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21話 ~マリーがいた季節~
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梅田の街を歩き回って、気づけば空は夕暮れ色に染まり始めていた。
「……歩いたわね」
リナが肩を回す。
「じゃあ最後に一つだけ」
憂が、ぱっと顔を上げた。
「カラオケ、行きませんか?」
「……カラオケ?」
マリーが少し驚いたように目を瞬かせる。
「日本の……歌うお店、ですわよね?」
「うん!」
憂はうなずいた。
「いっぱい歩いたし、最後に楽しいことしよって思って!」
リナは一瞬考えてから、肩をすくめる。
「まぁ……悪くないわね」
こうして三人は、駅近くのカラオケボックスへと入った。
◆
防音された小さな部屋。
ソファに腰を下ろし、最初の曲を入れたのはリナだった。
「……じゃあ、いくわよ」
前奏が流れた瞬間、空気が変わる。
伸びやかで、芯のある声。
音程は一切ぶれず、感情の乗せ方も的確。
「……うわ……」
憂が思わず声を漏らす。
「リナ、やっぱり上手……!」
歌い終えたリナは、何事もなかったようにマイクを置く。
「まぁ、普通でしょ」
「普通じゃないよ!」
憂は胸を張る。
「リナって、プロ級のヴァイオリン弾くんですよ!」
ふふん、と自慢げ。
「ちょっと憂!余計なこと言わないで!」
リナは顔を赤くする。
「でも本当だもん」
憂はにこにこ。
次にマイクを取ったのは、憂だった。
流れ出す前奏。
憂が息を吸い、歌い出す。
透明で、まっすぐな歌声。
でも、ただ綺麗なだけじゃない。
聴く人の胸に、すっと入り込む。
マリーは、息を呑んでいた。
歌い終えた瞬間、リナが思わず口を開く。
「……ほんと、反則」
「え?」
「その歌声」
憂は少し照れながら言った。
「前にね、クルージングで歌ったことがあって……
そのとき、ちょっとだけ……ファン、できちゃった」
「ちょっとだけじゃないでしょ」
リナが即ツッコミ。
マリーは、二人を見比べて微笑んだ。
「……お二人、とても仲が良いのですね」
「え?」
「なんだか……少し、羨ましいですわ」
そう言ってから、マリーは視線を下げた。
「私……歌は苦手で……
こういう場所、ほとんど来たことがありませんの」
マイクを前に、少し躊躇する。
憂は、そっと隣に座った。
「大丈夫です」
やさしく。
「一緒に歌いましょう」
「……一緒に?」
「うん。わたしが隣にいます」
マリーは少し迷ってから、小さくうなずいた。
憂が選んだのは、ゆっくりしたテンポの曲。
二人で、同じマイク。
最初は震えていたマリーの声も、次第に、少しずつ、音に乗り始めた。
――澄んだ、透明感のある声。
高音に差しかかっても無理がなく、細い光の糸のように、すっと伸びていく。
その響きは不思議と柔らかく、包み込むような優しさがあった。
聴いているだけで、胸の奥がふっと緩む。
母性的で、あたたかい――癒やしの音色。
けれど甘さもある。
ふわりとした可愛らしさが、ところどころに滲んでいて、
どこか“永遠の十七歳”を思わせる、無垢な軽やかさがあった。
音程は終始安定していて、揺れることなく、最後まで流れを保ったまま――
歌い終えたとき。
「……できました」
マリーの声は、少し誇らしげだった。
「できましたね!」
憂が笑う。
リナは腕を組みながら、満足そうに言った。
「初めてにしては、上出来よ。
――それに、あの声。
人を安心させる、いい歌声ね」
◆
カラオケを出た、そのとき。
マリーのスマホが、静かに震えた。
「……え?」
画面を見た瞬間、マリーは一瞬、言葉を失った。
マリーは、少し戸惑いながら画面を見せる。
「……彼のお姉さんから、メールが……」
息を呑む音。
『突然ごめんなさい。
実はね、明日、私が東京に行くことになって……
弟が、空港まで見送りに来るって言ってるの』
指先が、わずかに震える。
『まだ、記憶は戻っていないみたいなんだけど……
それでも、“もしかしたら会えるかもしれない場所”には行きたいって。
だから……もし、マリーが無理でなければ』
一拍、置いて。
『ほんの少しでいいの。
顔を見るだけでも構わないから……
空港に、来てくれないかな』
マリーは胸にスマホを抱きしめ、小さく、でも確かにうなずいた。
「……あの人のお姉さん、本当に……お人よしですね」
マリーの手が、胸の前で震える。
リナは腕を組み、ふっと息を吐いた。
「行きなさいよ。こんな機会、二度と来ないかもしれない」
憂も、強くうなずく。
「マリーさん、絶対行ったほうがいいです!
たとえ覚えてなくても……マリーさんの気持ちは、きっと伝わります」
マリーは、唇を噛みしめる。
「……怖い……です」
小さな声。
「忘れられていたら……私……」
「怖がりながらでいいんです」
憂は、そっと言った。
「でも、会いたい気持ちは本物でしょう?
その気持ちが……きっと、彼に届きます」
マリーの瞳に、涙がにじむ。
「……行きますわ」
震えながらも、はっきりと。
「明日……空港へ。もう一度……彼に会います」
リナは満足そうに鼻を鳴らした。
「よろしい。やっと覚悟決めた顔になったじゃない」
マリーは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「ありがとう……お二人とも」
「私……あした、勇気を出しますわ」
夕暮れの梅田の風が、三人の髪を、そっと揺らす。
その風の向こうに――
明日、空港で待つ「未来」が、
確かに続いているように思えた。
「……歩いたわね」
リナが肩を回す。
「じゃあ最後に一つだけ」
憂が、ぱっと顔を上げた。
「カラオケ、行きませんか?」
「……カラオケ?」
マリーが少し驚いたように目を瞬かせる。
「日本の……歌うお店、ですわよね?」
「うん!」
憂はうなずいた。
「いっぱい歩いたし、最後に楽しいことしよって思って!」
リナは一瞬考えてから、肩をすくめる。
「まぁ……悪くないわね」
こうして三人は、駅近くのカラオケボックスへと入った。
◆
防音された小さな部屋。
ソファに腰を下ろし、最初の曲を入れたのはリナだった。
「……じゃあ、いくわよ」
前奏が流れた瞬間、空気が変わる。
伸びやかで、芯のある声。
音程は一切ぶれず、感情の乗せ方も的確。
「……うわ……」
憂が思わず声を漏らす。
「リナ、やっぱり上手……!」
歌い終えたリナは、何事もなかったようにマイクを置く。
「まぁ、普通でしょ」
「普通じゃないよ!」
憂は胸を張る。
「リナって、プロ級のヴァイオリン弾くんですよ!」
ふふん、と自慢げ。
「ちょっと憂!余計なこと言わないで!」
リナは顔を赤くする。
「でも本当だもん」
憂はにこにこ。
次にマイクを取ったのは、憂だった。
流れ出す前奏。
憂が息を吸い、歌い出す。
透明で、まっすぐな歌声。
でも、ただ綺麗なだけじゃない。
聴く人の胸に、すっと入り込む。
マリーは、息を呑んでいた。
歌い終えた瞬間、リナが思わず口を開く。
「……ほんと、反則」
「え?」
「その歌声」
憂は少し照れながら言った。
「前にね、クルージングで歌ったことがあって……
そのとき、ちょっとだけ……ファン、できちゃった」
「ちょっとだけじゃないでしょ」
リナが即ツッコミ。
マリーは、二人を見比べて微笑んだ。
「……お二人、とても仲が良いのですね」
「え?」
「なんだか……少し、羨ましいですわ」
そう言ってから、マリーは視線を下げた。
「私……歌は苦手で……
こういう場所、ほとんど来たことがありませんの」
マイクを前に、少し躊躇する。
憂は、そっと隣に座った。
「大丈夫です」
やさしく。
「一緒に歌いましょう」
「……一緒に?」
「うん。わたしが隣にいます」
マリーは少し迷ってから、小さくうなずいた。
憂が選んだのは、ゆっくりしたテンポの曲。
二人で、同じマイク。
最初は震えていたマリーの声も、次第に、少しずつ、音に乗り始めた。
――澄んだ、透明感のある声。
高音に差しかかっても無理がなく、細い光の糸のように、すっと伸びていく。
その響きは不思議と柔らかく、包み込むような優しさがあった。
聴いているだけで、胸の奥がふっと緩む。
母性的で、あたたかい――癒やしの音色。
けれど甘さもある。
ふわりとした可愛らしさが、ところどころに滲んでいて、
どこか“永遠の十七歳”を思わせる、無垢な軽やかさがあった。
音程は終始安定していて、揺れることなく、最後まで流れを保ったまま――
歌い終えたとき。
「……できました」
マリーの声は、少し誇らしげだった。
「できましたね!」
憂が笑う。
リナは腕を組みながら、満足そうに言った。
「初めてにしては、上出来よ。
――それに、あの声。
人を安心させる、いい歌声ね」
◆
カラオケを出た、そのとき。
マリーのスマホが、静かに震えた。
「……え?」
画面を見た瞬間、マリーは一瞬、言葉を失った。
マリーは、少し戸惑いながら画面を見せる。
「……彼のお姉さんから、メールが……」
息を呑む音。
『突然ごめんなさい。
実はね、明日、私が東京に行くことになって……
弟が、空港まで見送りに来るって言ってるの』
指先が、わずかに震える。
『まだ、記憶は戻っていないみたいなんだけど……
それでも、“もしかしたら会えるかもしれない場所”には行きたいって。
だから……もし、マリーが無理でなければ』
一拍、置いて。
『ほんの少しでいいの。
顔を見るだけでも構わないから……
空港に、来てくれないかな』
マリーは胸にスマホを抱きしめ、小さく、でも確かにうなずいた。
「……あの人のお姉さん、本当に……お人よしですね」
マリーの手が、胸の前で震える。
リナは腕を組み、ふっと息を吐いた。
「行きなさいよ。こんな機会、二度と来ないかもしれない」
憂も、強くうなずく。
「マリーさん、絶対行ったほうがいいです!
たとえ覚えてなくても……マリーさんの気持ちは、きっと伝わります」
マリーは、唇を噛みしめる。
「……怖い……です」
小さな声。
「忘れられていたら……私……」
「怖がりながらでいいんです」
憂は、そっと言った。
「でも、会いたい気持ちは本物でしょう?
その気持ちが……きっと、彼に届きます」
マリーの瞳に、涙がにじむ。
「……行きますわ」
震えながらも、はっきりと。
「明日……空港へ。もう一度……彼に会います」
リナは満足そうに鼻を鳴らした。
「よろしい。やっと覚悟決めた顔になったじゃない」
マリーは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「ありがとう……お二人とも」
「私……あした、勇気を出しますわ」
夕暮れの梅田の風が、三人の髪を、そっと揺らす。
その風の向こうに――
明日、空港で待つ「未来」が、
確かに続いているように思えた。
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