くいだおれ令嬢秋香さん ~清楚モードがギャル爆発!~

豚さん

文字の大きさ
7 / 20

甲子園帰りの天ぷら屋さん

しおりを挟む
――秋の夕暮れ。
風が冷たくなりはじめた甲子園球場に、
オレンジ色の光が差し込んでいた。

バックネット裏、特別指定席の一角。
秋香あきかは、胸元にチームカラーのマフラータオルを巻き、
白地に黒い縞模様のユニフォームを身につけていた。

そしてライトブラウンの髪をハーフアップにまとめた姿は、
まるで“気品ある甲子園女子”そのものだった。

「――いけますわ! まだ望みはありますわよ!」

スタンドの波と一緒にメガホンを掲げ、声を張り上げる。
打球音、歓声、秋風。
全てが胸を震わせる――そして、終わりの瞬間が訪れた。

スコアは2対3。
あと一歩、届かなかった。

「……これほどまでに、勝利が遠く感じた夜はございませんわ……。
 あとひと振り、ほんの一瞬でも風が違っていれば――。
 あぁ、悔しゅうてたまりませんの……!」


帰りの阪神電車。
甲子園口から乗り込んだファンたちは、誰もが少しだけ静かだった。
それでも、誰もが笑っていた。
秋香もそのひとり――頬に残る涙の跡を、タオルでそっと拭う。

梅田駅に着く頃には、街の灯りが夜を照らしはじめていた。
冷たい風が頬をかすめ、秋香は立ち止まる。

「……なにか、温かいものをいただきたい気分ですわね」

香ばしい匂いに導かれるまま、
木の暖簾をくぐる。
油の音が心地好く響く――カウンター前の大鍋で、職人が一品ずつ天ぷらを揚げている。
黄金色の衣が油に沈み、サクッと泡を立てて浮かび上がる。
そのライブ感に、秋香の心までほぐれていった。

「ご注文お伺いします」
「“天ぷら膳七品定食”と半熟玉子天ぷらをお願いいたしますわ」

席に腰を下ろすと、まず目に入ったのは――
小さな瓶に入ったイカの塩辛。
“ご自由にどうぞ”の札と、トング。

ひとくち――
ねっとりとした舌触りの奥に、海の香りがふわりと広がる。
塩の角が立たず、まるで熟成された旨みそのもの。

「……まぁっ、なんて濃厚でありながら上品なお味ですの……!
 これでは――いくらでもいただけてしまいますわ……!」
(あかん、白ご飯が止まらへん。永遠にリピートできるやつや……!)

――しかも、ご飯おかわり自由。
お嬢様の指先が、ほんの一瞬だけ震えた。

一品ずつ、目の前で揚げたてが届く。

一品目、海老天。
衣は薄く、金色に透けている。
「まぁ、なんて美しい。まるで踊っているみたいですわ」
(サクサクッ……やば、初手で優勝やん!)

二品目、いか。
柔らかな弾力に、海の香りがふわりと広がる。
(もちもち~!負け試合の口が喜んでる!)

三品目、舞茸。
(秋の香りやん……衣のサクサク音が、拍手みたいや)

四品目、キス。
(口の中でふわって消えるとか反則やろ……)

五品目、焼き芋。
「……甘くて、まるで秋そのものですわ」
(あ~、これスイーツ超えてる。癒しの極みやん)

六品目、万願寺唐辛子。
(ピリッてこーへんのに、味はしっかり。渋い仕事してはるわ)

そして最後の七品目――再び海老天。
「……始まりと終わりに、あなたがいてくださるのね」
(締めエビとか粋すぎるやろ。
 これは勝ち負けちゃう、完全に“ごちそうの試合”や)

揚げ油の音がやわらかく響き、
職人が小さく微笑んで最後の一皿を差し出した。

「……こちら、半熟玉子天ぷらです」

衣の中から、とろりと黄身があふれ出す。
秋香はご飯茶碗を手に取り、そっと玉子を乗せた。
その上から、天汁を細く注ぐ。

――じゅわっ。

湯気が立ち、黄身の金色が白米に染みていく。
(うわぁ……これ、反則やわ。
 天つゆの塩気と玉子の甘み、まるで幸せの合わせ技や)

箸を止めることができず、
その瞬間、敗北の夜がほんの少しだけ報われた気がした。

「……ごちそうさまでした。
 次は、きっと勝利の味をここでいただきますわね」


暖簾を出ると、秋の風がすっと頬を撫でた。
街の灯りの中で、ライトブラウンの髪がきらりと揺れる。
その背中は、もう次の春へ向かっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...