沈黙のういザード 

豚さん

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18話 一万円の使い道

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 人通りの多い地下街。
 オタロードの喧騒から少し離れた場所に、
 暖色の灯りが落ち着いた雰囲気の店があった。

「……ここ?」

 憂が、店先のメニューを見上げる。

「牛カツ、専門店みたいだね」

「うん」

 リナが頷く。

「葉月姉が、
 “リナちゃんと美味しいもの食べてきなさい”って」

 そう言って、
 憂は財布の中から一枚のお札を出した。

「……一万円」

 リナが、じっとそれを見る。

「……シスコンね」

 やれやれ、と肩をすくめてから、

「でも――」

 小さく息を吐き、視線を逸らす。

「ありがたく、いただくわ」

「えへへ」

 二人は並んで店に入った。



 席に着くと、
 ほどなくして運ばれてきた御膳。

 目の前には、
 衣がきめ細かく揚がった牛カツ。
 中心は、ほんのり赤い。

 そして――
 小さな鉄板。

「……え?」

 憂が目を瞬かせる。

「これ、自分で焼くの?」

「そう」

 リナは説明書きを読みながら言う。

「レアで提供されて、
 ここで好みの焼き加減に仕上げるの」

 鉄板に火が入る。

 じゅっ。

 音とともに、
 肉の香りがふわっと立ち上る。

「……すごい」

「焼かなくても、
 そのまま食べてもいいみたい」

 リナは箸で一切れ持ち上げる。

「レアなほど、
 肉感が強いって書いてある」

 まずは、
 軽く両面を鉄板へ。

「……十秒ずつくらい」

 色が、ほんの少し変わる程度。

「これが、
 私の一番好きな焼き加減」

 そう言って、
 何も付けずに一口。

「……」

 一瞬、目を伏せる。

「……おいしい」

「そんなに?」

 憂も真似して、
 同じくらい焼いて、口に運ぶ。

「……!」

 思わず、目が見開く。

「やわらかい……!
 噛んだ瞬間、
 お肉がほどける……」

「でしょ」

 次は、味付け。

 小皿に並ぶのは、
 わさび醤油。
 牛カツソース。
 山椒塩。

 リナは牛カツソースを選び、
 卓上の胡麻をすりすりと混ぜる。

「これが、おすすめの食べ方」

 ソースに浸して、
 一口。

「……最高」

 憂も同じようにしてみる。

「……ほんとだ……コクが増える……」

「山椒塩も、意外と合うわよ」

「大人……」

「何それ」

 二人で笑う。



 続いて運ばれてきたのは、
 もう一品。

「……これ、魚?」

「鱧カツ」

 リナの声が、
 少しだけ弾む。

「旬みたい」

 衣の中は、
 ふっくら肉厚。

「全面、一分ずつ焼くのがいいらしい」

 鉄板で、
 じっくり火を入れる。

 付け合わせは、
 梅ポン酢。

 中には、
 大葉、生姜、玉ねぎ。

「さっぱり系だね」

 一口。

「……!」

 憂が、思わず前のめりになる。

「衣サクサクで、中、ほくほく……!」

「でしょ」

 リナも頷く。

「脂が乗ってるのに、重くない」

「ご飯、止まらない……」

「わかる」

 二人とも、
 箸が止まらない。

「追い鱧カツ、頼めるみたい」

「……誘惑やばい」



 御膳には、
 赤出汁とキャベツも付いていた。

「そういえば」

 リナがふと気づく。

「ライス、おかわりできるらしいわ」

「えっ」

「お店の連絡先、登録したら」

「……葉月姉、
 ここ知ってたのかな」

「確信犯ね」

 二人で、
 顔を見合わせる。

「……でも」

 憂が、ぽつりと。

「一緒に来れて、よかった」

 リナは、少しだけ箸を止める。

「……」

「……なに?」

「別に」

 そっぽを向いて、

「悪くないわ」

 小さく、そう言った。

 地下街の一角。

 鉄板の音と、
 美味しい香りと、
 静かな時間。

 葉月の一万円は、
 ただの食事代じゃなく――

 二人の距離を、
 もう一歩、近づけていた。
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