沈黙のういザード 

豚さん

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19話 思い出の場所、フランス語の出会い

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難波での買い物を終え、梅田へ戻る途中。

休日の夕方の街は、いつも以上に人であふれていた。

HEP FIVEの観覧車は夕陽を受けて赤く輝き、若者の笑い声、
キャリーケースを引く音、呼び込みの声が混ざり合って、街全体がざわめいている。

――その真ん中で。

一人の女性が、不安そうに足を止めていた。

淡いブロンドの長い髪は光を受けて輝き、まるで金色の水面のように揺れる。
淡い若草色のワンピースは、やわらかな光を含んだような色合いで、春先の空気によく馴染んでいる。
胸元と袖には生成り色のレースがあしらわれていて、繊細な花模様が上品に浮かび上がる。レース越しに透ける長袖は軽やかで、直射日光を和らげるような柔らかさがある。

ウエストはさりげなく絞られ、細いベルトが全体を引き締めているため、ふんわりと広がるスカートとの対比が美しい。スカートの裾には段状にフリルが重なり、歩いたり腰掛けたりするたびに、布が小さく揺れて影を落とす。

全体としては可憐でクラシカル、それでいて堅すぎない。
午後にぴったりな、「きちんと感」と「親しみやすさ」を両立した装いだ。

顔立ちは、思わず振り返るほどの美少女。
大きな瞳は透き通るような青で、眉の動きや口元のわずかな緊張から、今の戸惑いが読み取れる。
ふっくらした唇は少し引き結ばれ、頬はわずかに赤みを帯びている。
立ち止まったまま、小さくため息をつき、手に握った地図を指先でなぞる。

(……外国の人? 迷ってる……?)

憂は少し迷ってから歩み寄った。

一歩近づくと、女性は少し体を後ろに引いた。
手には地図が握られ、指先で何度も現在地をなぞる。
眉がわずかに寄り、口元には困惑の影。
立ち止まったまま、小さくため息をつき、周囲の景色を何度も見比べる。
憂の存在に気づくと、目が一瞬ぱっと開き、助けを求めるようにこちらを見た。

微かに肩が揺れるその様子から、今すぐにでも道を聞きたいことが伝わってくる。

「Bonjour…(こんにちは……)
Je suis un peu perdue…(少し迷ってしまって……)
Pouvez-vous m'aider ?(道を教えてもらえますか?)」

憂は一瞬、英語で返そうと口を開きかける。
けれど、女性の切なげな表情を見て――
咄嗟にフランス語に切り替えていた。

「Excusez-moi…(えっと……すみません。)
ça va ?(大丈夫? どうかしたの?)
Vous cherchez quelque chose ?(何かお探しですか?)」

流れるようなフランス語。
女性の瞳が、ぱっと開く。
安心したように息を吐き、ほんの少しだけ微笑む。

「Oui… merci…(少し、道に迷ってしまって……)」

「え、えっ?」

横で聞いていたリナが目を見開いた。

「ちょっと待って。憂、今なに語!? フランス語?!」

「うん、フランス語だけど……?」

「いつの間に覚えたのよ、そんなの……!」

リナの声には、驚きと少しの動揺が混ざっていた。
一方、憂は何事もなかったかのように、軽く肩をすくめる。

女性は慌てて首を振った。

「だ、大丈夫です。日本語、話せます。少しだけ」

「よ、よかったぁ……!」

憂は胸を押さえる。

「急にフランス語だったから……
英語やドイツ語なら、もっときちんと話せるんだけど」

「憂が普通にフランス語話すほうが怖いわよ」

リナが呆れたように言う。

女性は微笑む。
美しい青い瞳に、ほんの少しだけ切なさが残る。

「わたし、マリーと申します。久しぶりに梅田へ来たのですが……
少し、道を間違えてしまいました」

「迷子、ですか?」

「迷子……というより……」

マリーは少し言葉を選んでから続ける。

「思い出の場所を探しておりましたの」

その声音には、かすかに寂しさが混じっていた。
リナは腕を組み、憂とマリーのやり取りを静かに見つめる。

「……事情ありそうね」

小さく、考え込むようにリナが呟いた。

「もしよろしければ……どこかで座って、お話しできませんか?」

マリーは控えめに、でも真剣な眼差しで憂を見上げる。
指先で地図を握る手が、わずかに震えていた。

憂はその不安げな瞳を見て、迷わずにうなずいた。

「もちろんです!」

微笑みを浮かべ、軽く頭を下げる憂に、マリーの肩の力が少しだけ抜けた。

リナは肩をすくめ、二人を見やりながら足早に歩き出す。

「ほんと、憂は困ってる人を見ると一直線なんだから」

小声で、でも楽しげにリナが呟く。

夕暮れの梅田の街は、三人を静かなティールームへと自然に導いていった。
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