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9話 現地調達
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朝の森は、夜とはまったく違う顔をしていた。
霧がゆっくりとほどけ、木漏れ日が水面に細い光の筋を描く。
「……よし」
葉月は川辺の石に腰を下ろし、深呼吸をしてから竿を構えた。
冷たい流れが足元を撫で、静かな水音だけが響く。
ルアーを軽くキャストし、流れに任せてゆっくり巻き取る。
一度、二度、三度……。
(……まだかな)
数投目で、ようやく。
きゅん、と竿先が小さくしなった。
「……来た!」
葉月はすぐに集中し、流れに逆らわないよう慎重に糸を巻きながら引き上げる。
水面が弾け、銀色に赤い斑点が輝く体が朝日に跳ねた。
「イワナ、釣れた~♪」
澄んだ川に生きる魚。
身が締まり、塩だけで十分なごちそうになる。
葉月はそっと網で掬い上げ、生き生きとしたイワナを眺めて小さく笑った。
「今日の朝ごはん、決まったね」
霧が少しずつ晴れ、木々の間から柔らかな光が差し込んでくる。
葉月は竿を置いて、深く息を吸った。
冷たい空気と川の匂いと、釣れたばかりの魚の感触。
すべてが、朝の森の一部のように感じられた。
(……いい朝だ)
彼女は満足げに頷き、次のキャストの準備を始めた。
◆
一方その頃。
「葉月さん」
森の奥から、秋香が戻ってきた。
その手には、きれいに処理された食材。
「……え?」
「蛇と、蛙ですわ」
「……ほんとうに取ってきたんだ」
葉月は苦笑する。
秋香は、少しだけ照れたように言った。
「……はじめて連れていかれたときは、正直、大変でしたわ」
それを聞いて、葉月は思い出したように小さく笑う。
「でしょうね。石田さん、容赦なかったって聞いてるもの」
「ええ。気づいたら山の中で、生き延びなさいですもの」
冗談めかした口調の奥に、経験に裏打ちされた芯の強さが、静かににじんでいた。
◆
「じゃあ、調理は私に任せて」
葉月は手を洗い、包丁を取り出す。
まずはイワナ。
内臓を丁寧に抜き、流水で洗う。
「今日はシンプルに、塩焼き」
身に軽く塩を振り、串に打つ。
火の上で、じわじわと焼かれる音。
皮がぱち、と弾け、香ばしい匂いが立ちのぼる。
「……これは、反則ですわ」
秋香が思わず言う。
「朝から、なんて食欲をそそる香りですこと……」
「でしょ?」
葉月は笑い、次の準備に移る。
「じゃあ、カエルいくよ」
食用のウシガエル。
「フランスでは、とても大事な食材なんだ」
「シェフから教わりましたの?」
「うん」
葉月はうなずき、手際よく説明する。
「皮がすごく丈夫で、ここに汚れやぬめりが残りやすいの。だから、まずはしっかり落とす」
流水で表面を丁寧に洗い、関節のあたりに包丁を入れる。
関節のあたりに包丁を入れ、足の付け根から皮をつまんで引くと、するりと剥がれていった。
「内臓には触れないようにして、血や余分な脂は、ここで全部流す」
何度か水を替え、身が白く締まるまで、念入りにすすぐ。
「……きれいですわ」
秋香の感嘆に、葉月は小さくうなずいた。
「下処理が一番大事だからね。ここをちゃんとやれば、臭みも残らないし、安心して食べられる」
身に塩と胡椒を振り、小麦粉を軽くまぶす。
刻んだパセリは、事前に用意していたもの。
フライパンに、油を少し多めに入れ、カエルをそっと置く。
じゅっ、という音。
「焼き色がついたら、一度取り出して……」
次にバター。
溶けたところへ、刻みパセリを加える。
香りが、一気に広がる。
「仕上げに、このソースをかけて……」
完成。
蛇は、串に刺して丸焼きにする。
余計な味付けはしない。
火で締まり、表面が香ばしく焼けていく。
「中骨は固いけど、慣れれば気にならないでしょ?」
秋香は以前の体験を思い出し、頷きながら口元をほころばせた。
◆
並んだ料理。
イワナの塩焼き。
カエルのバターソテー。
蛇の丸焼き。
「……いただきます」
まずは、カエル。
秋香が、少し緊張しながら口に運ぶ。
「……!」
目を見開く。
「……とても……おいしいですわ」
「でしょ?」
「ジューシーで、柔らかくて……」
噛むたびに、肉汁が広がる。
「弾力がありますのに、固くない」
「鶏肉より、ゼラチン質が多いんだ」
「……くさみも、まったくありません」
次は蛇。
「……これは……」
秋香は、少し考えてから言う。
「味の濃い鶏肉を、きゅっと焼き締めたような……」
「中骨、ちょっと固いでしょ」
「ええ。でも……それも含めて、野生ですわね」
イワナは、言うまでもなかった。
塩だけで、川の恵みをそのまま味わう。
「……葉月さん」
「なに?」
「サバイバルでも、こんなに美味しくできるのですね」
「生きるって、そういうことだから」
葉月は、少しだけ誇らしげに笑った。
森の朝は、静かで、力強い。
二人は、火を囲みながら、生きる味を確かめていた。
霧がゆっくりとほどけ、木漏れ日が水面に細い光の筋を描く。
「……よし」
葉月は川辺の石に腰を下ろし、深呼吸をしてから竿を構えた。
冷たい流れが足元を撫で、静かな水音だけが響く。
ルアーを軽くキャストし、流れに任せてゆっくり巻き取る。
一度、二度、三度……。
(……まだかな)
数投目で、ようやく。
きゅん、と竿先が小さくしなった。
「……来た!」
葉月はすぐに集中し、流れに逆らわないよう慎重に糸を巻きながら引き上げる。
水面が弾け、銀色に赤い斑点が輝く体が朝日に跳ねた。
「イワナ、釣れた~♪」
澄んだ川に生きる魚。
身が締まり、塩だけで十分なごちそうになる。
葉月はそっと網で掬い上げ、生き生きとしたイワナを眺めて小さく笑った。
「今日の朝ごはん、決まったね」
霧が少しずつ晴れ、木々の間から柔らかな光が差し込んでくる。
葉月は竿を置いて、深く息を吸った。
冷たい空気と川の匂いと、釣れたばかりの魚の感触。
すべてが、朝の森の一部のように感じられた。
(……いい朝だ)
彼女は満足げに頷き、次のキャストの準備を始めた。
◆
一方その頃。
「葉月さん」
森の奥から、秋香が戻ってきた。
その手には、きれいに処理された食材。
「……え?」
「蛇と、蛙ですわ」
「……ほんとうに取ってきたんだ」
葉月は苦笑する。
秋香は、少しだけ照れたように言った。
「……はじめて連れていかれたときは、正直、大変でしたわ」
それを聞いて、葉月は思い出したように小さく笑う。
「でしょうね。石田さん、容赦なかったって聞いてるもの」
「ええ。気づいたら山の中で、生き延びなさいですもの」
冗談めかした口調の奥に、経験に裏打ちされた芯の強さが、静かににじんでいた。
◆
「じゃあ、調理は私に任せて」
葉月は手を洗い、包丁を取り出す。
まずはイワナ。
内臓を丁寧に抜き、流水で洗う。
「今日はシンプルに、塩焼き」
身に軽く塩を振り、串に打つ。
火の上で、じわじわと焼かれる音。
皮がぱち、と弾け、香ばしい匂いが立ちのぼる。
「……これは、反則ですわ」
秋香が思わず言う。
「朝から、なんて食欲をそそる香りですこと……」
「でしょ?」
葉月は笑い、次の準備に移る。
「じゃあ、カエルいくよ」
食用のウシガエル。
「フランスでは、とても大事な食材なんだ」
「シェフから教わりましたの?」
「うん」
葉月はうなずき、手際よく説明する。
「皮がすごく丈夫で、ここに汚れやぬめりが残りやすいの。だから、まずはしっかり落とす」
流水で表面を丁寧に洗い、関節のあたりに包丁を入れる。
関節のあたりに包丁を入れ、足の付け根から皮をつまんで引くと、するりと剥がれていった。
「内臓には触れないようにして、血や余分な脂は、ここで全部流す」
何度か水を替え、身が白く締まるまで、念入りにすすぐ。
「……きれいですわ」
秋香の感嘆に、葉月は小さくうなずいた。
「下処理が一番大事だからね。ここをちゃんとやれば、臭みも残らないし、安心して食べられる」
身に塩と胡椒を振り、小麦粉を軽くまぶす。
刻んだパセリは、事前に用意していたもの。
フライパンに、油を少し多めに入れ、カエルをそっと置く。
じゅっ、という音。
「焼き色がついたら、一度取り出して……」
次にバター。
溶けたところへ、刻みパセリを加える。
香りが、一気に広がる。
「仕上げに、このソースをかけて……」
完成。
蛇は、串に刺して丸焼きにする。
余計な味付けはしない。
火で締まり、表面が香ばしく焼けていく。
「中骨は固いけど、慣れれば気にならないでしょ?」
秋香は以前の体験を思い出し、頷きながら口元をほころばせた。
◆
並んだ料理。
イワナの塩焼き。
カエルのバターソテー。
蛇の丸焼き。
「……いただきます」
まずは、カエル。
秋香が、少し緊張しながら口に運ぶ。
「……!」
目を見開く。
「……とても……おいしいですわ」
「でしょ?」
「ジューシーで、柔らかくて……」
噛むたびに、肉汁が広がる。
「弾力がありますのに、固くない」
「鶏肉より、ゼラチン質が多いんだ」
「……くさみも、まったくありません」
次は蛇。
「……これは……」
秋香は、少し考えてから言う。
「味の濃い鶏肉を、きゅっと焼き締めたような……」
「中骨、ちょっと固いでしょ」
「ええ。でも……それも含めて、野生ですわね」
イワナは、言うまでもなかった。
塩だけで、川の恵みをそのまま味わう。
「……葉月さん」
「なに?」
「サバイバルでも、こんなに美味しくできるのですね」
「生きるって、そういうことだから」
葉月は、少しだけ誇らしげに笑った。
森の朝は、静かで、力強い。
二人は、火を囲みながら、生きる味を確かめていた。
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