沈黙のういザード 

豚さん

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13話 賞味期限は10分

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車内で、結衣がぱちんと指を鳴らした。

「はい、次は僕の番ね」

 助手席から身を乗り出し、にやりと振り返る。

「運転手さん。十三駅までお願いしまーす」

「十三……?」

 憂がきょとんと目を瞬かせる。

「憂君の東野高校の最寄り駅でしょ」

「え、はい……!」

「でしょ。せっかくなんだから、自分の街のおいしいを知ってもらわないと」

 そのやり取りを聞き、小鈴が静かに口を挟む。

「……つまり、結衣さんのおすすめ、ということですのね」

「そういうこと」

 結衣は胸を張る。

「しかもね。葉月君に聞いて、憂君がまだ食べたことないお店をちゃんと調べてきたんだ」

「まあ……」

 小鈴の眉が、ほんのわずかに動いた。

 車は阪急十三駅近くで停まり、三人は外へ出る。
 駅前の賑わいを少し外れ、路地を曲がって徒歩四分ほど。

「あ、あれだよ」

 結衣が指差した先に、こぢんまりとした店が見えた。

「マラサダドーナツ専門店だよ」

「……マラサダ?」

 憂が首を傾げる。

「ハワイで有名なやつ。穴の空いてない、揚げパンみたいなドーナツ」

 扉が開くたび、甘い香りがふわりと流れ出す。

「特徴はね」

 結衣は楽しそうに続けた。

「ふわふわ、もちもち。しかも賞味期限は10分って言われてる」

「10分……?」

「一番おいしいのが、今ってこと」

 にっと笑う。

「だから――今、食べる」

 出来たてを受け取り、三人は店先でさっそく一口。

「……!」

 憂の目が、ぱっと輝いた。

「おいしっ……!すごく……軽いです……!」

「でしょ?」

 結衣は満足そうに頷く。

 憂は両手で大事そうに持ち、もう一口。
 その無防備な仕草を見て、結衣がふと目を細めた。

「ね、ちょっとちょうだい」

「え……?あ、はい……」

 少し迷ってから、憂は自分がかじったそのままのドーナツを差し出す。

「あーん……」

「ありがと」

 結衣は、ためらいなく同じ場所に口を重ねた。

 ぱく。

「……ん。やっぱ出来たては反則だね」

 その瞬間。

 小鈴の視線が、ぴたりと止まる。

 憂の手。
 結衣の口元。
 ほんの一瞬、距離が重なったその所作。

(……間接、ですわね)

 表情は崩さない。
 けれど胸の奥に、ちくりと小さな疼きが走る。

 小鈴は自分のドーナツを、上品に一口。

「……おいしいですわ」

 確かに、味は素晴らしい。
 けれど――

 憂が、少し照れながら結衣を見る横顔。
 結衣が、楽しそうに笑うその表情。

(……羨ましい、ですわ)

 無意識に、ドーナツを持つ指先に力が入る。

 結衣はその視線に気づき、わざとらしく肩をすくめた。

「いやあ……憂君の食べかけが、一番おいしい気がするんだけど」

「えっ……そ、そんな……」

 憂は顔を赤くして、慌てて首を振る。

 小鈴は静かに息を整え、いつもの貴婦人の微笑みを取り戻した。

「……結衣さん」

「ん?」

「公共の場で、そのような真似は――少々、はしたのうございますわね」

 声は落ち着いている。
 だが、悔しさは隠しきれていない。

「ですが」

 小鈴は、もう一口。

「……お味が良いことだけは、認めますわ。悔しいですけれど」

「よっしゃ」

 結衣は小さくガッツポーズ。

 小鈴は、改めて憂を見る。
 その視線は柔らかく、しかし確かだった。

「次は……わたくしが、憂さんにおすすめいたしますわ」

 憂は少し驚いたように目を瞬かせ、それから、ふっと笑った。

「……はい」

 十三の街角で。
 ふわふわで、もちもちで、少しだけ甘酸っぱい時間が、ゆっくりと溶けていった。
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