沈黙のういザード 

豚さん

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7話 おもてなしは、ざる蕎麦と天ぷらで

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 憂が身を引いたまま固まっているのを、
 小鈴は一瞬で察した。

 そして――
 何事もなかったかのように、
 すっと身を離す。

 畳を滑るように移動し、
 元の上座へ。

 その動きは静かで、
 押しつけがましさが、まるでなかった。

「……失礼いたしました」

 軽く頭を下げる。

「少々、はしゃぎすぎましたわね」

 その声音には、
 さきほどの熱はない。

 憂は、ほっと息をついた。

(……分かってくれた……)

 小鈴は、座り直し、
 憂をやわらかく見つめる。

「……お腹は、空いていませんか?」

「え……?」

 あまりにも唐突で、
 思わず間の抜けた声が出た。

「移動も多く、
 緊張もなさったでしょう」

 小鈴は、にこりと微笑む。

「食事を用意させておりますの」

 そう言って、
 小鈴は、すっと手を上げ――

 ぱん、と一度、手を叩いた。

 すると。

 襖の向こうから、
 静かな足音。

 現れたのは、
 白衣に身を包んだ職人たちだった。

 数名が、
 手際よく道具を並べていく。

 銅鍋。
 澄んだ油。
 長い箸。
 衣の入った器。

 目の前で、
 天ぷらの準備が整えられていく。

(……え、ここで……?)

 憂が呆然としていると――

 じゅわっ。

 油に食材が入った瞬間、
 軽やかな音が弾けた。

 温度の高い、澄んだ油。

 衣が、
 一瞬で花開く。

 ぱちぱち、と
 小気味よい音。

 湯気とともに、
 香ばしい香りが立ちのぼった。

「……ライブ、みたい……」

 思わず、呟く。

 小鈴は、
 どこか誇らしげに頷いた。

「揚げたてが、一番ですもの」

 まず運ばれてきたのは、
 淡い緑の――アスパラガス。

 衣は薄く、
 中の色が透けている。

「どうぞ」

 恐る恐る口に運ぶ。

 ――さく。

 衣が軽く砕け、
 次の瞬間。

「……っ」

 瑞々しさが、
 一気に弾けた。

 甘い。
 青い香り。
 噛むほどに、旨みが広がる。

「……野菜なのに……
 すごく、主役……」

 憂の目が、思わず見開かれる。

 小鈴は、
 ぱっと表情を明るくした。

「まあ……
 お口に合って、よかったですわ」

 その声は、
 心から嬉しそうだった。

 そこへ、
 着物姿の女性が静かに現れ、
 黒塗りの盆を差し出す。

 その上には――
 艶やかなざるそば。

 水気を切った麺が、
 きれいに揃えられ、
 白く、静かに光っている。

「……お蕎麦は、お好きです?」

「……はい。
 大好きです」

「まあ」

 小鈴の目が、
 きらりと光る。

「実は、わたくし……
 麺類が大好きでして」

 少しだけ、照れたように。

「それに……」

 一瞬、含みを持たせてから。

「憂さん、
 思いのほか召し上がりますでしょう?」

「……え?」

「ご安心なさい」

 くすっと、上品に笑う。

「お蕎麦は、
 まだまだ沢山ございますので」

 なぜか、
 胸がざわりとした。

 小鈴も、
 ざるそばに手を伸ばす。

 その食べ方が――
 箸を小さく動かし、
 ちゅる、と控えめにすすり、
 もぐもぐ。

 まるで、
 小さなリスみたいだ。

(……かわいい……)

 憂は、
 思わずそう思ってしまった。

 自分も、
 ざるそばを一口。

 喉越しが、
 驚くほどなめらか。

 水の冷たさと、
 蕎麦の香りが重なり、
 口の中でほどけていく。

「……おいしい……
 すごく……」

 小鈴は、
 また嬉しそうに微笑む。

 次々と、
 天ぷらが続く。

 海老――
 ぷりっとした身、甘い香り。

 鮎――
 ほろ苦さと川の香り。

 そして、
 味が変わるように、と。

 穴子。

 ふわりとした白身。
 濃厚な旨み。

「こちらは、
 本日のおすすめの順で」

 職人が淡々と告げる。

 小鈴は、
 憂を見て言った。

「……他にもお好きなものがあれば、
 どうぞ遠慮なく仰ってくださいませ」

 憂は、
 一瞬考えて――

「……キス……
 メゴチ……
 ギンポ……」

 半分、冗談のつもりで言う。

 すると。

「承知しました」

 即答。

 職人が、
 すっと下がる。

「……え」

 数分後。

 ――本当に、出てきた。

「……あるんですか!?」

 思わず、突っ込む。

 小鈴は、
 くすっと笑った。

「ございますわ」

「……なんでも、
 言ってみるものですね」

 憂は、
 呆然としながらも、
 笑ってしまった。

 警戒は、
 少しずつ解けていく。

 油の音。
 ざるそばの香り。
 小さく微笑む貴婦人。

 この時間が、
 ただの“取調べ”ではないことを――

 憂は、
 はっきりと感じ始めていた。
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