沈黙のういザード 

豚さん

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5話 焚き火の向こうから来た子

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 焚き火が、ぱち、と小さく弾けた。

 カレーを食べ終え、食器を片づけ始めた、そのときだった。

「……あの」

 焚き火の向こう側から、ひそやかな声がする。

 二人同時に顔を上げた。

 そこに立っていたのは――
 見知らぬ女の子。

 年は、小学生の低学年ほど。
 背は小さく、姿勢がよく、利発そうな瞳をしている。

 落ち着いた色合いの服装は、どこか昔の絵本から抜け出してきたようで、
 不思議と森に溶け込んでいた。

 顔立ちは整っていて、静かな品のある、美しい子だった。

 女の子は一瞬、葉月を見る。
 けれどすぐに、吸い寄せられるように秋香のほうへ近づいた。

「……おねえさん」

 その呼び方も、どこか距離が近い。

「どうしたの?」

 秋香が優しく問いかけると、女の子は少し安心したように、その袖を、きゅっとつまんだ。

 まるで、最初から知っている人にする仕草のように。

「あらあら……」

 秋香は微笑み、しゃがんで目線を合わせる。

「迷子かしら?」

「……おなか、すいちゃった」

 女の子は、秋香から目を離さずに言った。

 その様子を見て、葉月は一瞬だけ、眉をひそめる。

「……ふーん」

 小さく、聞こえるか聞こえないかくらいの声。

「……なんか、秋香になついてない?」

 秋香はくすっと笑う。

「そうかしら?」

「そうだよ。完全に秋香ちゃん狙いじゃん」

 葉月は腕を組み、少しだけ口を尖らせる。

「……ま、いいけど。あたしには、憂ちゃんがいるから」

 言い切りつつも、視線はちらりと秋香に向いている。

 秋香はそれに気づき、やわらかく微笑んだ。

「ふふ。葉月さんは、すねていらっしゃるの?」

「べ、別に?」

 そのやりとりを、女の子はじっと見つめていた。

「……たべても、いいですか」

 女の子が、今度は少しだけ秋香に身を寄せて尋ねる。

「もちろんですわ」

 秋香は頷き、葉月を見る。

「……いいよ」

 葉月は小さくため息をつき、それでもすぐに笑った。

「お姉ちゃん特製だからね」

 ◆

 女の子は、行儀よく座り、小さな手でスプーンを持った。

 最初の一口を口に運ぶと、その目が、すっと見開かれる。

「……おいしい」

 ぽつりとした一言。

 そして次の瞬間、女の子は、自然と秋香のほうを見た。

「……あったかい」

「よかったですわ」

 秋香は、その頭をそっと撫でる。

 女の子は嫌がる様子もなく、むしろ少しだけ、身を寄せた。

 葉月はそれを見て、口をへの字にする。

「……完全に懐いてる」

「葉月さんも、撫でてみます?」

「いい。あたしは遠慮しとく」

 そう言いながらも、視線は離れない。

 女の子は、何も疑わず、何も聞かず、ただカレーを食べ続ける。

「……ごちそうさまでした」

 食べ終えると、きちんと姿勢を正し、二人を見上げた。

「とても、おいしかったです」

「それはよかった」

 葉月が言うと、女の子は少しだけ微笑んだ。

 けれど、その視線は、最後まで秋香に向いていた。

「……もう、行かなくちゃ」

「ご家族のところかしら?」

 秋香が尋ねる。

「はい」

 女の子は頷く。

「おかあさんが、いますから」

 そう言って、森の奥を指さした。

 そして一歩、下がる。

 秋香の袖をつまんでいた手が、静かに離れる。

「……ばいばい」

 葉月が、少しだけ大きめに手を振る。

「……お元気で」

 秋香も、穏やかに手を振った。

 女の子は一度だけ振り返り、秋香に向かって、にこりと微笑む。

 次の瞬間――
 森の影に溶けるように、姿が消えた。

 ◆

「……ねえ」

 葉月が、小さく呟く。

「ちょっとだけ……悔しいんだけど」

「何がですの?」

「秋香ちゃんに、あんなになつくの」

 秋香はくすっと笑い、葉月のほうを見る。

「大丈夫ですわ」

 そう言って、そっと距離を詰める。

「わたくしが一緒にいるのは、葉月さんですもの」

 葉月は一瞬黙り、それから、照れたように視線を逸らした。

「……それなら、いい」

 焚き火が、また小さく音を立てた。

 まるで、誰かが満足そうに、見守っているかのように。
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