沈黙のういザード 

豚さん

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23話 御陵鍋

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 春の夜。
 御陵家の庭には、まだ少し冷たい空気が残り、白い息がかすかに浮かんでは消えていく。

 玄関の扉が開く。

「いらっしゃ~い! リナちゃんも初めての御陵鍋だね!」

 葉月が満面の笑みで手を振る。

「……どうも」

 リナは靴を脱ぎ、妙に慎重な動きで揃えた。

 少し間を置いて、低く一言。

「……人んち、上がるの初めてなんだけど」

 横で憂が、思わず吹き出しそうになる。

「え、そうなの?」

「悪い? 勝手がわかなんないのよ」

 リナは視線を泳がせ、腕を組んだまま落ち着かない。

「立ってりゃいい? それとも、もう上がっていいの?」

「そこまで警戒しなくていいから!」

 葉月が笑いながら言う。



 キッチンでは葉月がエプロン姿で奮闘していた。
 テーブルいっぱいに具材が並ぶ。

 霜降り和牛。
 豆腐。
 白菜。
 春菊。
 えのき。
 しめじ。
 そして太いうどん。

 その中でも圧倒的な存在感を放つのは、
 きれいなサシが入った——
 “明らかに高級すぎる大量の肉”。

「わ、わ……これ全部鍋に入れるの?」

 リナの目が大きく開く。

 葉月は誇らしげに胸を張った。

「そうだよ~。今日は御陵家の“本気鍋”だからね!」

「このお肉ね……実は、小鈴ちゃんからの謝罪の品なの」

 葉月が少し困ったように言った。

「謝罪?」

「うん。冷凍庫に入らないくらい届いちゃってさ。
 正直、どうしようかと思った」

 憂は視線を逸らし、気まずそうに小さく咳払いをする。

「……小鈴さん、わたしたちがたくさん食べるの知ってるから」

「知ってるどころじゃないでしょ」

 リナが、鍋の中を覗き込みながら言った。

「これ全部、アンタならいけるって判断でしょ」

「失礼だよ」

 憂がむっとして言い返す。

「三日以内には、ちゃんと食べきれるもん」

「三日以内!?」

 リナが思わず声を上げる。

「いやいや、“三日以内”って言葉がもう普通じゃないから!」

 葉月は吹き出しながら、肩をすくめた。

「まあ……だから鍋にしたんだけどね。リナちゃん、お肉好き?」

「……食べるわよ。わりと……いや、かなりね」

(かわいい……)

 憂は心の中でそっと呟いた。



 ぐつぐつ……
 土鍋から弾むような音が部屋に広がる。

「はい、リナちゃん、これ~」

 葉月が和牛をどんどん投入する。

「ちょっ……! そんな大量に!?
 これ本当に三人前!? いや四人前はあるでしょ!?」

「いいのいいの! 今日は“小鈴様スポンサーの鍋フェス”だから!」

 憂がくすっと笑う。

「リナの驚く顔、すごい新鮮……」

「うっさい! 実況すんなってば!!」

 リナの耳が少し赤い。

 肉の甘い香りと春菊のほろ苦い匂いが混じり、春の冷たい空気を忘れさせるような温かさが満ちていく。



「いただきます!」

 憂の声で箸が伸びる。

「……おいしい……」

 リナが呟いたその一言で、葉月の顔がぱっと輝いた。

「でしょ~!? 御陵家の鍋は全国ランク上位なのだ!」

「すき焼きじゃないのに、この甘さ……なんなの……?」

「御陵家直伝の“秘密のタレ”です!」

 憂がうれしそうにリナの器に豆腐を入れる。

「リナ、これもどうぞ」

「ありがとう……。……ねぇ、なんかさ、こういうの……変な感じ」

「変?」

「うん……招待されて、こんないい肉つついて……
 なんていうか……“ちゃんと歓迎されてる席”って感じで……くすぐったい」

 憂はふわっと笑う。

「そういう場だよ」

「アンタのいつもの場所でしょ!?」

「リナちゃんも、もうこっち側だよ」

「はあぁぁ!?何その雑な囲い込み!?
 心の準備もなく仲間扱いとか、意味わかんないんだけど!?」

 リナは盛大にむせた。

 葉月はお腹を押さえて笑う。

「かわいい~!!」

「笑いすぎ!!」

 けれど、リナの頬はどこか緩んでいた。
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