沈黙のういザード 

豚さん

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3話 静かな迎え

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 車が止まったのは、
 街中とは思えないほど、静かな場所だった。

 エンジン音が切れた瞬間、
 世界が一段、深く沈む。

 執事が外へ出て、
 後部座席のドアを開いた。

「どうぞ。足元にお気をつけください」

「……ありがとうございます」

 憂は小さく頭を下げ、車を降りた。

 その瞬間、
 思わず息を呑む。

 目の前に広がっていたのは――
 和風の、あまりにも大きな屋敷だった。

 高く、長く続く白壁。
 年を経た深い色合いの瓦屋根。
 門だけでも、学校の正門より大きい。

(……なに、ここ……)

 千秋の家も、
 十分すぎるほど大きな洋館だった。

 白い壁、広い庭、整えられた芝生。
 “お金持ちのお屋敷”という言葉が、
 そのまま形になったような場所。

 けれど――
 ここは、違う。

 誇示していない。
 派手でもない。

 ただ、
 ずっと昔から、ここに在り続けている
 そんな圧があった。

 門をくぐると、
 砂利の音が足元で控えめに鳴る。

 一歩ごとに、
 自分が「招かれた客」であることを、
 はっきりと自覚させられる。

 執事は歩調を合わせ、
 決して先に出すぎず、
 しかし迷わせることもなく、憂を導いた。

「こちらでございます」

 長い廊下。
 磨き込まれた板張りの床。
 障子越しに差し込む、柔らかな昼の光。

 足音さえ、
 吸い込まれていくようだった。

 通されたのは、
 静かな待合室だった。

 広い畳敷きの部屋。
 床の間には、季節の花と、
 墨で書かれた端正な書。

 余計なものは、一切ない。

 けれど、
 何ひとつ安っぽくない。

「こちらで、少々お待ちくださいませ」

「……ご丁寧に、どうも」

 自然と、言葉がそうなった。

 すすめられた座布団の前で、
 一度、背筋を伸ばす。

 そして――
 正座した。

 膝の上で手を重ね、
 視線はまっすぐ前。

 落ち着いているつもりなのに、
 心臓だけが、少し早い。

 執事は一礼し、
 静かに部屋を出ていった。

 障子が閉まる。

 しん、とした空気。

 畳の匂い。
 遠くで、かすかに聞こえる風の音。

(……入学初日で、
 なんでこんなことに……)

 それでも、
 逃げ出したいとは思わなかった。

 葉月の声。
 執事の態度。
 そして、この屋敷の空気。

 すべてが、
 「乱暴な場所ではない」と告げている。

 ――と。

 障子の向こうで、
 ごくかすかな気配が揺れた。

 次の瞬間、
 音もなく、障子が静かに開く。

 現れたのは、
 執事とは別の人物だった。

 淡い色合いの着物を身にまとった、
 若い女性。

 年の頃は二十代半ばほど。
 髪はきちんとまとめられ、
 立ち居振る舞いのすべてが、
 この屋敷の空気に溶け込んでいる。

 女性は一歩だけ中へ入り、
 畳に触れるほど深く、静かに一礼した。

「失礼いたします」

 声は柔らかく、
 しかし過不足のない響き。

 手にしていた盆の上には、
 湯気の立つ湯呑と、
 小さく整えられた和菓子が並んでいた。

 女性は正座し、
 音を立てないよう注意深く、
 一つずつそれを憂の前に置く。

 湯呑から立ちのぼる、
 ほのかな茶の香り。

 菓子は派手ではないが、
 季節を映したような、上品な色合いだった。

「……粗茶ですが」

 そう言って、
 女性はもう一度、丁寧に頭を下げる。

「……あ、ありがとうございます」

 憂も思わず、
 背筋を正して頭を下げていた。

(……粗茶……?)

 湯呑も、
 和菓子も、
 器ひとつ取っても、
 どう見ても“粗”とは言えない。

 けれど、
 この屋敷では、
 それが本心なのだろう。

 女性はそれ以上何も言わず、
 静かに立ち上がる。

 そして、
 来たときと同じように、
 音もなく障子の向こうへと消えていった。

 再び、
 部屋には静寂が戻る。

 畳の匂いに、
 茶の香りが重なり、
 空気がほんの少し、やわらいだ。

 憂は、
 湯呑にそっと手を伸ばす。

 まだ、飲まない。

 ただ、
 両手で包み込むように持ち、
 その温度を確かめた。

(……ほんとに、
 丁寧すぎる……)

 それが、
 安心なのか、
 それとも別の何かなのか――
 まだ、分からない。

 憂は、
 背筋を正したまま、静かに待った。

 ――貴婦人に、会うために。
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