沈黙のういザード 

豚さん

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2話 君の隣でマフラーを

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 昼休みの屋上。
 教室よりも少し冷たい風が、柵の向こうの空から吹き降りていた。

「はい、千秋。こっち、空いてるよ」

 憂がレジャーシートを広げながら声をかけると、千秋は優雅にスカートを整えて腰を下ろした。

「ありがとうございますわ、憂さん」


「ほらっ、お弁当。葉月姉が作ってくれたやつ!」

 憂が弁当箱を開けた瞬間、千秋はくすっと笑い肩を揺らす。

「……あら、脳に効くシリーズですの?」

「うん。葉月姉いわく、試験前はこれだって!」

 彩り豊かな野菜、
 アーモンド入りのサラダ、
 青魚の香り、
 黒豆、
 そしてふんわり卵焼き。
 端に添えられたミニトマトが、宝石みたいにきらきらしていた。

「勝手に頭良くなってる気がする~!」

 千秋がそっと自分のお弁当箱を開く。
 中には、薄いピンクの紙カップに収められたエビのテリーヌ、
 金箔がひらりと乗ったローストビーフ、
 小さな陶器に入れられたコンソメジュレ、
 デザートには一粒ずつ包装された高級ショコラまで並んでいる。

「ちょっ……千秋!? なにこのセレブ仕様!」

「ふふ。うちのシェフが、毎朝張り切っておりますの」

 さらりと言う千秋の仕草すら、どこか舞台の一幕みたい。
 しかし、彼女はそっと目を細める。

「でも……憂さんのお弁当の方が、ずっと温かいですわね」


 笑い声が冬空に溶ける。

「受験……本当にもうすぐですわね」

 千秋の声が少しだけ細くなる。
 憂は箸を止め、まっすぐ向き合った。

「東野高校、いっしょに受かろうね」

「……はい」

 その返事は、祈るように震えていた。

「ここで、こうしてお昼食べるのも……残りわずかですわね」

「……卒業かぁ。秋まであんなに温かかったのに、急に冬って来るんだね」

 風がひゅう、と吹く。
 憂は小さく肩をすくめて――

「へっ……くしゅんっ!」

「わっ、大丈夫ですの!?」

 千秋が慌ててマフラーを外し、憂の首に巻きつける。
 端を掴んだまま、自分も近づいて。

「分け合いですわ。わたくしも……憂さんと温まりたいので」

「近い近い……! でも、ありがとう」

 顔の距離が縮まるたび、息が触れて、心臓が跳ねる。

「はい、わたくしの特製アッサムですわ」

「あっ、それじゃ葉月特性のコーンポタージュと交換!」

 温かさを交換しあうように、カップを手渡す。
 指先が触れた瞬間……千秋は息を飲んだ。

「……あったかいね」

「ええ……ずっと、こうしていたいですわ」

 ふと、憂が思い出したように笑い出した。

「そういえばさっ、昨日の夕飯……」

「?」

「葉月姉、急に『今日は豪勢よ!』って言ってきたんだけどさ」

「まぁ、素敵ではありませんの」

「出てきたの、マグロの頭。丸ごと」

 千秋は紅茶を吹きそうになった。

「それ、もはや料理ではなく……展示物ですわ!」

「しかも葉月姉、ドヤ顔で『脳みそ食べたら頭良くなるよ!』って!」

「脳に効くにも程がございますね」

 二人は声を抑えながら笑い転げる。

「見た目が……なんて言うの? こう……マグロの頭がドンッ!って主張してる感じで……」

「あの……『海の王者、凝視中』状態ですのね?」

「そうそれ!!すごく目が合うの!!」

「わたくしの言葉ではございませんわ!!」

「でもさ!視線が『食べるの?本当に?』って問いかけてくるよね!?」

「憂さん、そんな罪悪感を煽られるお料理でしたの……?」

「うん。でも美味しいから食べる!!」

「最終的に食欲に負けるのですわね!!」

 屋上に、雪混じりの風よりもあたたかな笑い声が響く。

 やがて、千秋はそっと憂に寄り添う。
 マフラーの中で、肩が触れ合った。

 ふたりの吐息が、冬空へと溶けていく。
 それはまるで、静かに手を取り合う未来の前触れみたいに。

 マフラーはほどけず、ふたりをきゅっとつないだまま揺れていた。
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