沈黙のういザード 

豚さん

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26話 策士さま

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 休憩時間。
 校舎の奥、静かな女子トイレの前。

 手を洗い終えた葉月が、ペーパータオルで指先を拭いていると――
 背後から、落ち着いた声がした。

「ごきげんよう、葉月さん」

 振り返ると、背筋をすっと伸ばした小鈴が、優雅に立っていた。

「わっ、小鈴ちゃん。ちょうどよかった」

 葉月は声を潜める。

「この前のメールの件なんだけどさ……ほんと、ありがとう」

 その言葉に、小鈴は小さく首を傾げた。

「……何のことでしょう?」

 とぼけた笑み。
 完璧な知らぬ顔。

「出た」

 葉月は苦笑する。

「とぼけ方がもう犯人なのよ、それ」

 小鈴は一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに言った。

「……真実を語らないほうが、よい場合もございますわ」

 貴婦人らしい、柔らかな口調。
 けれど、そこには迷いが滲んでいた。

「本当の理由を知れば、誰かが余計な重荷を背負うこともあります」

「……うん」

 葉月は頷く。

「それ、わかる。全部話せばいいってもんじゃないよね」

 少しだけ、間が空いた。

 そして葉月は、急に思い出したみたいな顔で、ふっと微笑んだ。

「ねぇ、じゃあさ――」

 一歩、距離を詰める。

「今度、憂ちゃんと遊んであげて」

 その瞬間。

 小鈴の肩が、ほんのわずかに跳ねた。

「……なっ」

 すぐに咳払い。

「そ、そのような……わたくしも忙しゅうございますし……」

 声は冷静。
 だが、耳が――ほんのり赤い。

「へぇ?」

 葉月は、にやりと口角を上げた。

「ちなみにね。条件があるんだけど」

 小鈴の眉が、ぴくりと動く。

「……条件、ですか?」

「うん」

 葉月は、わざと軽い声で言った。

「今日のお昼、あたしと一緒に食べること」

 一瞬の沈黙。

 小鈴は固まった。

「い、いえ……それは……」

 言葉を探すように視線が泳ぐ。

 そんな様子を見て、葉月は肩をすくめて、わざとらしく付け足した。

「いやなら、いーんだけど?」

 小悪魔の笑顔。

「無理にとは言わないし~憂ちゃんと遊ぶ話も、別に流れてもいいし~?」

「……っ」

 小鈴の負けだった。

「……し、仕方ありませんわね」

 胸の前で手を組み、扇子でも持つかのような仕草。

「わたくしが付き合って差し上げるだけです。誤解なさらぬように」

「はいはい」

 葉月は即ツッコミを入れた。

「憂を拉致しといて、何言ってんのよ」

「ら、拉致など……!」

 小鈴は一瞬、言葉に詰まり――
 視線を逸らしたまま、ぽつり。

「……憂さんが望まれるのでしたら」

 その小さな声に、葉月は吹き出した。

「もう素直になりなって」

 ちょうどそのとき、チャイムが鳴り響く。

「では……」

 小鈴は姿勢を正し、いつもの気品ある微笑みに戻った。

「本日のお昼、ご一緒させていただきますわ」

「はい、決まり」

 葉月は満足そうに頷く。

「じゃ、あとでね。策士さま」

「……策士ではございませんわ」

 そう言いながらも、小鈴の口元はわずかに緩んでいた。

 二人は小さく笑い合い、並んで廊下を進む。

 向かう先は――同じ三年生の教室。

 扉を開ける直前、小鈴は何事もなかったかのように表情を整え、葉月もいつもの調子に戻った。

 ――知らないところで。
 今日もまた、憂の予定と、
 小鈴のお昼が、同じクラスで、静かに決まっていた。
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