沈黙のういザード 

豚さん

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23話 魔法の正体

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スタジオの外。
朝の空気を切り裂くように、憂はひとりで走っていた。

まだ日が完全に昇りきらない時間。
冷たい空気が肺に流れ込み、吐く息が白く揺れる。

昨日までなら――「今日はもう無理です……」と弱音を吐いていた距離。

それなのに今日は、誰に言われるでもなく、自分から足を前に出していた。

「……っ、はぁ……はぁ……」

苦しい。
脚は重く、息も荒い。

それでも、止まらない。

立ち止まる理由が、今の憂には見つからなかった。

スタジオの入口。
その様子を、腕を組んで眺めている人物がいた。

「……ふーん」

理恵だった。

口角を上げ、どこか楽しそうに目を細める。

「自分から走りに行くなんて。元気があって、いいんじゃない」

戻ってきた憂は、汗だくのまま、息を切らしながら深く頭を下げた。

「……す、すみません……勝手に……」

「いいよ」

理恵はあっさりと言う。

「やらされて動くより、自分で選んで動く方が、伸びるから」

そして、にやり。

「いい傾向」

その背後で、準備をしていた結衣と小鈴が顔を見合わせ、ひそひそと声を落とす。

「……絶対、昨日なんかあったよね」
「ええ。確実に、何かありましたわ」

その会話が耳に入った瞬間――
憂の顔が、はっきりと赤くなった。

頬が熱を帯び、耳の先まで一気に染まっていく。

視線は定まらず、床と壁の間を行き来する。

唇はきゅっと結ばれ、何か言おうとして――結局、何も言えない。

昨夜のことを、その詳細を、この場で一番よく知っているのは、間違いなく憂自身だった。

理恵がどんな距離感で、どんな調子で、どんな言葉を投げてきたのか。

それを思い出すだけで、胸の奥がそわそわして、顔がさらに赤くなる。

ただ黙って、小さく肩をすくめるしかなかった。

思春期の少女が、大人の話題を真正面から浴びたときの、どうしようもない純情さ。

その様子を見て、小鈴がそっと首を傾げる。

「失礼ですが――憂さんに、いったいどのような魔法をお使いになったのかしら?」

理恵は一瞬きょとんとし、次の瞬間、嬉しそうに笑った。

「魔法?ああ、あれね」

指を一本立てる。

「人生相談と、ポジティブ思考を身につけさせるための大人のアドバイス」

「……それだけ?」

結衣が疑いの目を向ける。

「あーーーーー! まさか……手、出したんじゃ……!?」

「してないしてない」

理恵は即座に否定した。

「ただのスキンシップ。からかいと雑談の範囲」

「……雑談?」

「……どんな内容ですの?」

理恵は肩をすくめる。

「結衣のお尻は安定感があるとか。小鈴のうなじは綺麗だとか」

「ちょっと!?」
「な、なにを仰いますの!?」

結衣と小鈴は同時に声を上げ、反射的に自分の体を両手で隠す。

「見ないで!!」
「不躾ですわ!!」

憂はその横で、ますます顔を赤くしたまま、完全に黙り込んでいた。

否定も、説明もできない。ただ視線を逸らし、小さく呼吸を整えるだけ。

理恵はその様子を一瞬だけ横目で見て、満足そうに頷く。

「ほら。気持ちが前向いてる証拠」

そして手を叩く。

「さ。走ってきた分、次は声出すわよ」

憂は一拍置いて、はっきりと頷いた。

「……はい!」

スタジオに、再び音楽が流れ始める。

昨日よりも、今日の方が、憂はほんの少しだけ前に立っていた。

――理恵の鬼畜な指導は、今日も、しっかり続いていく。
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