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14話 線路沿いの鬼気
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桃谷駅から歩いて二分。 線路沿いの雑居ビルの一角に、レンタルダンススタジオはあった。
夕方の風に、鉄の匂いと油の残り香が混じる。 階段の踊り場に近づくにつれて、ドン、ドン、と低い衝撃音が床越しに伝わってきた。 音楽、足音、張り詰めた空気――。
憂は思わず足を緩める。
(……思ってたより、ずっと本気だ)
その少し後ろで、結衣が小さく息を吐いた。
「……ここ、覚えてる。文化祭前、毎日ここだった」
声は抑えているのに、どこか疲れが滲む。
「理恵姐の振り、細かすぎるんだよね。角度一度違うだけで止められてさ」
結衣は階段の手すりに軽く指をかけ、肩をすくめる。
「『揃ってないのは努力不足』って。……あの時は、正直きつかったな」
愚痴というより、思い出話に近い。 それでも、言葉の端に残るのは、当時の張りつめた感情だった。
小鈴は何も言わず、ただ一段先を歩く。
憂は結衣の横顔をちらりと見てから、再び前を向いた。
扉の前まで来ると、音はさらに明確になる。
「……ここですわ」
小鈴が足を止めた。
中から聞こえてくる声は、想像していたよりもずっと――強い。
「違う! そこ、遅い!」
扉がわずかに開いていて、中の様子が覗けた。
スタジオの中央。 理恵が立っている。
Tシャツは汗で色が変わり、髪はまとめきれずに首元に張りついている。
タオルを肩にかけ、腕を組み、睨むように生徒たちを見据えていた。
「その動きで、誰の心を動かすつもり?」
声は低く、容赦がない。
「頑張ってます、じゃ舞台は評価しないの。出すか、出さないか。中途半端が一番、迷惑」
数人の生徒が俯く。
一人は堪えきれず、床に涙を落とした。
憂は、思わず息を止める。
(……怖い、というより……圧がすごい)
小鈴が、ほとんど唇だけを動かして囁いた。
「理恵姐さんは……とても情熱的な方ですの」
視線は、スタジオの中央から離れない。
「ダンスも、歌も、表現も……一切、妥協なさいません」
理恵は生徒の一人を指さす。
「泣くのは後。今は立って、もう一回」
震える足で、その生徒が立ち上がる。
「自分の信じた道を、最後までやり切れる人しか――この世界には残れない」
小鈴は、静かに言葉を継いだ。
「ご自身も、そうして生きてこられた方。その分……人にも厳しくなってしまうのです」
音楽が止まる。
「……はあ」
理恵は大きく息を吐き、額の汗を乱暴に拭った。
「全員。今日はここまで」
生徒たちが、ほっとしたように頭を下げる。
泣いていた子は、まだ目を赤くしたままだ。
「勘違いしないで」
理恵の声が、少しだけ落ち着く。
「厳しいこと言ったのは、できるって思ってるから」
沈黙が落ちる。
「できない子に、私は時間使わない」
生徒たちは深く頭を下げ、スタジオを出ていった。
扉が閉まる。
その瞬間。
「……あー、くっそ暑ちぃ!」
理恵がタオルを振り回し、床に座り込む。
「水、水……!」
さっきまでの鬼気迫る空気は、嘘のように消えていた。
憂は、声をかけるタイミングを失ったまま立ち尽くす。
小鈴は、そんな憂を見て、わずかに微笑んだ。
「他の方にはない発想を生み出す……天才的な力をお持ちですわ」
理恵はペットボトルの水を一気に飲み干す。
小鈴の声が、ほんの少し低くなる。
「やり方が強引で……心が傷ついてしまった方も、確かにいらっしゃいます」
理恵は肩で息をしながら、ぶっきらぼうに返す。
「傷つくのが嫌なら、最初から来ないでほしい」
そして、ふっと視線を上げる。
初めて、憂と目が合った。
「……なに。そんな顔して」
口調は荒いまま。
けれど―― その目は、先ほど生徒たちに向けていたものとは、わずかに違っていた。
次の瞬間、理恵がどんな言葉を投げるのか。
憂は、無意識に息を呑んだ。
夕方の風に、鉄の匂いと油の残り香が混じる。 階段の踊り場に近づくにつれて、ドン、ドン、と低い衝撃音が床越しに伝わってきた。 音楽、足音、張り詰めた空気――。
憂は思わず足を緩める。
(……思ってたより、ずっと本気だ)
その少し後ろで、結衣が小さく息を吐いた。
「……ここ、覚えてる。文化祭前、毎日ここだった」
声は抑えているのに、どこか疲れが滲む。
「理恵姐の振り、細かすぎるんだよね。角度一度違うだけで止められてさ」
結衣は階段の手すりに軽く指をかけ、肩をすくめる。
「『揃ってないのは努力不足』って。……あの時は、正直きつかったな」
愚痴というより、思い出話に近い。 それでも、言葉の端に残るのは、当時の張りつめた感情だった。
小鈴は何も言わず、ただ一段先を歩く。
憂は結衣の横顔をちらりと見てから、再び前を向いた。
扉の前まで来ると、音はさらに明確になる。
「……ここですわ」
小鈴が足を止めた。
中から聞こえてくる声は、想像していたよりもずっと――強い。
「違う! そこ、遅い!」
扉がわずかに開いていて、中の様子が覗けた。
スタジオの中央。 理恵が立っている。
Tシャツは汗で色が変わり、髪はまとめきれずに首元に張りついている。
タオルを肩にかけ、腕を組み、睨むように生徒たちを見据えていた。
「その動きで、誰の心を動かすつもり?」
声は低く、容赦がない。
「頑張ってます、じゃ舞台は評価しないの。出すか、出さないか。中途半端が一番、迷惑」
数人の生徒が俯く。
一人は堪えきれず、床に涙を落とした。
憂は、思わず息を止める。
(……怖い、というより……圧がすごい)
小鈴が、ほとんど唇だけを動かして囁いた。
「理恵姐さんは……とても情熱的な方ですの」
視線は、スタジオの中央から離れない。
「ダンスも、歌も、表現も……一切、妥協なさいません」
理恵は生徒の一人を指さす。
「泣くのは後。今は立って、もう一回」
震える足で、その生徒が立ち上がる。
「自分の信じた道を、最後までやり切れる人しか――この世界には残れない」
小鈴は、静かに言葉を継いだ。
「ご自身も、そうして生きてこられた方。その分……人にも厳しくなってしまうのです」
音楽が止まる。
「……はあ」
理恵は大きく息を吐き、額の汗を乱暴に拭った。
「全員。今日はここまで」
生徒たちが、ほっとしたように頭を下げる。
泣いていた子は、まだ目を赤くしたままだ。
「勘違いしないで」
理恵の声が、少しだけ落ち着く。
「厳しいこと言ったのは、できるって思ってるから」
沈黙が落ちる。
「できない子に、私は時間使わない」
生徒たちは深く頭を下げ、スタジオを出ていった。
扉が閉まる。
その瞬間。
「……あー、くっそ暑ちぃ!」
理恵がタオルを振り回し、床に座り込む。
「水、水……!」
さっきまでの鬼気迫る空気は、嘘のように消えていた。
憂は、声をかけるタイミングを失ったまま立ち尽くす。
小鈴は、そんな憂を見て、わずかに微笑んだ。
「他の方にはない発想を生み出す……天才的な力をお持ちですわ」
理恵はペットボトルの水を一気に飲み干す。
小鈴の声が、ほんの少し低くなる。
「やり方が強引で……心が傷ついてしまった方も、確かにいらっしゃいます」
理恵は肩で息をしながら、ぶっきらぼうに返す。
「傷つくのが嫌なら、最初から来ないでほしい」
そして、ふっと視線を上げる。
初めて、憂と目が合った。
「……なに。そんな顔して」
口調は荒いまま。
けれど―― その目は、先ほど生徒たちに向けていたものとは、わずかに違っていた。
次の瞬間、理恵がどんな言葉を投げるのか。
憂は、無意識に息を呑んだ。
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