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10話 舞台袖の残響
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拍手の波が、ゆっくりと遠ざかっていく。
憂は胸の奥のざわめきを抱えたまま、舞台袖へと進んだ。
カーテンの陰。
そこには照明の余韻をまとった黒い影が静かに立っていた。
金髪ツインテールが、薄闇の中でほのかに光る。
ステージ上とはまるで違う静けさを身にまとう横顔――
リナだった。
憂は無意識に足を止める。
気配を察したのか、リナがゆっくりと肩越しに振り向いた。
灰色の瞳は氷のように澄んでいて、
その深部だけが、わずかに揺れていた。
「……泣いてたわよ。あなた」
淡々とした声。
慰めでも、叱りでもなく、ただ事実を告げるだけの声音。
「な、泣いてない……!」
「嘘。目が赤い。息も乱れてる」
リナは歩み寄らない。
ただ腕を組み、距離を保ったまま憂を観察するように見つめ続ける。
その冷静さが、逆に胸に刺さった。
「……あなたの音が、胸に……触れたみたいで……」
絞り出すように告げると、
リナは一瞬だけまぶたを伏せた。
「……“触れた”、ね」
小さく呟く声。
そこに拒絶はなく、かすかな迷いだけが揺れていた。
「まあ、そんなふうに受け取る人なんて珍しいけど」
適当に流すような調子なのに、声の奥がほんの少し震えている。
リナは横を向き、髪をかき上げながら言った。
「……あの曲は、“強く見えるけど、本当は泣き虫な子”の曲よ」
「え……?」
「別にあなたに合わせたわけじゃない。
ただ……今日は……そういう気分だっただけ」
弱さを悟られたくないのか、リナはそっぽを向く。
照明の残光に照らされた耳が、ほんのり赤い。
「だから……その……
泣いてる顔、見られたくなかったのに……」
憂が固まると、リナは慌てて言葉を重ねた。
「べ、別にあなたのことじゃないから!
演奏中の話よ、演奏中の!」
赤い耳を手で隠しながら。
その時――
憂がふらりと体を傾けた。
反射的に、リナは半歩近づく。
しかし即座に我に返るように足を止めた。
「……倒れるなら、廊下で倒れなさい。
ここで倒れられたら迷惑だから」
「だ、大丈夫……!」
「ならいいわ」
突き放した言い方のくせに、
視線は憂の足元をずっと追っていた。
言わないだけで、行動に優しさが滲む。
静寂が落ちる。
照明の落ちた袖には、二人の呼吸だけが小さく混じり合う。
「……今日は、もう帰りなさい」
「えっ……?」
「あなた、まともに話せる状態じゃない。
そんな相手と話しても仕方ないわ」
冷たく聞こえるのに、
憂の状態を正確に読み取った優しさがあった。
リナは背を向ける。
金髪がふわりと揺れた。
二歩、三歩――
しかし、なぜか立ち止まる。
「……また後日。話したいことがあるの」
振り向かずに静かに告げる。
「さっきのあなたの反応……
放っておけるほど、私は鈍くないのよ」
それだけ言うと、金髪の影は袖の奥に溶けていった。
憂は気づかなかった。
去り際のリナの指先が、
わずかに震えていたことに。
長いあいだ胸に残り続けた“あの日”の痛みと、
憂が見せた涙の揺らぎが、
静かに衝突していた。
(……今度こそ……
守りたい。
あの日みたいに、もう手放したくない……)
そんな想いは、誰にも知られないまま
舞台袖の闇に溶けていった。
憂は胸の奥のざわめきを抱えたまま、舞台袖へと進んだ。
カーテンの陰。
そこには照明の余韻をまとった黒い影が静かに立っていた。
金髪ツインテールが、薄闇の中でほのかに光る。
ステージ上とはまるで違う静けさを身にまとう横顔――
リナだった。
憂は無意識に足を止める。
気配を察したのか、リナがゆっくりと肩越しに振り向いた。
灰色の瞳は氷のように澄んでいて、
その深部だけが、わずかに揺れていた。
「……泣いてたわよ。あなた」
淡々とした声。
慰めでも、叱りでもなく、ただ事実を告げるだけの声音。
「な、泣いてない……!」
「嘘。目が赤い。息も乱れてる」
リナは歩み寄らない。
ただ腕を組み、距離を保ったまま憂を観察するように見つめ続ける。
その冷静さが、逆に胸に刺さった。
「……あなたの音が、胸に……触れたみたいで……」
絞り出すように告げると、
リナは一瞬だけまぶたを伏せた。
「……“触れた”、ね」
小さく呟く声。
そこに拒絶はなく、かすかな迷いだけが揺れていた。
「まあ、そんなふうに受け取る人なんて珍しいけど」
適当に流すような調子なのに、声の奥がほんの少し震えている。
リナは横を向き、髪をかき上げながら言った。
「……あの曲は、“強く見えるけど、本当は泣き虫な子”の曲よ」
「え……?」
「別にあなたに合わせたわけじゃない。
ただ……今日は……そういう気分だっただけ」
弱さを悟られたくないのか、リナはそっぽを向く。
照明の残光に照らされた耳が、ほんのり赤い。
「だから……その……
泣いてる顔、見られたくなかったのに……」
憂が固まると、リナは慌てて言葉を重ねた。
「べ、別にあなたのことじゃないから!
演奏中の話よ、演奏中の!」
赤い耳を手で隠しながら。
その時――
憂がふらりと体を傾けた。
反射的に、リナは半歩近づく。
しかし即座に我に返るように足を止めた。
「……倒れるなら、廊下で倒れなさい。
ここで倒れられたら迷惑だから」
「だ、大丈夫……!」
「ならいいわ」
突き放した言い方のくせに、
視線は憂の足元をずっと追っていた。
言わないだけで、行動に優しさが滲む。
静寂が落ちる。
照明の落ちた袖には、二人の呼吸だけが小さく混じり合う。
「……今日は、もう帰りなさい」
「えっ……?」
「あなた、まともに話せる状態じゃない。
そんな相手と話しても仕方ないわ」
冷たく聞こえるのに、
憂の状態を正確に読み取った優しさがあった。
リナは背を向ける。
金髪がふわりと揺れた。
二歩、三歩――
しかし、なぜか立ち止まる。
「……また後日。話したいことがあるの」
振り向かずに静かに告げる。
「さっきのあなたの反応……
放っておけるほど、私は鈍くないのよ」
それだけ言うと、金髪の影は袖の奥に溶けていった。
憂は気づかなかった。
去り際のリナの指先が、
わずかに震えていたことに。
長いあいだ胸に残り続けた“あの日”の痛みと、
憂が見せた涙の揺らぎが、
静かに衝突していた。
(……今度こそ……
守りたい。
あの日みたいに、もう手放したくない……)
そんな想いは、誰にも知られないまま
舞台袖の闇に溶けていった。
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