233 / 255
15話 全力令嬢は東大を目指して全力疾走中ですわ! ~シスコンお兄様と妹属性の私、覚悟の夏~
しおりを挟む
――そのときだった。
廊下の奥から、ばたばたばたっ、と場違いなほど勢いのある足音が近づいてくる。
「え?」
憂が顔を上げた、次の瞬間。
「憂さまぁぁぁぁぁ―――っ!!」
勢いそのままに、扉が開く。
現れたのは、小鈴だった。
だが――いつもの制服姿でも、勉強着でもない。
夏の陽射しを前提に仕立てられた、今年のトレンドそのものの令嬢ファッション。
軽やかな生地のワンピースは、淡く涼やかな色合いで、風を含むたびに柔らかく揺れる。
ウエストラインは上品に絞られ、無駄のないシルエットが際立っていた。
首元には控えめなジュエリーがきらりと光り、手元や足元まで、抜かりなく夏仕様。
髪も丁寧にまとめられ、涼感と気品を両立した、まさに名家のご令嬢。
……ただし。
全力疾走である。
涼やかな貴婦人の装いのまま、完全にダッシュ。
「お会いしたかったですわ、憂さん!」
両手を胸の前で組み、きらきらした瞳で一歩前に出る。
「本日お越しになると伺ってから、この季節にふさわしい装いをと、五時間ほど悩みましたの!」
「ご、五時間……?」
「ええ。涼やかさと格調の両立こそが、夏の淑女の嗜みですもの」
にっこり。
完璧な微笑み。
「……いかれてるだろ?」
理恵が、間髪入れずにつっこむ。
「ちょ、理恵さん!」
憂は慌てて声を上げる。
「いかれてません! その……季節感に、ちょっと全力なだけで……」
「まぁ……そこまで仰ってくださるなんて……」
小鈴は胸元で両手を重ね、うっとりと目を伏せる。
「やはり、憂さんはわたくしを理解してくださる唯一のお方……季節も、情熱も、全部含めて受け止めてくださるのですね。もう、憂さん以外のお言葉では、満足できませんわ」
「だから重いって!」
理恵が、呆れ半分に笑う。
憂は苦笑しながらも、改めて小鈴の夏の装いを見て、素直に言った。
「……でも、とても素敵です。夏らしくて、きれいです」
その一言で、小鈴の表情がぱっと花開いた。
「まあ……! そ、そのようなお言葉……!」
小鈴は両手で口元を押さえ、感極まったように一歩下がった。
「憂さんからのお褒めなど……わたくしには、あまりにも、もったいのうございますわ……!」
涼やかな令嬢の仮面と、抑えきれない感情。
それを同時に抱えたまま、小鈴は憂の前に立っていた。
――クレイジーなお嬢様は、夏でも変わらず、全力だった。
小鈴は、ふう、と一つ息を整えてから、背筋を伸ばした。
「本日、わたくしがお呼び立ていたしました理由――
憂さんが、東京大学を受験なさろうと考えていらっしゃる件でございますわね」
憂は一度、息を整えてから口を開いた。
「……正直に言うと、自分ひとりでは判断しきれなくて、小鈴さんは、進路や受験について、ずっと計画的に考えてこられたですよね? もし差し支えなければ、東京大学を目指すことについて、率直なご意見を伺いたいです」
小鈴は一度、微笑みを引っ込め、背筋をすっと正した。
「……よろしいですわ。では、率直に、現実のお話をいたします。東京大学の受験は、ただ頭が良いだけでは、到底届きませんわ。学年で上位にいることなど、あちらでは前提条件にすぎません。その上で――思考の速さ、精度、持久力、そして何より、失点を許さぬ精神力が問われますの」
小鈴は指先を軽く組み、憂をまっすぐに見据える。
「一問の判断ミスが、それまで積み上げた努力を、あっさり無にする世界ですわ。それでも……」
ほんの一瞬、声音に熱が宿る。
「二条家の人間として、その舞台に立つ覚悟は、わたくしにはございます。名家だからこそ逃げられない責任も、
期待も、すべて承知の上で――わたくしは、合格を狙っておりますわ。生半可な憧れではありません。
現実を見据えた上で、それでも挑むと、そう決めましたの……ですから、憂さん。もし同じ道をお考えなら、
覚悟だけは、どうか曖昧になさらないで」
「……ありがとうございます、小鈴さん」
憂は、少しだけ視線を落とし、ゆっくりと言葉を選んだ。
「正直、怖さはあります。けれど……現実を知った上で、それでも挑みたいと思っているのは、本当です。自分がどこまで通用するのか、逃げずに確かめたい」
憂は顔を上げ、小鈴をまっすぐ見つめる。
「ですから――小鈴さんのお話は、覚悟を固めるための、大切な参考になりました」
その空気を、ふっと和らげるように、横に座る理恵は肩をすくめ、軽く笑った。
「そうそう。小鈴は学園内でずっと二位キープだし、首位の結衣は――全国模試でも、何度かトップ10に入ってるからな」
憂は少し首をかしげる。
「ちなみに……結衣さんは、どこの大学をご予定でしょうか?」
小鈴は一瞬目を伏せ、手を胸の前で組む。微かにため息をつくその仕草は、まるで悔しさを優雅に形にしたかのようだった。
「……結衣さんは、関西の大学を受験なさるそうですわ」
憂の眉がわずかに上がる。
「え、どうして?」
憂が素直に尋ねると、理恵はソファに深く腰掛け、あっさりと答えた。
「理由? 簡単だよ」
彼女の声は穏やかだが、どこか笑いを含んでいた。
「結衣は彼氏と同じ大学に行きたいんだってさ。ほら、最近男できたでしょ。次男坊のほう」
「理恵さん!」
憂が思わず止めに入る。
小鈴は、少し鼻を鳴らすように、でも上品に視線を伏せた。
「……結衣さん、あの方……本当に自由すぎますわ」
言葉の端に、ほんのわずかな毒気を含ませる。
「首位であるにもかかわらず、あのようにお兄様といちゃつきたいがためだけに、受験先を選ぶとは……」
ため息まじりに、しかし上品に。
「……わたくしには、到底まねのできぬ振る舞いですわ。学園内での立ち居振る舞いも、すべて計算ずく……」
小鈴は軽く口元を引き結び、舌打ちまではしないが、少しだけ不満を滲ませた。
小鈴の声には、軽い嫌味と貴婦人らしい上品な苛立ちが混ざっていた。
理恵も、ちょっと口を挟む。
「それにさ、あの彼氏も大概だよね。あの次男坊、結構お調子者だし、結衣と一緒になったらやりたい放題になりそうだし」
「ええ、お兄様も……まったく、自由すぎますわ」
小鈴は鼻で軽く鳴らすように、しかし上品に言う。
「世間の目も、常識も、あまり気にせず……本当に困ったお二方ですこと」
憂は、二人の上品な悪口に思わず微笑んだ。
「……そ、そんな理由で……」
思わず口を挟みかけると、小鈴はくるりと振り返り、にこりと笑う。
「……ええ。だからこそ、わたくしは自分の意志で動かねばなりませんわ。受験するなら、しっかりと、自分の未来のために、ですの」
貴婦人口調の奥に、決意の光がきらりと光る。
憂は、ゆっくりと反論した。
「……でも、小鈴さんのお兄さんって……そんなに変な方なんでしょうか?」
理恵は眉を上げ、少し考えるように顎に指を当てた。
「いいやつだよ。根は真面目だし、責任感も強いし」
それから、肩をすくめて苦笑する。
「ただな……二条家の血筋は、どうも普通って枠からはみ出す人間が多いんだよ。情熱が極端というか、
思い込みが強いというか……ま、そんな家に嫁いだあたしも、人のことは言えないんだけどさ」
憂は、思い出すように少し間を置き、静かに語り出した。
「初めてお会いしたとき……すごく礼儀正しくて、ちゃんとご挨拶をしてくださったんです。それに……その、小鈴さんのことで、小鈴さんをかばうみたいに、って言ってくださって……車の中でも、ずっと気にかけてくださって、
飲み物を用意してくださったり、帰りにはお土産までいただいて……」
憂は少し照れたように笑う。
「だから……すごく頼りになるし、本当に、素敵なお兄さんだなって思いました」
小鈴はその話を聞き、にこりと微笑む。
「……ふふっ。そうですの。あの方、多少わがままを申されても、礼儀正しさと心遣いで、きちんと対応してくださいますのよ」
「……そうなんですね」
憂は、車内でのひとときやおみやげのことを思い浮かべ、自然と笑みをこぼした。
言い切ると、室内が一瞬、静かになった。
そして――
「……あははははは!」
理恵が、耐えきれずに吹き出した。
「出た、憂フィルター!」
「え、え?」
憂は目を瞬かせる。
小鈴も、こほん、と咳払いをしてから、上品に口を開いた。
「……外見と所作だけは、確かに非の打ちどころはございませんわ。ええ、妹に対しては特に」
語尾に、きっちり含みを持たせる。
「でもなぁ」
理恵は苦笑しながら、憂を見る。
「あいつ、基本妹基準で世界回ってるから。妹が寒いって言えば上着差し出すし、妹が困ってたら、三手先まで読んで動くし」
「……それ、すごくいいお兄さんでは……?」
憂が真顔で言うと、理恵は肩を震わせた。
「だから危ないんだって!憂さ、分かってないけど……あんたも立派な妹属性だからね?」
「……妹属性って、どういう意味ですか?」
「年下で、素直で、困ってると放っておけないタイプ。あの次男坊から見たら、全力で世話焼きたくなる枠。
だから執事ムーブが発動するの。親切なお兄さんに見えるのは正解。ただし、対象が妹判定された場合に限る」
憂は、数秒考えてから、ぽつりと言った。
「……じゃあ、わたしは妹扱いだったんですね」
「ど真ん中」
「……なるほど……」
妙に納得したようにうなずく憂に、小鈴が小さく微笑む。
「ですから、どうか誤解なさらぬよう。あれは万人に優しい紳士ではなく、妹限定フルサービスですわ」
「言い方!」
理恵が即座に突っ込む。
憂は、くすっと笑った。
「でも……悪い人じゃないのは、分かります」
「それは否定しないよ」
理恵は少しだけ真面目な声になる。
「身内としては厄介だけど、根はいいやつ。だからこそ、今回の件も……まあ、成長だと思ってる。妹離れの第一歩、ってやつ」
小鈴は、少しだけ誇らしげに胸を張った。
「……ええ。わたくしも、そう思っておりますわ」
室内に、柔らかな笑いと静かな決意が混ざる。
憂はその場で深く息を吸い、胸の奥に、静かな覚悟を刻みつけた。
――未来はまだ未定。
けれど、選ぶ時間も、考える余地も、ここにある。
答えは、自分の手で見つければいい。
廊下の奥から、ばたばたばたっ、と場違いなほど勢いのある足音が近づいてくる。
「え?」
憂が顔を上げた、次の瞬間。
「憂さまぁぁぁぁぁ―――っ!!」
勢いそのままに、扉が開く。
現れたのは、小鈴だった。
だが――いつもの制服姿でも、勉強着でもない。
夏の陽射しを前提に仕立てられた、今年のトレンドそのものの令嬢ファッション。
軽やかな生地のワンピースは、淡く涼やかな色合いで、風を含むたびに柔らかく揺れる。
ウエストラインは上品に絞られ、無駄のないシルエットが際立っていた。
首元には控えめなジュエリーがきらりと光り、手元や足元まで、抜かりなく夏仕様。
髪も丁寧にまとめられ、涼感と気品を両立した、まさに名家のご令嬢。
……ただし。
全力疾走である。
涼やかな貴婦人の装いのまま、完全にダッシュ。
「お会いしたかったですわ、憂さん!」
両手を胸の前で組み、きらきらした瞳で一歩前に出る。
「本日お越しになると伺ってから、この季節にふさわしい装いをと、五時間ほど悩みましたの!」
「ご、五時間……?」
「ええ。涼やかさと格調の両立こそが、夏の淑女の嗜みですもの」
にっこり。
完璧な微笑み。
「……いかれてるだろ?」
理恵が、間髪入れずにつっこむ。
「ちょ、理恵さん!」
憂は慌てて声を上げる。
「いかれてません! その……季節感に、ちょっと全力なだけで……」
「まぁ……そこまで仰ってくださるなんて……」
小鈴は胸元で両手を重ね、うっとりと目を伏せる。
「やはり、憂さんはわたくしを理解してくださる唯一のお方……季節も、情熱も、全部含めて受け止めてくださるのですね。もう、憂さん以外のお言葉では、満足できませんわ」
「だから重いって!」
理恵が、呆れ半分に笑う。
憂は苦笑しながらも、改めて小鈴の夏の装いを見て、素直に言った。
「……でも、とても素敵です。夏らしくて、きれいです」
その一言で、小鈴の表情がぱっと花開いた。
「まあ……! そ、そのようなお言葉……!」
小鈴は両手で口元を押さえ、感極まったように一歩下がった。
「憂さんからのお褒めなど……わたくしには、あまりにも、もったいのうございますわ……!」
涼やかな令嬢の仮面と、抑えきれない感情。
それを同時に抱えたまま、小鈴は憂の前に立っていた。
――クレイジーなお嬢様は、夏でも変わらず、全力だった。
小鈴は、ふう、と一つ息を整えてから、背筋を伸ばした。
「本日、わたくしがお呼び立ていたしました理由――
憂さんが、東京大学を受験なさろうと考えていらっしゃる件でございますわね」
憂は一度、息を整えてから口を開いた。
「……正直に言うと、自分ひとりでは判断しきれなくて、小鈴さんは、進路や受験について、ずっと計画的に考えてこられたですよね? もし差し支えなければ、東京大学を目指すことについて、率直なご意見を伺いたいです」
小鈴は一度、微笑みを引っ込め、背筋をすっと正した。
「……よろしいですわ。では、率直に、現実のお話をいたします。東京大学の受験は、ただ頭が良いだけでは、到底届きませんわ。学年で上位にいることなど、あちらでは前提条件にすぎません。その上で――思考の速さ、精度、持久力、そして何より、失点を許さぬ精神力が問われますの」
小鈴は指先を軽く組み、憂をまっすぐに見据える。
「一問の判断ミスが、それまで積み上げた努力を、あっさり無にする世界ですわ。それでも……」
ほんの一瞬、声音に熱が宿る。
「二条家の人間として、その舞台に立つ覚悟は、わたくしにはございます。名家だからこそ逃げられない責任も、
期待も、すべて承知の上で――わたくしは、合格を狙っておりますわ。生半可な憧れではありません。
現実を見据えた上で、それでも挑むと、そう決めましたの……ですから、憂さん。もし同じ道をお考えなら、
覚悟だけは、どうか曖昧になさらないで」
「……ありがとうございます、小鈴さん」
憂は、少しだけ視線を落とし、ゆっくりと言葉を選んだ。
「正直、怖さはあります。けれど……現実を知った上で、それでも挑みたいと思っているのは、本当です。自分がどこまで通用するのか、逃げずに確かめたい」
憂は顔を上げ、小鈴をまっすぐ見つめる。
「ですから――小鈴さんのお話は、覚悟を固めるための、大切な参考になりました」
その空気を、ふっと和らげるように、横に座る理恵は肩をすくめ、軽く笑った。
「そうそう。小鈴は学園内でずっと二位キープだし、首位の結衣は――全国模試でも、何度かトップ10に入ってるからな」
憂は少し首をかしげる。
「ちなみに……結衣さんは、どこの大学をご予定でしょうか?」
小鈴は一瞬目を伏せ、手を胸の前で組む。微かにため息をつくその仕草は、まるで悔しさを優雅に形にしたかのようだった。
「……結衣さんは、関西の大学を受験なさるそうですわ」
憂の眉がわずかに上がる。
「え、どうして?」
憂が素直に尋ねると、理恵はソファに深く腰掛け、あっさりと答えた。
「理由? 簡単だよ」
彼女の声は穏やかだが、どこか笑いを含んでいた。
「結衣は彼氏と同じ大学に行きたいんだってさ。ほら、最近男できたでしょ。次男坊のほう」
「理恵さん!」
憂が思わず止めに入る。
小鈴は、少し鼻を鳴らすように、でも上品に視線を伏せた。
「……結衣さん、あの方……本当に自由すぎますわ」
言葉の端に、ほんのわずかな毒気を含ませる。
「首位であるにもかかわらず、あのようにお兄様といちゃつきたいがためだけに、受験先を選ぶとは……」
ため息まじりに、しかし上品に。
「……わたくしには、到底まねのできぬ振る舞いですわ。学園内での立ち居振る舞いも、すべて計算ずく……」
小鈴は軽く口元を引き結び、舌打ちまではしないが、少しだけ不満を滲ませた。
小鈴の声には、軽い嫌味と貴婦人らしい上品な苛立ちが混ざっていた。
理恵も、ちょっと口を挟む。
「それにさ、あの彼氏も大概だよね。あの次男坊、結構お調子者だし、結衣と一緒になったらやりたい放題になりそうだし」
「ええ、お兄様も……まったく、自由すぎますわ」
小鈴は鼻で軽く鳴らすように、しかし上品に言う。
「世間の目も、常識も、あまり気にせず……本当に困ったお二方ですこと」
憂は、二人の上品な悪口に思わず微笑んだ。
「……そ、そんな理由で……」
思わず口を挟みかけると、小鈴はくるりと振り返り、にこりと笑う。
「……ええ。だからこそ、わたくしは自分の意志で動かねばなりませんわ。受験するなら、しっかりと、自分の未来のために、ですの」
貴婦人口調の奥に、決意の光がきらりと光る。
憂は、ゆっくりと反論した。
「……でも、小鈴さんのお兄さんって……そんなに変な方なんでしょうか?」
理恵は眉を上げ、少し考えるように顎に指を当てた。
「いいやつだよ。根は真面目だし、責任感も強いし」
それから、肩をすくめて苦笑する。
「ただな……二条家の血筋は、どうも普通って枠からはみ出す人間が多いんだよ。情熱が極端というか、
思い込みが強いというか……ま、そんな家に嫁いだあたしも、人のことは言えないんだけどさ」
憂は、思い出すように少し間を置き、静かに語り出した。
「初めてお会いしたとき……すごく礼儀正しくて、ちゃんとご挨拶をしてくださったんです。それに……その、小鈴さんのことで、小鈴さんをかばうみたいに、って言ってくださって……車の中でも、ずっと気にかけてくださって、
飲み物を用意してくださったり、帰りにはお土産までいただいて……」
憂は少し照れたように笑う。
「だから……すごく頼りになるし、本当に、素敵なお兄さんだなって思いました」
小鈴はその話を聞き、にこりと微笑む。
「……ふふっ。そうですの。あの方、多少わがままを申されても、礼儀正しさと心遣いで、きちんと対応してくださいますのよ」
「……そうなんですね」
憂は、車内でのひとときやおみやげのことを思い浮かべ、自然と笑みをこぼした。
言い切ると、室内が一瞬、静かになった。
そして――
「……あははははは!」
理恵が、耐えきれずに吹き出した。
「出た、憂フィルター!」
「え、え?」
憂は目を瞬かせる。
小鈴も、こほん、と咳払いをしてから、上品に口を開いた。
「……外見と所作だけは、確かに非の打ちどころはございませんわ。ええ、妹に対しては特に」
語尾に、きっちり含みを持たせる。
「でもなぁ」
理恵は苦笑しながら、憂を見る。
「あいつ、基本妹基準で世界回ってるから。妹が寒いって言えば上着差し出すし、妹が困ってたら、三手先まで読んで動くし」
「……それ、すごくいいお兄さんでは……?」
憂が真顔で言うと、理恵は肩を震わせた。
「だから危ないんだって!憂さ、分かってないけど……あんたも立派な妹属性だからね?」
「……妹属性って、どういう意味ですか?」
「年下で、素直で、困ってると放っておけないタイプ。あの次男坊から見たら、全力で世話焼きたくなる枠。
だから執事ムーブが発動するの。親切なお兄さんに見えるのは正解。ただし、対象が妹判定された場合に限る」
憂は、数秒考えてから、ぽつりと言った。
「……じゃあ、わたしは妹扱いだったんですね」
「ど真ん中」
「……なるほど……」
妙に納得したようにうなずく憂に、小鈴が小さく微笑む。
「ですから、どうか誤解なさらぬよう。あれは万人に優しい紳士ではなく、妹限定フルサービスですわ」
「言い方!」
理恵が即座に突っ込む。
憂は、くすっと笑った。
「でも……悪い人じゃないのは、分かります」
「それは否定しないよ」
理恵は少しだけ真面目な声になる。
「身内としては厄介だけど、根はいいやつ。だからこそ、今回の件も……まあ、成長だと思ってる。妹離れの第一歩、ってやつ」
小鈴は、少しだけ誇らしげに胸を張った。
「……ええ。わたくしも、そう思っておりますわ」
室内に、柔らかな笑いと静かな決意が混ざる。
憂はその場で深く息を吸い、胸の奥に、静かな覚悟を刻みつけた。
――未来はまだ未定。
けれど、選ぶ時間も、考える余地も、ここにある。
答えは、自分の手で見つければいい。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる