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12話 文化の橋渡し
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二次会の誕生日パーティーが終わり、
八月二十八日の夜が、家の中にゆっくり戻ってきた。
昼の熱をまだ残した空気が、廊下に滞っている。
遠くで鳴く蝉の声は、もうどこか弱々しく、
夏の終わりを静かに告げていた。
「今日は、本当にありがとう」
玄関先で、マリーがやわらかく微笑む。
「葉月さんの誕生日、忘れられない一日になりました」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。……こんなに素敵な絵まで、もらっちゃって」
葉月が嬉しそうに答える。
その横で、憂は妹として一歩引き、二人を見ていた。
マリーは一歩近づき、自然な動作で顔を寄せる。
――La bise。
頬と頬を軽く寄せ、触れない距離で「チュッ」と小さな音を立てる、
フランス式の別れの挨拶。
憂は一瞬だけ瞬き、(あ、フランスのやつだ)と理解する。
――その直後。
「えへへ」
葉月の目が、あきらかに危険な光を帯びた。
「それ、可愛すぎない?」
「葉月姉――」
制止は間に合わなかった。
「ありがとうマリー!!」
葉月は両腕を大きく広げ、勢いよく――
ぎゅっ。
完全なハグ。
serrer dans les bras。
挨拶としては、フランスではほぼ使われない距離感。
「――っ!?」
マリーの身体が、ぴたりと固まる。
「え……?」
視線が宙を泳ぎ、何が起きたのか理解が追いついていない顔。
その様子を見て、憂は深くため息をついた。
「……葉月姉!!」
「なに?」
「今のは、完全にアメリカ人だよ!」
「えっ」
「フランス的には、え、急に密着!?ってなるやつ」
葉月が、ぴしっと固まる。
「……そうなの?」
マリーは少し困ったように笑い、うなずいた。
「はい……ビズ は普通ですけど……ハグは……その……」
言いながら、頬がほんのり赤くなる。
「びっくりしました」
「ご、ごめんね!!」
葉月は慌てて手を離し、勢いよく頭を下げた。
「変態葉月ちゃん、暴走しました!!」
「そこは否定しないんだ……」
憂が小さく突っ込む。
一瞬、気まずい沈黙。
葉月は咳払いをひとつしてから、急に背筋を正した。
「え、えっと……」
そして、恐る恐る右手を差し出す。
「……じゃあ、日本式で」
マリーは一瞬きょとんとしてから、くすっと笑った。
「日本式……?」
「うん。握手」
葉月は照れたように言う。
マリーは少し考えてから、その手を、そっと取った。
ぎゅ、ではなく、きちんとした、ほどよい力の――握手。
「……こういうの、いいですね」
マリーがそう言って笑う。
「よかった……!」
葉月はほっと胸をなで下ろす。
憂は、その様子を見て肩をすくめた。
「文化の橋渡し、大成功……かな」
「うん、たぶん!」
最後にマリーは、もう一度だけ距離を整えて、やさしく微笑んだ。
「……おやすみなさい。また、近いうちに」
扉が閉まり、マリーの足音が遠ざかる。
「……ねぇ、憂ちゃん」
「なに」
「次からは、ハグしていい国かどうか、ちゃんと調べとくね」
「最初からそうしてください。お姉さんとして。日本でそれやるの、葉月姉だけだよ」
八月二十八日の夜。
夏の終わりと一緒に、姉妹の小さな反省会が、静かに始まっていた。
八月二十八日の夜が、家の中にゆっくり戻ってきた。
昼の熱をまだ残した空気が、廊下に滞っている。
遠くで鳴く蝉の声は、もうどこか弱々しく、
夏の終わりを静かに告げていた。
「今日は、本当にありがとう」
玄関先で、マリーがやわらかく微笑む。
「葉月さんの誕生日、忘れられない一日になりました」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。……こんなに素敵な絵まで、もらっちゃって」
葉月が嬉しそうに答える。
その横で、憂は妹として一歩引き、二人を見ていた。
マリーは一歩近づき、自然な動作で顔を寄せる。
――La bise。
頬と頬を軽く寄せ、触れない距離で「チュッ」と小さな音を立てる、
フランス式の別れの挨拶。
憂は一瞬だけ瞬き、(あ、フランスのやつだ)と理解する。
――その直後。
「えへへ」
葉月の目が、あきらかに危険な光を帯びた。
「それ、可愛すぎない?」
「葉月姉――」
制止は間に合わなかった。
「ありがとうマリー!!」
葉月は両腕を大きく広げ、勢いよく――
ぎゅっ。
完全なハグ。
serrer dans les bras。
挨拶としては、フランスではほぼ使われない距離感。
「――っ!?」
マリーの身体が、ぴたりと固まる。
「え……?」
視線が宙を泳ぎ、何が起きたのか理解が追いついていない顔。
その様子を見て、憂は深くため息をついた。
「……葉月姉!!」
「なに?」
「今のは、完全にアメリカ人だよ!」
「えっ」
「フランス的には、え、急に密着!?ってなるやつ」
葉月が、ぴしっと固まる。
「……そうなの?」
マリーは少し困ったように笑い、うなずいた。
「はい……ビズ は普通ですけど……ハグは……その……」
言いながら、頬がほんのり赤くなる。
「びっくりしました」
「ご、ごめんね!!」
葉月は慌てて手を離し、勢いよく頭を下げた。
「変態葉月ちゃん、暴走しました!!」
「そこは否定しないんだ……」
憂が小さく突っ込む。
一瞬、気まずい沈黙。
葉月は咳払いをひとつしてから、急に背筋を正した。
「え、えっと……」
そして、恐る恐る右手を差し出す。
「……じゃあ、日本式で」
マリーは一瞬きょとんとしてから、くすっと笑った。
「日本式……?」
「うん。握手」
葉月は照れたように言う。
マリーは少し考えてから、その手を、そっと取った。
ぎゅ、ではなく、きちんとした、ほどよい力の――握手。
「……こういうの、いいですね」
マリーがそう言って笑う。
「よかった……!」
葉月はほっと胸をなで下ろす。
憂は、その様子を見て肩をすくめた。
「文化の橋渡し、大成功……かな」
「うん、たぶん!」
最後にマリーは、もう一度だけ距離を整えて、やさしく微笑んだ。
「……おやすみなさい。また、近いうちに」
扉が閉まり、マリーの足音が遠ざかる。
「……ねぇ、憂ちゃん」
「なに」
「次からは、ハグしていい国かどうか、ちゃんと調べとくね」
「最初からそうしてください。お姉さんとして。日本でそれやるの、葉月姉だけだよ」
八月二十八日の夜。
夏の終わりと一緒に、姉妹の小さな反省会が、静かに始まっていた。
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