沈黙のういザード 

豚さん

文字の大きさ
196 / 255

9話 現地調達

しおりを挟む
朝の森は、夜とはまったく違う顔をしていた。
霧がゆっくりとほどけ、木漏れ日が水面に細い光の筋を描く。

「……よし」
葉月は川辺の石に腰を下ろし、深呼吸をしてから竿を構えた。
冷たい流れが足元を撫で、静かな水音だけが響く。

ルアーを軽くキャストし、流れに任せてゆっくり巻き取る。
一度、二度、三度……。

(……まだかな)

数投目で、ようやく。
きゅん、と竿先が小さくしなった。

「……来た!」

葉月はすぐに集中し、流れに逆らわないよう慎重に糸を巻きながら引き上げる。
水面が弾け、銀色に赤い斑点が輝く体が朝日に跳ねた。

「イワナ、釣れた~♪」

澄んだ川に生きる魚。
身が締まり、塩だけで十分なごちそうになる。
葉月はそっと網で掬い上げ、生き生きとしたイワナを眺めて小さく笑った。

「今日の朝ごはん、決まったね」

霧が少しずつ晴れ、木々の間から柔らかな光が差し込んでくる。
葉月は竿を置いて、深く息を吸った。
冷たい空気と川の匂いと、釣れたばかりの魚の感触。
すべてが、朝の森の一部のように感じられた。

(……いい朝だ)

彼女は満足げに頷き、次のキャストの準備を始めた。

 ◆

 一方その頃。

「葉月さん」

 森の奥から、秋香が戻ってきた。

 その手には、きれいに処理された食材。

「……え?」

「蛇と、蛙ですわ」

「……ほんとうに取ってきたんだ」

 葉月は苦笑する。

 秋香は、少しだけ照れたように言った。

「……はじめて連れていかれたときは、正直、大変でしたわ」

 それを聞いて、葉月は思い出したように小さく笑う。

「でしょうね。石田さん、容赦なかったって聞いてるもの」

「ええ。気づいたら山の中で、生き延びなさいですもの」

 冗談めかした口調の奥に、経験に裏打ちされた芯の強さが、静かににじんでいた。

 ◆

「じゃあ、調理は私に任せて」

 葉月は手を洗い、包丁を取り出す。

 まずはイワナ。

 内臓を丁寧に抜き、流水で洗う。

「今日はシンプルに、塩焼き」

 身に軽く塩を振り、串に打つ。

 火の上で、じわじわと焼かれる音。

 皮がぱち、と弾け、香ばしい匂いが立ちのぼる。

「……これは、反則ですわ」

 秋香が思わず言う。

「朝から、なんて食欲をそそる香りですこと……」

「でしょ?」

 葉月は笑い、次の準備に移る。

「じゃあ、カエルいくよ」

 食用のウシガエル。

「フランスでは、とても大事な食材なんだ」

「シェフから教わりましたの?」

「うん」

 葉月はうなずき、手際よく説明する。

「皮がすごく丈夫で、ここに汚れやぬめりが残りやすいの。だから、まずはしっかり落とす」

 流水で表面を丁寧に洗い、関節のあたりに包丁を入れる。

 関節のあたりに包丁を入れ、足の付け根から皮をつまんで引くと、するりと剥がれていった。

「内臓には触れないようにして、血や余分な脂は、ここで全部流す」

 何度か水を替え、身が白く締まるまで、念入りにすすぐ。

「……きれいですわ」

 秋香の感嘆に、葉月は小さくうなずいた。

「下処理が一番大事だからね。ここをちゃんとやれば、臭みも残らないし、安心して食べられる」

 身に塩と胡椒を振り、小麦粉を軽くまぶす。

 刻んだパセリは、事前に用意していたもの。

 フライパンに、油を少し多めに入れ、カエルをそっと置く。

 じゅっ、という音。

「焼き色がついたら、一度取り出して……」

 次にバター。

 溶けたところへ、刻みパセリを加える。

 香りが、一気に広がる。

「仕上げに、このソースをかけて……」

 完成。

 蛇は、串に刺して丸焼きにする。

 余計な味付けはしない。

 火で締まり、表面が香ばしく焼けていく。

「中骨は固いけど、慣れれば気にならないでしょ?」

 秋香は以前の体験を思い出し、頷きながら口元をほころばせた。

 ◆

 並んだ料理。

 イワナの塩焼き。
 カエルのバターソテー。
 蛇の丸焼き。

「……いただきます」

 まずは、カエル。

 秋香が、少し緊張しながら口に運ぶ。

「……!」

 目を見開く。

「……とても……おいしいですわ」

「でしょ?」

「ジューシーで、柔らかくて……」

 噛むたびに、肉汁が広がる。

「弾力がありますのに、固くない」

「鶏肉より、ゼラチン質が多いんだ」

「……くさみも、まったくありません」

 次は蛇。

「……これは……」

 秋香は、少し考えてから言う。

「味の濃い鶏肉を、きゅっと焼き締めたような……」

「中骨、ちょっと固いでしょ」

「ええ。でも……それも含めて、野生ですわね」

 イワナは、言うまでもなかった。

 塩だけで、川の恵みをそのまま味わう。

「……葉月さん」

「なに?」

「サバイバルでも、こんなに美味しくできるのですね」

「生きるって、そういうことだから」

 葉月は、少しだけ誇らしげに笑った。

 森の朝は、静かで、力強い。

 二人は、火を囲みながら、生きる味を確かめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...