいってずっと昔から言っててなぁ。ほら、うち古いだろ? ボロボロなのが目立ってきたから、ここは一気に全体的にリフォームしようという話になったんだけど、いかんせん、金が足りなくてな。銀行も貸してくれないからローンも組めないし。だから莉乃、加州さんに言ってお金貰ってきてくれよ」
「そ、そんなの無理だよ」
あんなにお世話になっているのに、そんな厚かましい事言えるはずがない。百歩譲って『借りる』ならまだしも『貰う』だなんて、そんなの、加州さんに対してとても失礼だ。私がそう言いかえそうとした瞬間、祖父はテーブルを強く叩いた。
「お前は、おじいちゃんの言う事が聞けないのか!!」
こじんまりとした喫茶店に、祖父の怒鳴り声が響き渡る。他の客や店員がこちらを迷惑そうに見ていることに気づき、私はそっと小さな声で「やめてよ」と祖父をなだめる。しかし、一度激高した祖父が静まる気配は全くなかった。
「お前だって、今は加州とかいう男に囲われて、良い生活してるんだろ! 俺たちがどれだけ不安で、心細い日々を送ってきたのか、お前には分かってるのか!?」
「ご、ごめんなさい、おじいちゃん……」
私が震えながら「わかったから、お願い、静かにして」と何度も繰り返すと、ようやっとおじいちゃんは落ち着いた。声を荒げて喉が渇いたのか、コーヒーを一気に飲んでいく。
「わかったなら、もういい。頼んだぞ、莉乃」
「……はい」
「お前だけが頼りなんだから」
その言葉を、前にも聞いた気がする。そうだ、斉藤さんの元に嫁げと言われたときだ。あの時の私は、自分だけが犠牲になれば家族みんなが救われるんだ、それだけを誇りにして前に進むことができた。
でも、今は違う。私は目を閉じる。目蓋の裏に蘇るのは、加州さんの柔らかな笑みと、彼の暖かさと……一度は忘れてしまっていた、彼の血の鮮やかな色だった。
それらをすべて裏切ることなんて、到底できなかった。
ご機嫌になった祖父と別れた私は、加州さんのマンションに向かう。幸いなことに彼はまだ帰っていない。私はこの家を離れるため、荷物をまとめ始めた。元々私の荷物は少なかったから、すぐに荷造りは終わる。
(……ごめんなさい、ありがとうございました。さようなら)
リビングを見渡して、私は心の中で何度もそう繰り返す。その言葉が加州さんに届かないことは分かっているけれど、どうしても溢れ出す気持ちを止めることはできなかった。目尻に浮かぶ涙を強引に拭い、私はマンションをあとにした。
けれど、私は行く当てもなくただ人混みの中をさまよい続けるだけだった。スマートフォンには琴音さんの連絡先が入っているけれど、こんなことに琴音さんを巻き込むわけにはいかない。けれど、一銭も持たない身で、生きていくことも出来ない。今日は野宿でもしようかな……と思っていた時、私はいつの間にか繁華街にたどり着いていたことに気づいた。
私は以前、加州さんが言っていた『若い女が手っ取り早く稼ぐ方法』について思い出していた。
「もう、それしかないよね……」
私は繁華街を進む。奥に向かうにつれて、居酒屋の看板は減り、その代わり【いかがわしい】お店のネオンが増えてきた。私には向いていない、それだけは分かっているけれど……家族にも加州さんにも頼ることができない私に残された道は、もうこれしかなかった。
こういったお店で働くにはどうしたらいいのか、店先で考えていると、誰かがポンッと肩を叩いた。
「ひっ!」
「あ、ゴメンゴメン! 驚かすつもりはなかったんだけどさぁ」
「いや、実は……家をリフォームしようかと思ってて、もういくつかから見積もりも貰ったんだ」
「え?」
「少し余裕できたら、ばあさんが台所を直したいってずっと昔から言っててなぁ。ほら、うち古いだろ? ボロボロなのが目立ってきたから、ここは一気に全体的にリフォームしようという話になったんだけど、いかんせん、金が足りなくてな。銀行も貸してくれないからローンも組めないし。だから莉乃、加州さんに言ってお金貰ってきてくれよ」
「そ、そんなの無理だよ」
あんなにお世話になっているのに、そんな厚かましい事言えるはずがない。百歩譲って『借りる』ならまだしも『貰う』だなんて、そんなの、加州さんに対してとても失礼だ。私がそう言いかえそうとした瞬間、祖父はテーブルを強く叩いた。
「お前は、おじいちゃんの言う事が聞けないのか!!」
こじんまりとした喫茶店に、祖父の怒鳴り声が響き渡る。他の客や店員がこちらを迷惑そうに見ていることに気づき、私はそっと小さな声で「やめてよ」と祖父をなだめる。しかし、一度激高した祖父が静まる気配は全くなかった。
「お前だって、今は加州とかいう男に囲われて、良い生活してるんだろ! 俺たちがどれだけ不安で、心細い日々を送ってきたのか、お前には分かってるのか!?」
「ご、ごめんなさい、おじいちゃん……」
私が震えながら「わかったから、お願い、静かにして」と何度も繰り返すと、ようやっとおじいちゃんは落ち着いた。声を荒げて喉が渇いたのか、コーヒーを一気に飲んでいく。
「わかったなら、もういい。頼んだぞ、莉乃」
「……はい」
「お前だけが頼りなんだから」
その言葉を、前にも聞いた気がする。そうだ、斉藤さんの元に嫁げと言われたときだ。あの時の私は、自分だけが犠牲になれば家族みんなが救われるんだ、それだけを誇りにして前に進むことができた。
でも、今は違う。私は目を閉じる。目蓋の裏に蘇るのは、加州さんの柔らかな笑みと、彼の暖かさと……一度は忘れてしまっていた、彼の血の鮮やかな色だった。
それらをすべて裏切ることなんて、到底できなかった。
ご機嫌になった祖父と別れた私は、加州さんのマンションに向かう。幸いなことに彼はまだ帰っていない。私はこの家を離れるため、荷物をまとめ始めた。元々私の荷物は少なかったから、すぐに荷造りは終わる。
(……ごめんなさい、ありがとうございました。さようなら)
リビングを見渡して、私は心の中で何度もそう繰り返す。その言葉が加州さんに届かないことは分かっているけれど、どうしても溢れ出す気持ちを止めることはできなかった。目尻に浮かぶ涙を強引に拭い、私はマンションをあとにした。
けれど、私は行く当てもなくただ人混みの中をさまよい続けるだけだった。スマートフォンには琴音さんの連絡先が入っているけれど、こんなことに琴音さんを巻き込むわけにはいかない。けれど、一銭も持たない身で、生きていくことも出来ない。今日は野宿でもしようかな……と思っていた時、私はいつの間にか繁華街にたどり着いていたことに気づいた。
私は以前、加州さんが言っていた『若い女が手っ取り早く稼ぐ方法』について思い出していた。
「もう、それしかないよね……」
私は繁華街を進む。奥に向かうにつれて、居酒屋の看板は減り、その代わり【いかがわしい】お店のネオンが増えてきた。私には向いていない、それだけは分かっているけれど……家族にも加州さんにも頼ることができない私に残された道は、もうこれしかなかった。
こういったお店で働くにはどうしたらいいのか、店先で考えていると、誰かがポンッと肩を叩いた。
「ひっ!」
「あ、ゴメンゴメン! 驚かすつもりはなかったんだけどさぁ」
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