沈黙のういザード 

豚さん

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2話 1月3日

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 ――雪乃が光となって消えてから。
 六地蔵家にも御陵家にも、
 静かな“空洞”が生まれた冬だった。

 雪は降らないのに、
 胸だけは寒いまま春を待っていた。

 けれど――
 新しい年は、残酷でも優しくても、
 誰の元にも平等にやって来る。



「うーいちゃーん! 朝ごはんできたよー!」

 葉月の声と同時に、
 焼いたお餅の香ばしい匂いが階段の下からゆらりと漂ってくる。

 今日は三が日、ラスト。
 おせちの残りを見ると……やっぱり枝豆だけやたら多い。

 憂が階段をとてとて降りてきたところで、
 葉月が振り向きながら声をかけた。

「憂ちゃん、お餅何個食べる?」

「んー……7個!」

「ちょ、ちょっと!? 普通そんな食べないからね!?」

「太らないよ~。こう見えて代謝お化けだから!」

「むむむ……
 あたしはお正月太りしないように“2個だけ”って決めて、
 昨日から甘いのも控えて、夜はストレッチまでしたっていうのに……!」

 葉月はほっぺをぷくーっとふくらませ、
 不満と羨望と謎の姉の威厳を詰めこんだような表情で抗議する。

「憂ちゃんが7個も食べて細いままなの、
 理不尽すぎて泣きそうなんだけど……!」

 ピンポーン。

「ん? 誰かな?」

 憂が玄関に向かうと――
 そこには、雪の精のような少女が立っていた。

「……千秋」

 淡い白地に薄桃色の梅が散る着物。
 結い上げた髪から揺れる小さな赤い簪。
 白い息までもが絵になる。

「新年のご挨拶に参りましたわ」

「すっっごい……綺麗……」

 思わず見とれた憂の背後から、
 葉月がスッと顔を出す。

「おおーっ! 千秋ちゃん、めちゃくちゃ可愛い!
 姫、爆誕ってやつだね!」

「……恐縮ですわ」

 千秋は優雅に会釈。
 それだけで玄関の空気がランクアップする。

 そして葉月はくるりと憂のほうへ向き直った。

「じゃあ次は――憂ちゃんね!」

「え、わ、私も!?」

「もちろん! 千秋ちゃんと並んで歩くんだよ?
 可愛くしてあげるに決まってるじゃん!」

 そう言って葉月が持ってきたのは、
 淡い空色の着物。
 雪解け水みたいに透明感のある色で、
 裾には小さな白椿が控えめに咲いている。

 帯は優しいクリーム色で、
 淡い金糸が光を拾ってきらきら揺れた。
 千秋の“和の姫らしさ”とは違う、
 爽やかで可憐な“新春の妖精”みたいな雰囲気。

「葉月姉……これ、すごく可愛い……!」

「でしょでしょ? 憂ちゃんにはこういう
 “透明系かわいい”のが最強なんだって!」

 髪もふんわりまとめられ、
 小さな白い椿の髪飾りが添えられる。
 鏡に映った自分を見て、憂は思わず頬を赤く染めた。

「で、できあがり……?」

「できあがり! はい、うちの天使ちゃん誕生~!」

「天使って言わないで~っ!」

 そんなやりとりをしていると、
 隣で千秋が小さく息をのんだ。


 淡い空色の着物を着た憂に視線を奪われ、
 耳まで真っ赤になって目をそらす。

「う、憂さん……その……
 とても……よく、お似合いですわ……」

「えっ!? あ、ありがとう……!」
 憂も同じように耳が赤い。

 葉月はその様子にニヤニヤが止まらない。

「はいはい、正月デートに行ってらっしゃい♪
 “姫”と“天使”の並び、破壊力すごいからね~!」

「デートじゃないってば!!!」

「わ、わたくしも……そういう認識では……っ」

「はいはいはい、ツンデレカップル可愛い~♪」

 葉月は勝ち誇ったように憂をくるりと回し、
 襟元の乱れを整えてポンと背中を押した。

「よしっ! ふたりとも完成!
 初詣でしっかり“ご縁”結んできなよ――いってらっしゃい!」

「ご縁とか言わないでーっ!!」



 神社の境内は、まだ賑わいが残る三が日。
 甘酒と線香の香り、
 参拝客の白い息が空へと昇っていく。

 二人は並んで鈴を鳴らし、目を閉じた。

 祈りの中で思い浮かぶ笑顔。
 ――大切な人。

 願い事を終えて顔を上げると、
 千秋の横顔もまた、どこか祈るように繊細だった。

「千秋、何お願いしたの?」

「今年も家族が健康でありますように、ですわ」

「そっか……素敵」

「憂さんは?」

「わたしは……千秋ともっと仲良くできますように、って」

 千秋はわずかに動きを止め、
 視線をそらして袖で口元を隠す。

「……叶うとよいですわね」

 その声は、
 願いより少しだけ遠い場所にあるように聞こえた。



石畳を踏む音が、寒空に小さく響く。

「ねえ、千秋。
 お互い受験、もうすぐだね」

「ええ。東野高校……でしたわね」

「うん。千秋も一緒に行くんだよね?
 去年からずっと、そう言ってたから……」

 憂は、当然の未来を確認するように笑った。

 その笑顔に――
 千秋の心が、一瞬だけ痛む。

「……わたくしは受験いたしませんわ」

「え……? どういうこと……?」

 千秋の足が一瞬止まる。
 けれどすぐ、歩みを再開する。

「わがままを……ひとつ通しましたの」

「わがまま?」

「クリスマスの翌日に……
 両親へお願いをいたしました」

 さらりとした言い方。
 だけど――なにもかもが決まっている口調。

 胸がうずく。

「……千秋」

「なんですの?」

「もしかして……
 わたし、知らないところで……
 すごく大事なこと、決まってる……?」

 千秋は一瞬、何かを言いかけ——
 小さく笑って誤魔化した。

「いいえ。なにも」

 ――嘘だ、と憂は思った。

 それでも言えなかった。
 袖越しに伝わるぬくもりを、まだ手放したくなかったから。



 いつもの帰り道が、
 いつもより少し風が冷たい。

 少しの違和感を、
 憂はまだ飲み込もうとしていた。

(千秋と仲良くできますようにってお願いしたのに……
 どうして、胸がこんなに苦しいの?)

 白い息と一緒に、その不安が夜へ溶けていった。
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