沈黙のういザード 

豚さん

文字の大きさ
173 / 255

17話 オタロード

しおりを挟む
 難波の中心部から少し歩くと、
 街の空気が、ふっと変わった。

「……わあ」

 憂が、思わず声を漏らす。

 通りの両脇には、
 色とりどりの看板。
 アニメ調のイラスト。
 制服姿や、フリルたっぷりの衣装を着た女の子たちが、
 笑顔で声をかけている。

「いらっしゃいませー!」
「お帰りなさいませ、ご主人さまー!」

「……秋葉原と、似てるわね」

 リナが周囲を見回しながら言った。

「でも、規模は少し小さい。
 その分、密度が高いわ」

「ここが……オタロード……」

 憂は、きょろきょろと視線を動かす。
 どこを見ても情報量が多くて、
 少しだけ目が回りそうだった。

 そんな通りの一角で、
 リナがふっと歩みを止めた。

 少し前まで、
 スマホの画面を何度か確認しながら、
 迷いのない足取りで進んでいたことを、
 憂は思い出す。

 まるで、
 最初から目的地が決まっていたみたいに。

「ここね」

 視線の先にあるのは、
 ガラス張りの店構え。
 壁一面に並ぶカードのディスプレイと、
 小さく光る看板。

「……カードショップ?」

 思わず、声が漏れた。

 リナと、カード。
 頭の中で、どうしても結びつかない。

 もっと静かで、
 もっと堅い場所が似合う人だと思っていた。

 それに――
 こういう“趣味の店”に、
 自分から足を運ぶタイプには、
 どうしても見えなかったから。

 憂は、もう一度看板を見る。

 そして、
 隣に立つリナの横顔を、そっと盗み見た。

 リナは特に気にした様子もなく、
 当たり前のように入口を見つめている。

 その姿が、
 少しだけ新鮮で。

 少しだけ――
 意外だった。



 ガラス張りの店内には、
 ずらりと並ぶショーケース。

 一枚一枚、
 丁寧に並べられたカードが、
 ぎっしりと詰まっている。

 扉を開けると、
 独特の紙とプラスチックの匂い。

 憂は、少し緊張した面持ちで、
 リナの後ろについていった。

「すごい……」

 ショーケースの中には、
 モンスターが描かれたカードが、
 まるで宝石のように整列している。

 炎を噴く怪物。
 鋼の身体を持つ獣。
 翼を広げた竜。

「これ、全部……カード?」

「そう」

 リナは頷く。

「モンスター同士が戦うタイプのカードゲームよ」

「リナ、プレイヤーなの?」

「いいえ」

 即答。

「私は、集めるだけ」

「コレクター……?」

「そう」

 リナはショーケースを覗き込みながら続ける。

「日本は品揃えが本当にいいわ。
 状態も、管理も、全体的にレベルが高い」

 憂は、値札に目を落とした。

「……えっ」

 数百円。
 数千円。
 数万円。

 そして――

「……じゅ、十万?」

 隣には、三十万。

「……ひぇ……」

 思わず声が漏れる。

「どうして、こんなに差があるの?」

 リナは、慣れた様子で説明する。

「限定で配布されたもの。
 昔のパックで、封入率が極端に低いもの」

「封入率?」

「一箱に一枚入ってるかどうか。
 そういう世界」

「こ、こわ……」

 リナは淡々と続ける。

「中には、数百万のものもあるし……
 一番高いカードだと、七億くらい」

「……な、七億!?」

 憂が固まる。

「そ、それ……
 一生、働かなくても暮らせる値段じゃない……」

「だから、これは“値段が決まってる世界”じゃないの。
 納得した人が、言い値で買う」

 リナは静かに言った。

「株より、資産価値を上げる目的で買う人もいるわ」

「カードなのに……」

「カードだから、よ」

 そう言って、
 リナは一枚のカードの前で足を止めた。

 描かれているのは、
 竜を思わせる巨体のモンスター。

 橙色の鱗に覆われた身体。
 背には大きな翼を広げ、
 尾の先には、絶えず燃え続ける炎。

 大きく開いた口から、
 今にもすべてを焼き尽くしそうな
 灼熱の息を吐き出している。

 荒々しく、誇り高く、
 そして圧倒的。

 ただの「絵」だというのに、
 そこには
 空気を震わせるほどの存在感があった。

「……悪くない。絵柄も迫力あるし、状態もかなりいい」

 そのカードは、
 透明で硬いケースに、
 まるで大切な標本のように封入されていた。

 上部には、
 細かな鑑定番号と、
 ひと目で分かる評価の数字が記されている。

 憂は、少し身を乗り出す。

「……ねえ、リナ。
 このケースに入ってるのって、どういう意味?」

 リナは視線をカードに向けたまま、答えた。

「これは、
 第三者の鑑定機関で、
 本物かどうかと、状態を細かくチェックされたもの」

 淡々とした口調。

「個人の感想じゃなくて、
 専門の人が、
 角の削れ、表面の傷、
 色あせや印刷のズレまで確認する」

 憂は、ケースの右上にある数字を見つめる。

「……じゃあ、この“10”って?」

 指先で示すと、
 リナは小さく頷いた。

「評価点よ。状態がいいほど、点数は高くなる」

 少しだけ言葉を区切って。

「10は――
 一番いい状態に近い点数」

 憂が目を見開く。

「い、一番……?」

「最初からずっと、
 ほとんど傷も付かず、
 大事に扱われてきたってこと」

 ケースを軽く指で叩きながら。

「だから、
 こうして密閉されて、
 これ以上、価値が変わらないようにしてる」

 憂は、改めてカードを見た。

 大きく口を開け、
 炎を噴き上げる、
 圧倒的な存在感のモンスター。

 それはもう、
 ただのカードには見えなかった。

「……すごいね」

 思わず、声が小さくなる。

「絵じゃなくて……
 時間まで、閉じ込めてるみたい」

 リナは、少しだけ肩をすくめる。

「価値があるのは、
 絵そのものじゃない」

 一拍。

「そこまで、
 守られてきた“状態”」

 その言葉は、
 静かだけれど、
 はっきりと重みを持っていた。

「へえ……」

「偽物が出回る世界だから、
 こういう保証があると安心なの」

 リナは店員を呼ぶと、
 ショーケース越しに一度だけカードを確認し、
 小さく頷いた。

「これ、お願いします」

 声に迷いはない。
 値段の確認も、
 他と見比べる様子もなかった。

 店員がケースを取り出し、
 丁寧に梱包を始めるのを、
 リナは静かに待つ。

 その横で――

「……大人だ」

 憂が、思わずぽつりと呟いた。

「なに?」

 リナは視線を向けないまま返す。

「お買い物の仕方が」

「必要なものを、
 必要なだけ買っただけ」

 当然のことを言うような口調だった。

 会計に呼ばれ、
 リナはバッグから財布を取り出す。

 一瞬のためらいもなく、
 薄いカードを一枚抜き取って、
 カウンターの上に置いた。

 現金を数える音はない。
 暗証番号を入力し、
 短い電子音が鳴るだけ。

「ありがとうございました」

 店員の声に、
 リナは軽く会釈を返す。

 受け取った袋を、
 ごく自然な動きで手に提げる。

 その一連の流れがあまりにも滑らかで、
 憂は、ただ見ていることしかできなかった。

(……ほんとに、大人だ)

 そう思いながら、
 自分の胸元のワンピースを、
 無意識にきゅっと握りしめていた。

 袋を受け取り、
 リナはショーケースをもう一度見渡す。

 そして――
 別のケースの前で、足を止めた。

「……あ」

 そこにあったのは、
 モンスターではなく、
 柔らかな色合いの女の子のキャラクターカード。

 微笑む少女。
 少し儚げで、
 どこか優しそうな表情。

「……かわいい」

 憂が素直に呟く。

 リナは何も言わず、
 カードを確認する。

 こちらも、
 鑑定済みで、
 状態は良好。

 少し考える素振りのあと――
 店員を呼んだ。

 二枚目の購入。

「……え?それも買うの?」

「うん」

 短く答える。



 店を出て、
 人通りの少ない場所で、
 リナは袋からそのカードを取り出した。

「はい」

「……え?」

「憂にあげる」

「ええっ!?だ、だめだよ!高そうだし……!」

「高くないわ」

 即答。

「さっきのに比べたら、全然」

 リナは少し視線を逸らし、
 ぶっきらぼうに続ける。

「前に、カエルのストラップ、くれたでしょ」

「あ……!」

 憂ははっとする。

 リナはスマホを取り出した。

 ケースの端に揺れている、
 あの紫色のカエル。

「ちゃんと、つけてる」

「……!」

 憂の顔が、ぱっと明るくなる。

「ほんとだ……!
 まだつけてくれてたんだ……!」

「当たり前でしょ」

 少し照れたように、そっぽを向く。

「それに……
 そのカードの子、
 なんとなく憂に似てたから」

 一瞬の沈黙。

 憂は両手でカードを受け取り、
 胸の前でぎゅっと抱えた。

「すっごくうれしい……!
 大事にする……!」

「……大げさね」

 そう言いながら、
 リナの口元は、ほんの少しだけ緩んでいる。

「ありがとう、リナ……!」

「どういたしまして」

 短い返事。
 でも、声は柔らかかった。

 オタロードの雑踏の中。

 竜のカードと、
 少女のカード。

 価値の種類は違っても、
 そこに込められた想いは、同じだった。

 二人は並んで歩き出す。

 憂の手には、
 大切な一枚。

 その距離は、
 来たときより、
 確かに近くなっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...