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27話 不穏なランチタイム
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昼休み。
白凰女学院の中庭に面したベンチは、昼の日差しを受けてほどよく暖かかった。
そこに並ぶのは――
やや不穏な、昼食会の顔ぶれである。
まず、小鈴。
膝の上には、漆塗りの重箱風ランチボックス。
中身は彩り豊かな和洋折衷、
一目で「豪華」とわかる完璧なお弁当。
その隣で、葉月は手の込んだ手作り弁当を広げていた。
煮物、卵焼き、彩り野菜。
家庭力の塊みたいな内容だ。
少し離れて、秋香は紙に包まれたサンドイッチを手にしている。
具材はシンプルだが、どこか上品な選び方だった。
そして――
その向かい。
ファンのクラスメイトに囲まれながら、堂々とお弁当をもらって食べている人物が一人。
結衣である。
箸を止めた小鈴のこめかみが、ぴくり、と動いた。
「……少々、よろしいかしら」
その声は静か。
だが、はっきりと不機嫌。
小鈴はゆっくり顔を上げ、結衣をまっすぐに見据えた。
「――どうして、あなたが、こちらでご一緒に召し上がっているのですの?」
ぷんぷん、という表現がぴったりなほど、抑えきれない怒気。
「お約束と、違いますわよね?」
結衣は、もぐもぐしながら顔を上げ、実に堂々と答えた。
「え? ダブルデートの作戦会議だけど?」
即答。
「憂君と、小鈴君との、ね」
場の空気が一瞬、凍る。
「まぁ……!」
秋香がぱっと微笑んだ。
「それはそれは、素敵ですわね」
小鈴の視線が、今度は葉月へと突き刺さる。
「葉月さん」
にこりともせず、しかし声はどこまでも上品。
「わたくし、このようなお話は伺っておりませんわ」
「えーっとね?」
葉月は苦笑いで頬をかきながら、軽い調子を装う。
「憂ちゃんがさ~ 結衣ちゃんとも、小鈴ちゃんとも、一緒に遊びたいって言ったんだよね~」
「………………っ」
小鈴の唇が、
きゅっと結ばれる。
「く……っ」
悔しさを隠そうとして、逆に隠しきれない。
「そのような……あまりにも……」
言葉を探す間に、結衣がにやりと笑った。
「もう諦めなよ」
その一言に、小鈴の視線が鋭くなる。
「……黙ってくださいませ」
低く、しかし完璧な貴婦人口調。
その一瞬の緊張を、葉月が楽しそうに煽る。
「え~? 二人がそんなに喧嘩するならさ~」
にこにこしながら、悪魔の囁き。
「憂ちゃん、嫌いになっちゃうかもね~?」
「――――っ!!」
小鈴が、思わず声を詰まらせた。
「……くぅぅ……!」
握りしめたナプキンが、しわくちゃになる。
数秒の沈黙の後――
小鈴は、深く息を吸い、毅然と姿勢を正した。
「……でしたら」
凛とした声。
「葉月さん、秋香さんも、ご一緒していただけませんこと?」
「それは無理」
葉月は即答だった。
「その日はね~秋香お嬢様と、バイクでツーリングとキャンプなの」
「ねー♪」「ねー♪」
葉月と秋香が、まるで示し合わせたかのように同時に声を重ねる。
肩を寄せ合い、顔を見合わせて、楽しそうにうなずいた。
「ええ。とても楽しみにしておりますの」
「……そうですの……」
小鈴は一瞬、天を仰いだ。
そこへ結衣が、追撃のように一言。
「ほんと、諦めなよ」
小鈴は、きっぱりと言い放つ。
「――静粛に」
その場が一瞬、静まり返る。
そして――
葉月が、ふっと声のトーンを落とした。
「ねえ、小鈴ちゃん」
「……はい?」
「一個、お願いしてもいい?」
その言い方で、小鈴はすぐ察した。
「……お願いですのね」
「うん」
葉月は、にひっと笑う。
「理恵姐さんにさ、例の店……お願いしてほしいんだけど」
一瞬。
小鈴のまつげが、ぴくりと揺れた。
「……やれやれ」
静かに、ため息。
「本当に……どこまで妹想いでいらっしゃるのですか、葉月さんは」
呆れたような口調。
けれど、拒絶はない。
「ですが――」
姿勢を正し、落ち着いた声で続ける。
「理恵さんでしたら、その件、適任でいらっしゃいますわ」
「じゃあ!」
「承諾いたします」
即答だった。
「……憂さんのこと、ですものね」
その言葉に、葉月は目を細め、にひひと笑う。
「小鈴ちゃんにだけは、言われたくないなあ、それ」
「……何をおっしゃいますの?」
「だってさ」
肩をすくめて。
「憂ちゃんを拉致した前科、一番派手なの小鈴ちゃんでしょ?」
「……っ」
小鈴は言葉に詰まり、扇子でも持つような仕草で視線を逸らした。
「……仕方ありませんわね」
そして、気品ある微笑み。
「これも、生徒会――いえ、おせっかいの範囲ですわ」
「さすが貴婦人ちゃん」
葉月は満足そうだった。
「まあ!」
秋香が目を輝かせる。
「理恵姐様にお会いできるなんて……本当に羨ましいですわ」
――理恵。
一つ上の先輩で、前生徒会長。
すでに卒業しているが、
その人望と器の大きさから
自然と“姐さん”と呼ばれていた存在。
そして。
結衣は――
今日は珍しく、少しだけ黄昏ていた。
窓の外を見つめ、何も言わない。
その横顔を、小鈴は一瞬だけ静かに見つめ――
(……触れては、いけませんわね)
そう判断したように、
何も言わず、視線を戻した。
――白凰女学院の昼休み。
今日もまた、予定と、火種と、策謀と妹愛が――
そして、語られない過去を一つ含んだまま。
お弁当と一緒に、確実に広がっていた。
白凰女学院の中庭に面したベンチは、昼の日差しを受けてほどよく暖かかった。
そこに並ぶのは――
やや不穏な、昼食会の顔ぶれである。
まず、小鈴。
膝の上には、漆塗りの重箱風ランチボックス。
中身は彩り豊かな和洋折衷、
一目で「豪華」とわかる完璧なお弁当。
その隣で、葉月は手の込んだ手作り弁当を広げていた。
煮物、卵焼き、彩り野菜。
家庭力の塊みたいな内容だ。
少し離れて、秋香は紙に包まれたサンドイッチを手にしている。
具材はシンプルだが、どこか上品な選び方だった。
そして――
その向かい。
ファンのクラスメイトに囲まれながら、堂々とお弁当をもらって食べている人物が一人。
結衣である。
箸を止めた小鈴のこめかみが、ぴくり、と動いた。
「……少々、よろしいかしら」
その声は静か。
だが、はっきりと不機嫌。
小鈴はゆっくり顔を上げ、結衣をまっすぐに見据えた。
「――どうして、あなたが、こちらでご一緒に召し上がっているのですの?」
ぷんぷん、という表現がぴったりなほど、抑えきれない怒気。
「お約束と、違いますわよね?」
結衣は、もぐもぐしながら顔を上げ、実に堂々と答えた。
「え? ダブルデートの作戦会議だけど?」
即答。
「憂君と、小鈴君との、ね」
場の空気が一瞬、凍る。
「まぁ……!」
秋香がぱっと微笑んだ。
「それはそれは、素敵ですわね」
小鈴の視線が、今度は葉月へと突き刺さる。
「葉月さん」
にこりともせず、しかし声はどこまでも上品。
「わたくし、このようなお話は伺っておりませんわ」
「えーっとね?」
葉月は苦笑いで頬をかきながら、軽い調子を装う。
「憂ちゃんがさ~ 結衣ちゃんとも、小鈴ちゃんとも、一緒に遊びたいって言ったんだよね~」
「………………っ」
小鈴の唇が、
きゅっと結ばれる。
「く……っ」
悔しさを隠そうとして、逆に隠しきれない。
「そのような……あまりにも……」
言葉を探す間に、結衣がにやりと笑った。
「もう諦めなよ」
その一言に、小鈴の視線が鋭くなる。
「……黙ってくださいませ」
低く、しかし完璧な貴婦人口調。
その一瞬の緊張を、葉月が楽しそうに煽る。
「え~? 二人がそんなに喧嘩するならさ~」
にこにこしながら、悪魔の囁き。
「憂ちゃん、嫌いになっちゃうかもね~?」
「――――っ!!」
小鈴が、思わず声を詰まらせた。
「……くぅぅ……!」
握りしめたナプキンが、しわくちゃになる。
数秒の沈黙の後――
小鈴は、深く息を吸い、毅然と姿勢を正した。
「……でしたら」
凛とした声。
「葉月さん、秋香さんも、ご一緒していただけませんこと?」
「それは無理」
葉月は即答だった。
「その日はね~秋香お嬢様と、バイクでツーリングとキャンプなの」
「ねー♪」「ねー♪」
葉月と秋香が、まるで示し合わせたかのように同時に声を重ねる。
肩を寄せ合い、顔を見合わせて、楽しそうにうなずいた。
「ええ。とても楽しみにしておりますの」
「……そうですの……」
小鈴は一瞬、天を仰いだ。
そこへ結衣が、追撃のように一言。
「ほんと、諦めなよ」
小鈴は、きっぱりと言い放つ。
「――静粛に」
その場が一瞬、静まり返る。
そして――
葉月が、ふっと声のトーンを落とした。
「ねえ、小鈴ちゃん」
「……はい?」
「一個、お願いしてもいい?」
その言い方で、小鈴はすぐ察した。
「……お願いですのね」
「うん」
葉月は、にひっと笑う。
「理恵姐さんにさ、例の店……お願いしてほしいんだけど」
一瞬。
小鈴のまつげが、ぴくりと揺れた。
「……やれやれ」
静かに、ため息。
「本当に……どこまで妹想いでいらっしゃるのですか、葉月さんは」
呆れたような口調。
けれど、拒絶はない。
「ですが――」
姿勢を正し、落ち着いた声で続ける。
「理恵さんでしたら、その件、適任でいらっしゃいますわ」
「じゃあ!」
「承諾いたします」
即答だった。
「……憂さんのこと、ですものね」
その言葉に、葉月は目を細め、にひひと笑う。
「小鈴ちゃんにだけは、言われたくないなあ、それ」
「……何をおっしゃいますの?」
「だってさ」
肩をすくめて。
「憂ちゃんを拉致した前科、一番派手なの小鈴ちゃんでしょ?」
「……っ」
小鈴は言葉に詰まり、扇子でも持つような仕草で視線を逸らした。
「……仕方ありませんわね」
そして、気品ある微笑み。
「これも、生徒会――いえ、おせっかいの範囲ですわ」
「さすが貴婦人ちゃん」
葉月は満足そうだった。
「まあ!」
秋香が目を輝かせる。
「理恵姐様にお会いできるなんて……本当に羨ましいですわ」
――理恵。
一つ上の先輩で、前生徒会長。
すでに卒業しているが、
その人望と器の大きさから
自然と“姐さん”と呼ばれていた存在。
そして。
結衣は――
今日は珍しく、少しだけ黄昏ていた。
窓の外を見つめ、何も言わない。
その横顔を、小鈴は一瞬だけ静かに見つめ――
(……触れては、いけませんわね)
そう判断したように、
何も言わず、視線を戻した。
――白凰女学院の昼休み。
今日もまた、予定と、火種と、策謀と妹愛が――
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