沈黙のういザード 

豚さん

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17話 晴るかす場所

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リムジンの静かな車内。
革張りのシートに深く腰を沈めた憂の横で、理恵は軽く顔をしかめていた。

「……大丈夫ですか、理恵さん」

憂が心配そうに声をかけると、理恵は小さく笑って、手でお腹をそっと押さえた。

「うん……ちょっと、朝から調子が悪くて」

ぽつりと漏れた言葉に、憂は息を呑んだ。
吐き気と倦怠感が交互に襲っているようだ。

「……車、少しゆっくりしてもらえますか?」

運転席に向かって憂が言うと、運転手は静かに頷き、アクセルを緩めた。
ゆったりとした揺れに、理恵の表情がわずかに和らぐのを見て、憂はほっと胸をなでおろした。

大阪の街を抜け、眼前にそびえ立つのはあべのハルカス。
高さ300mの超高層ビルは、全面を覆うガラスカーテンウォールが夕陽を浴びて淡くオレンジに輝き、三段階にセットバックしたシルエットが空に鋭く切り立っている。

近鉄百貨店、美術館、オフィス、ホテル、そして最上部の展望台「ハルカス300」。
日本一高いビルとして知られるこの複合施設は、駅直結の利便性も相まって、観光客やビジネスパーソンで常に賑わっていた。

ガラスの表面が柔らかく光を反射し、ビル全体がまるで巨大な宝石のように街を見下ろしている。

憂は思わず小さな声でつぶやいた。

「……すごいですね。本当に……街が全部入ってるみたい」

理恵は微かに頷き、静かに言った。

「眺めは最高なんだけどね……ごめん、ちょっと体調がよくなくてさ。念のため、これから検査に行ってくるよ」

理恵は憂のほうを見て、少し柔らかく笑う。

「せっかく一緒に回る約束してたのに、急に外れちゃって本当にごめんね。憂、タワー館のほうに行って、受付の人に声をかければ案内してもらえるから」

憂はすぐに頷いた。

「わかりました。無理なさらないでください」

リムジンがタワー館のエントランスに滑り込む。
降り立つと、受付の女性が電話で確認したあと、にこやかに案内してくれた。

「こちらのエレベーターでオフィスロビーフロアの17階までお上がりください。そこから専用エリアへご案内いたします」

憂は緊張しながら、ガラス張りの高速エレベーターに乗り込んだ。
上昇するにつれ、足元に広がる大阪の街がみるみる小さくなっていく。

300mを超える高さを実感し、憂は無意識に手すりを握りしめた。
エレベーターの壁面が透明に近いガラスで、外の景色がダイレクトに流れ込み、まるで空に浮かんでいるような錯覚を覚える。

17階――オフィスロビーフロアに到着。
ここは広大なスカイロビー。

大理石の床が光を反射し、天井まで届く全面ガラス窓から大阪の街並みが一望できる。
最先端のLED照明が柔らかく空間を照らし、ゾーン別の空調が静かに空気を循環させている。

来客用の案内表示が整然と並び、スーツ姿のビジネスパーソンが忙しなく行き交う中、憂は受付カウンターへ近づいた。

笑顔の女性が軽く頭を下げ、IDキーを確認する。

「本日はご来社ありがとうございます。専用フロアへご案内いたします」

セキュリティゲートを抜け、さらに専用エレベーターへ。
ここからは社員・関係者専用エリア。

エレベーター内は光沢のある金属壁で、重厚なボタンの音が静かに響く。
憂はIDキーを挿入し、緑色のランプが点灯するのを確認した。

長い廊下を進む。
壁には抽象的なアートが飾られ、間接照明が柔らかく光を落としている。

オフィスフロアの特徴である無柱空間の開放感が、ここまで伝わってくるようだ。

やがて、重厚な扉の前に立った。

「こちらが社長室でございます」

扉が開いた瞬間、憂の目は思わず見開かれた。

天井高約2.9mの広大な室内は、木目の高級パネルと本革で統一され、巨大な窓からは大阪の街が眼下に広がる。
厚手の絨毯が足音を吸収し、中央に鎮座する重厚なデスクと――圧倒的な存在感を放つ社長椅子。

背もたれは天井近くまで届きそうな高さで、深い革張りに金属装飾が光を反射している。
窓辺にはボイド空間から差し込む自然光が柔らかく入り、夕陽がガラス越しに室内を淡く染め上げていた。

この部屋は、最上部オフィスフロアのさらに専用エリアに位置し、ワンフロア2,400㎡もの広さを活かしたプライベート感が、静かな威圧を放っている。

秘書が柔らかく微笑んだ。

「こちらでおかけください。担当者が、まもなく参ります」

憂は小さくうなずき、慎重にソファへ腰を下ろした。
深呼吸をひとつ。

革の香り、絨毯の厚み、
そして眼下三百メートルに広がる街並み。

すべてが高級感と同時に、圧倒的な重みを帯びている。

「あの……」

思わず声を落とすと、秘書はすぐに気づいたように微笑んだ。

「ご安心ください。社長は、すぐこちらに参ります」

「そ、そうなんですね……」

憂は背筋を伸ばし、膝の上で手を重ねる。

「緊張なさいますよね」

秘書はやわらかな口調で続けた。

「ですが、本日はゆっくりお話を、とのことです。どうぞ肩の力を抜いてお待ちください」

「……はい」

視線を窓の外に移し、夕陽に染まる街を見下ろしながら、憂は静かに息を整えた。

この部屋で、自分の未来の話を聞くのだ。

少し震える指先を、そっと握りしめ、
憂はただ、扉が開くのを待った。
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