185 / 255
29話 変態お姉ちゃんの弱音
しおりを挟む
湯気が立ちこめる浴室。
ちゃぷん、とやわらかな水音が響く。
大きな湯船に、憂と葉月が並んで肩まで浸かっていた。
「……っはぁ~……」
葉月が、わざとらしく長い息を吐く。
「生き返るわぁ……やっぱ風呂は一日の締めだよねぇ……」
「……葉月姉、言い方がおっさんだよ」
憂がくすっと笑う。
「いいのいいの」
葉月は肩を揺らす。
「年季入ってる証拠だから」
「もう……」
憂は湯船の縁に顎を乗せて、ぽつり。
「でもさ、こうやってお風呂入ると……心の洗濯、って感じするよね」
「お、いいこと言うじゃん」
「でしょ?」
湯気の向こうで、二人の表情が柔らかく溶ける。
――それは、今日のことじゃない。
憂の記憶の中にある、少し前の夜。
「……ねえ、葉月姉」
「ん?」
天井を見上げたままの葉月に、憂は少しだけ間を置いてから言った。
「……ありがとう」
「ん? なに急に」
「いっぱい、してくれたから」
葉月が首だけ動かして、憂を見る。
「おいしいご飯、いつも作ってくれたでしょ。学校のこととか友達のこととか……
わたしが一人にならないように、いろいろ気にしてくれてたのも」
憂は、湯船の縁を見つめたまま続ける。
「ちゃんと……全部、覚えてるよ」
葉月は一瞬、言葉を失って。
それから、ふっと笑った。
「……なにそれ。改まって言われると、ちょっと照れるじゃん」
「本当だもん」
憂は少しだけ身体をずらす。
「ねえ、お姉ちゃんの背中、洗ってあげよっか」
一瞬。
葉月の反応が、来ない。
「……え? いいの?」
その声は、やけに素直だった。
「……あれ?」
憂は、きょとんとした顔になる。
「いつもならさ、ぐへへとか言って変態お姉ちゃんになるところじゃない?」
「ちょっと!!」
葉月が思わず湯気をはねさせる。
「人を何だと思ってるの!」
「だって事実だもん」
二人で小さく笑う。
でも、憂は気づいていた。
葉月の声が、少しだけ軽くないことに。
「……ねえ、葉月姉」
「んー?」
「なにか悩んでたらさ、わたしでよければ相談のるよ?」
湯気の向こうで、葉月が黙った。
少しの沈黙。
お湯の音だけが、静かに続く。
「……さ」
葉月が、ぽつり。
「おせっかいってさ、たまに人を傷つけちゃうこともあるんだよね」
憂は、はっとする。
「良かれと思ってやったことが、相手にとっては余計だったり……踏み込みすぎだったりするんだよね」
葉月の声は、弱音だった。
憂は、すぐに首を振る。
「そんなことないよ」
「え?」
「少なくとも、葉月姉がやってきたことは間違ってなかった」
憂は、少し息を整えてから続けた。
「千秋の件も……本気で怒ってくれたでしょ」
葉月の目が、わずかに揺れる。
「あれ、正直……すごく嬉しかったんだ」
「憂ちゃん……」
「迷惑かかることも、これからあると思う」
憂は、湯気の向こうでまっすぐ葉月を見る。
「いつもありがとうお姉ちゃん。これからも、妹の御陵憂をお願いします」
一瞬、時間が止まったように感じられた。
葉月は目を見開き、それからゆっくりと笑った。
「……ほんと、大きくなったね、憂ちゃん」
「葉月姉もだよ」
二人は、そっと肩を寄せる。
湯船の中で、体温が静かに伝わった。
「……ずるいなあ」
葉月が小さく言う。
「そういうこと、さらっと言うの」
「本音だもん」
葉月は一度、目を閉じてから、深く息を吐いた。
「……ありがと。ちょっと……いや、だいぶ元気出た」
「よかった」
すると葉月が、にやっとする。
「じゃあさ……せっかくだし、体のすみずみまで洗ってもらおっかな~?」
葉月が勢いよく仁王立ち。湯気の向こうで、背筋をピンと伸ばして堂々たる姿。
「ぎゃあああ!! だ、だいじなところ隠してえええ!」
慌てた憂は、とっさに手で前を覆いながら叫ぶ。
「ぐへへ……ういちゃんの体で洗ってくれないかな」
「な、なにそれ~~!! 急にいつもの変態お姉ちゃんに戻らないでよ!」
「回復した証拠でーす」
「もー!」
湯気と笑い声に包まれ、二人の声が重なる。
――憂は心の中で思う。
あの夜、確かに葉月はまた一歩、前を向いたのだ、と。
それは、おせっかいでも正解でもなく、
ただ、姉妹が少し大人になった証の時間だった。
ちゃぷん、とやわらかな水音が響く。
大きな湯船に、憂と葉月が並んで肩まで浸かっていた。
「……っはぁ~……」
葉月が、わざとらしく長い息を吐く。
「生き返るわぁ……やっぱ風呂は一日の締めだよねぇ……」
「……葉月姉、言い方がおっさんだよ」
憂がくすっと笑う。
「いいのいいの」
葉月は肩を揺らす。
「年季入ってる証拠だから」
「もう……」
憂は湯船の縁に顎を乗せて、ぽつり。
「でもさ、こうやってお風呂入ると……心の洗濯、って感じするよね」
「お、いいこと言うじゃん」
「でしょ?」
湯気の向こうで、二人の表情が柔らかく溶ける。
――それは、今日のことじゃない。
憂の記憶の中にある、少し前の夜。
「……ねえ、葉月姉」
「ん?」
天井を見上げたままの葉月に、憂は少しだけ間を置いてから言った。
「……ありがとう」
「ん? なに急に」
「いっぱい、してくれたから」
葉月が首だけ動かして、憂を見る。
「おいしいご飯、いつも作ってくれたでしょ。学校のこととか友達のこととか……
わたしが一人にならないように、いろいろ気にしてくれてたのも」
憂は、湯船の縁を見つめたまま続ける。
「ちゃんと……全部、覚えてるよ」
葉月は一瞬、言葉を失って。
それから、ふっと笑った。
「……なにそれ。改まって言われると、ちょっと照れるじゃん」
「本当だもん」
憂は少しだけ身体をずらす。
「ねえ、お姉ちゃんの背中、洗ってあげよっか」
一瞬。
葉月の反応が、来ない。
「……え? いいの?」
その声は、やけに素直だった。
「……あれ?」
憂は、きょとんとした顔になる。
「いつもならさ、ぐへへとか言って変態お姉ちゃんになるところじゃない?」
「ちょっと!!」
葉月が思わず湯気をはねさせる。
「人を何だと思ってるの!」
「だって事実だもん」
二人で小さく笑う。
でも、憂は気づいていた。
葉月の声が、少しだけ軽くないことに。
「……ねえ、葉月姉」
「んー?」
「なにか悩んでたらさ、わたしでよければ相談のるよ?」
湯気の向こうで、葉月が黙った。
少しの沈黙。
お湯の音だけが、静かに続く。
「……さ」
葉月が、ぽつり。
「おせっかいってさ、たまに人を傷つけちゃうこともあるんだよね」
憂は、はっとする。
「良かれと思ってやったことが、相手にとっては余計だったり……踏み込みすぎだったりするんだよね」
葉月の声は、弱音だった。
憂は、すぐに首を振る。
「そんなことないよ」
「え?」
「少なくとも、葉月姉がやってきたことは間違ってなかった」
憂は、少し息を整えてから続けた。
「千秋の件も……本気で怒ってくれたでしょ」
葉月の目が、わずかに揺れる。
「あれ、正直……すごく嬉しかったんだ」
「憂ちゃん……」
「迷惑かかることも、これからあると思う」
憂は、湯気の向こうでまっすぐ葉月を見る。
「いつもありがとうお姉ちゃん。これからも、妹の御陵憂をお願いします」
一瞬、時間が止まったように感じられた。
葉月は目を見開き、それからゆっくりと笑った。
「……ほんと、大きくなったね、憂ちゃん」
「葉月姉もだよ」
二人は、そっと肩を寄せる。
湯船の中で、体温が静かに伝わった。
「……ずるいなあ」
葉月が小さく言う。
「そういうこと、さらっと言うの」
「本音だもん」
葉月は一度、目を閉じてから、深く息を吐いた。
「……ありがと。ちょっと……いや、だいぶ元気出た」
「よかった」
すると葉月が、にやっとする。
「じゃあさ……せっかくだし、体のすみずみまで洗ってもらおっかな~?」
葉月が勢いよく仁王立ち。湯気の向こうで、背筋をピンと伸ばして堂々たる姿。
「ぎゃあああ!! だ、だいじなところ隠してえええ!」
慌てた憂は、とっさに手で前を覆いながら叫ぶ。
「ぐへへ……ういちゃんの体で洗ってくれないかな」
「な、なにそれ~~!! 急にいつもの変態お姉ちゃんに戻らないでよ!」
「回復した証拠でーす」
「もー!」
湯気と笑い声に包まれ、二人の声が重なる。
――憂は心の中で思う。
あの夜、確かに葉月はまた一歩、前を向いたのだ、と。
それは、おせっかいでも正解でもなく、
ただ、姉妹が少し大人になった証の時間だった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる