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22話 夕焼けに溶けるブロンド
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夕暮れの梅田を抜け、三人は駅前でマリーと別れた。
人波の向こうへと遠ざかっていく、淡いブロンドの背中。
夕焼けに染まった空の下、風に揺れるその髪は、まるで街の光に溶け込んでいくようだった。
足を止めたまま、憂はその姿を目で追い続ける。
完全に見えなくなっても、しばらくのあいだ、視線だけがその方向に残っていた。
「……マリーさん、すごくいい人だったね」
ぽつり、とこぼれるような声。
夜へと移り変わりつつある空気の中で、その言葉は、どこか名残惜しさを含んでいた。
隣で、リナが肩をすくめる。
「まぁね。品もあるし、覚悟も決めたし」
一拍、間を置いてから。
「……ただし」
リナは、指を一本立てた。
――毒舌エンジン、起動。
「むっつりスケベじゃなかったら、もっと評価高かったわよ」
「えぇぇぇ!?そんな言い方!!」
憂は思わず目を丸くする。
「だってアンタ、見たでしょ!?」
リナは勢いを増す。
「“制服の下にスクール水着”とか、あれをあのテンションで投げてくる!? 普通!?」
「……う……」
憂は顔を赤くして、視線をそらした。
「……た、たしかに……破壊力は……すごかったけど……」
「すごかったどころじゃないわよ!」
リナは即座に畳みかける。
「あんた、完全にフリーズしてたじゃない! 魂どっか行ってたわよ!?」
「う……言わないで……」
憂は両手で顔を覆った。
夜風が吹き、梅田のざわめきが、ほんの少しだけ遠のく。
そのとき――
憂のスマホが、ぷるる、と控えめに震えた。
「あ……」
画面を確認して、思わず苦笑する。
「葉月姉からだ」
開いた画面には、テンションが明らかに限界突破している文章。
『グーテンアーベント☆ 憂ちゃ~ん?
今日は~御陵家に~
大量の高級お肉が届いちゃったのデース♪
ゆえに!
本日の夕食は~~
☆★お鍋フェスティバル★☆
帰ったらすぐおいで!
以上っ♪』
「……なんか、葉月姉、いつもより海外かぶれじゃない?」
憂は首を傾げる。
「語尾もテンションもおかしい……」
それを見たリナが、一瞬黙り込み――
次の瞬間、噴き出した。
「はっ……なにそれ。あの人ほんと自由よね……!」
その直後。
今度は、リナのスマホが短く震えた。
一瞬だけ画面を確認し、リナは小さく息を吐く。
「小鈴様から?」
憂が尋ねる。
「ええ」
スマホをしまい、リナは淡々と続けた。
「“今宵は屋敷に戻らず、外で静かに英気を養いなさい”……ですって」
「えっ……帰宅禁止?」
「禁止というより、命令ね」
「言い方が優雅すぎて逆に怖い……」
リナは肩をすくめる。
「それと――今日届いた高級肉」
「あっ」
「小鈴様からのものよ」
「え?お礼……?」
一瞬だけ、言葉を選ぶような間。
「前回…… “少々手荒に同行をお願いした件”についての、謝罪とお礼らしいわ」
「……え?」
「本人いわく」
リナは、わずかに声色を変える。
「あれは拉致ではありません。貴婦人による、やむを得ない優雅な強制同行です……だそうよ」
「言い換えになってないよ!?」
憂が即座にツッコむ。
「しかも、自分で正当化してる……!」
「でしょ」
リナはため息をついた。
「だから高級肉。誠意の可視化ってやつね」
「お肉で全部解決しようとしてる……」
「全部じゃないわよ」
「でも、怒る気はかなり失せる」
「そこ!?」
憂の声が、夜の梅田に小さく響いた。
少し笑ったあと、憂はスマホを握りしめたまま、おずおずとリナを見る。
「ねぇ……リナ」
「なによ」
「もしよかったら……い、一緒に行かない?」
恐る恐る。
「葉月姉、お肉いっぱいあるって言ってたし……リナにも、食べてほしいな」
リナは、一瞬だけ目を見開いた。
そして――
ぷいっと視線を逸らす。
「べ、べつに……あんたの家の鍋なんて興味ないけど?」
早口。
「私、忙しいし。夕飯くらい一人でどうにでもなるし……!」
――しかし。
耳まで、真っ赤だった。
憂は、思わず微笑む。
「でも……来てくれたら、嬉しいよ?」
その一言で、リナの防御力は完全崩壊した。
「……し、仕方ないわね!!」
振り向いて、声を張り上げる。
「あんたがそこまで言うなら!
べ、別に鍋が食べたいわけじゃないからね!?
肉目当てじゃないからね!?」
「うんうん、わかってるよ、リナ」
「わかってないでしょ、絶対!!」
顔を真っ赤にしたまま、リナはずんずん歩き出す。
――その瞬間。
憂のスマホが、再び、ぷるる、と震えた。
「あ、また……?」
画面に表示された文字。
『あっ、そうそう!!
言い忘れてたけど、
リナちゃんも一緒に来てね~♪
今日は特別な日だから、
遠慮とか気遣いとか全部禁止でーす!
逃げ道は最初から存在しないので、
安心してお越しください☆』
「……」
「……」
リナが、ゆっくりと振り返る。
「……安心って、どこにかかってる言葉かしら」
「た、多分……歓迎、だと思う……」
「歓迎の文章じゃないでしょ、それ」
リナはこめかみを押さえた。
「……ほんと、葉月先輩、人を包囲する才能だけは一級品ね」
そう言いながらも、再び歩き出す。
「どうせ逃げ道がないなら、正面突破するしかないでしょ」
「……リナ」
「なによ」
「来てくれて、ありがとう」
その一言に、リナの肩が、ほんの少しだけ揺れた。
「……感謝されるようなことじゃないっての」
声は小さく、けれど、確かに柔らかかった。
梅田の夜道に、二人の足音が重なる。
マリーを送り出したあとの、
ほんの少し胸に残っていた寂しさは――
いつのまにか、拉致監禁の謝罪として届いた高級肉と、
逃げ道を完全封鎖する葉月の追伸、
そして、これから始まるお鍋の匂いに、
すっかり塗り替えられ始めていた。
人波の向こうへと遠ざかっていく、淡いブロンドの背中。
夕焼けに染まった空の下、風に揺れるその髪は、まるで街の光に溶け込んでいくようだった。
足を止めたまま、憂はその姿を目で追い続ける。
完全に見えなくなっても、しばらくのあいだ、視線だけがその方向に残っていた。
「……マリーさん、すごくいい人だったね」
ぽつり、とこぼれるような声。
夜へと移り変わりつつある空気の中で、その言葉は、どこか名残惜しさを含んでいた。
隣で、リナが肩をすくめる。
「まぁね。品もあるし、覚悟も決めたし」
一拍、間を置いてから。
「……ただし」
リナは、指を一本立てた。
――毒舌エンジン、起動。
「むっつりスケベじゃなかったら、もっと評価高かったわよ」
「えぇぇぇ!?そんな言い方!!」
憂は思わず目を丸くする。
「だってアンタ、見たでしょ!?」
リナは勢いを増す。
「“制服の下にスクール水着”とか、あれをあのテンションで投げてくる!? 普通!?」
「……う……」
憂は顔を赤くして、視線をそらした。
「……た、たしかに……破壊力は……すごかったけど……」
「すごかったどころじゃないわよ!」
リナは即座に畳みかける。
「あんた、完全にフリーズしてたじゃない! 魂どっか行ってたわよ!?」
「う……言わないで……」
憂は両手で顔を覆った。
夜風が吹き、梅田のざわめきが、ほんの少しだけ遠のく。
そのとき――
憂のスマホが、ぷるる、と控えめに震えた。
「あ……」
画面を確認して、思わず苦笑する。
「葉月姉からだ」
開いた画面には、テンションが明らかに限界突破している文章。
『グーテンアーベント☆ 憂ちゃ~ん?
今日は~御陵家に~
大量の高級お肉が届いちゃったのデース♪
ゆえに!
本日の夕食は~~
☆★お鍋フェスティバル★☆
帰ったらすぐおいで!
以上っ♪』
「……なんか、葉月姉、いつもより海外かぶれじゃない?」
憂は首を傾げる。
「語尾もテンションもおかしい……」
それを見たリナが、一瞬黙り込み――
次の瞬間、噴き出した。
「はっ……なにそれ。あの人ほんと自由よね……!」
その直後。
今度は、リナのスマホが短く震えた。
一瞬だけ画面を確認し、リナは小さく息を吐く。
「小鈴様から?」
憂が尋ねる。
「ええ」
スマホをしまい、リナは淡々と続けた。
「“今宵は屋敷に戻らず、外で静かに英気を養いなさい”……ですって」
「えっ……帰宅禁止?」
「禁止というより、命令ね」
「言い方が優雅すぎて逆に怖い……」
リナは肩をすくめる。
「それと――今日届いた高級肉」
「あっ」
「小鈴様からのものよ」
「え?お礼……?」
一瞬だけ、言葉を選ぶような間。
「前回…… “少々手荒に同行をお願いした件”についての、謝罪とお礼らしいわ」
「……え?」
「本人いわく」
リナは、わずかに声色を変える。
「あれは拉致ではありません。貴婦人による、やむを得ない優雅な強制同行です……だそうよ」
「言い換えになってないよ!?」
憂が即座にツッコむ。
「しかも、自分で正当化してる……!」
「でしょ」
リナはため息をついた。
「だから高級肉。誠意の可視化ってやつね」
「お肉で全部解決しようとしてる……」
「全部じゃないわよ」
「でも、怒る気はかなり失せる」
「そこ!?」
憂の声が、夜の梅田に小さく響いた。
少し笑ったあと、憂はスマホを握りしめたまま、おずおずとリナを見る。
「ねぇ……リナ」
「なによ」
「もしよかったら……い、一緒に行かない?」
恐る恐る。
「葉月姉、お肉いっぱいあるって言ってたし……リナにも、食べてほしいな」
リナは、一瞬だけ目を見開いた。
そして――
ぷいっと視線を逸らす。
「べ、べつに……あんたの家の鍋なんて興味ないけど?」
早口。
「私、忙しいし。夕飯くらい一人でどうにでもなるし……!」
――しかし。
耳まで、真っ赤だった。
憂は、思わず微笑む。
「でも……来てくれたら、嬉しいよ?」
その一言で、リナの防御力は完全崩壊した。
「……し、仕方ないわね!!」
振り向いて、声を張り上げる。
「あんたがそこまで言うなら!
べ、別に鍋が食べたいわけじゃないからね!?
肉目当てじゃないからね!?」
「うんうん、わかってるよ、リナ」
「わかってないでしょ、絶対!!」
顔を真っ赤にしたまま、リナはずんずん歩き出す。
――その瞬間。
憂のスマホが、再び、ぷるる、と震えた。
「あ、また……?」
画面に表示された文字。
『あっ、そうそう!!
言い忘れてたけど、
リナちゃんも一緒に来てね~♪
今日は特別な日だから、
遠慮とか気遣いとか全部禁止でーす!
逃げ道は最初から存在しないので、
安心してお越しください☆』
「……」
「……」
リナが、ゆっくりと振り返る。
「……安心って、どこにかかってる言葉かしら」
「た、多分……歓迎、だと思う……」
「歓迎の文章じゃないでしょ、それ」
リナはこめかみを押さえた。
「……ほんと、葉月先輩、人を包囲する才能だけは一級品ね」
そう言いながらも、再び歩き出す。
「どうせ逃げ道がないなら、正面突破するしかないでしょ」
「……リナ」
「なによ」
「来てくれて、ありがとう」
その一言に、リナの肩が、ほんの少しだけ揺れた。
「……感謝されるようなことじゃないっての」
声は小さく、けれど、確かに柔らかかった。
梅田の夜道に、二人の足音が重なる。
マリーを送り出したあとの、
ほんの少し胸に残っていた寂しさは――
いつのまにか、拉致監禁の謝罪として届いた高級肉と、
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