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27話 9月30日
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9月30日、土曜日。
二条家の地下室スタジオには、昨日の合宿で疲れ切った空気がまだ漂っていた。
床に横たわるリナ、肩で息をする結衣、微かに目を閉じている小鈴――秋香だけは、いつものように微笑を浮かべ、ベースを手にスタジオの空気を整えている。
「……はぁ……もう、体が……」
結衣はドラムスティックを手に小さくため息をつく。
リナは床にうつぶせになり、かすかに鼻を鳴らした。
「……きつい……」
小鈴は鍵盤に手を置き、静かに目を開ける。
「……ふふ、皆、昨日の熱気の名残でございますわね。ですが、憂さんが本日よりボーカルとして参加なさいますので、前を向いて全力を尽くすのみですわ」
そのとき、予定通り憂がスタジオに入ってきた。
「……えっと、今日から練習ですよね?」
理恵は譜面を掲げ、冷徹な表情で言い放つ。
「甘いな、憂。今日は単なる歌の練習じゃない。お前の声に合わせて、楽器陣を最強の状態に調整する前夜祭よ」
憂は眉をひそめ、少し戸惑った表情を見せた。
「えっ、前夜祭って……? なんだか皆ヘトヘトみたいなのに……」
リナが横たわったまま、肩で息をしながらもツンデレ気味に立ち上がる。
「……だ、大丈夫よ。あたし、ちゃんと立ち直ったし」
憂は小さく息を吐き、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、わたしのわがままで、こんなことに……本当に……それに、理恵さん、妊娠中なのに無理させてしまって……心配で……」
理恵は唇の端をわずかに吊り上げ、ニヤリと笑みを浮かべながら、腹を軽くさすった。
「はっ、妊娠中だって? だからなんだよ、このクソガキども。むしろ今だからこそ、この地獄みたいな音を胎教にぶち込んでやるんだよ。お腹のコイツに、最高にヤバい響きを叩き込んで、憂の声も混ぜて、完璧に仕上げてやる。
甘ったれた音なんか出したら、ぶっ飛ばすからな。全員、死ぬ気でやれよ――このクソ合宿で、あたしの腹の子にまで最高の音楽を聞かせてやるんだからな!」
小鈴は鍵盤に手を置き、落ち着いた声で憂を慰める。
「……ふふ、憂さん。どうぞ前を向いてお歌いなさいませ。それだけで十分でございますわ」
秋香はベースを弾きながら、柔らかく微笑む。
「憂さんは歌に集中なさってください。わたくしどもが全力でバックを支えますわ」
結衣も笑顔で手を軽く振る。
「そうだよ。憂ちゃん、僕たちはみんな憂ちゃんが好きだからやってるんだ。だから、安心して」
リナは少し顔を赤らめ、ツンとした声で付け加える。
「……当たり前よ。友達としてやってるのに、何か? お母さんのためなんでしょ」
憂は目を丸くして、にっこりと笑った。
「……ほんとうに、ありがとう……!」
その笑顔はあまりにも無垢で、かわいらしく、まるで小さな太陽のように地下室を照らした。
小鈴も秋香も結衣も、そしてリナでさえ、思わずその笑顔に見惚れ、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
憂の笑顔はただの感謝の表情ではなく、努力と友情と信頼が生んだ奇跡のようで、メンバー全員が思わず「かわいい」と心の中でつぶやかずにはいられなかった。
……そして、静寂が訪れた瞬間。
秋香が、ベースの弦を優雅に爪弾きながら、ふっと目を細めて呟いた。
「……ふふ、憂さんの笑顔……本当に罪深いですわね。理恵リナの師弟百合も最高に燃えますけれど……やはり王道は理恵憂の師弟コンビですわよね……。理恵さんの冷徹指導に、憂さんが健気に耐えて、少しずつ心を開いていく過程……ああ、これはもう……永遠の王道ですわ……! 想像しただけで心が震えますの……はぁ……!」
秋香の声が、どんどん熱を帯びていく。
ベースの音が、まるで彼女の興奮を反映するように、少しずつ低くうねり始めた。
結衣はドラムスティックを軽く回しながら、にやにやと口を挟む。
「僕はさー、憂ちゃんが攻めでリナちゃんが受けの憂リナがいいかな。憂ちゃんの無垢な笑顔でリナを優しく押し倒すみたいな……リナのツンデレが崩れる瞬間、最高じゃん?」
秋香は、にこり――と。
それはあまりにも整った、微笑だった。
だが、次の瞬間。
その視線だけが、氷のように結衣を射抜く。
「……少し黙れ。……ふふ、結衣さん?今、何ておっしゃいましたの?憂さんのこの純粋で、聖なる笑顔を……そんな下劣で卑猥な妄想で穢すなんて、許されませんわよ。あなたのような浅薄で下品な口から、そんな汚らわしい言葉が零れ落ちるなど、耐えがたい侮辱ですわ。今すぐその穢れた唇を固く閉じてくださいませ。二度と、そんな吐き気を催すような下衆な妄言を吐かないで。……わかったら、即座に口を閉じなさい。これ以上、憂さんの輝きを汚すような真似をなさったら……わたくし、相手になりますわよ?」
空気が一瞬で凍りついた。
結衣はきょとんとしてから、みるみる顔が青ざめ、肩を落とす。
指先が震え、声が上ずる。
「ぴ、ぴぇん……ごめん……!ちょっと調子に乗っちゃった……ほんとごめん……!今、完全に空気読めてなかった……邪魔しちゃダメなやつだったよね……」
結衣は両手で顔を覆い、縮こまる。
小鈴は扇子で口元を隠し、静かに息を吐く。
「……結衣さん。次からは、もう少し……タイミングを計りましょうね」
リナは顔を真っ赤にして、弓を握りしめたまま俯く。
「……ば、ばか……何言ってんのよ……! 憂の笑顔が……かわいいのは……それは……認めるけど……!」
憂はみんなの様子を見て、ぽかんとして首を傾げる。
「……え? みんな、どうしたの?わたし、何か変なこと言いいました……?」
理恵はため息をつき、ギターを軽く鳴らして空気を引き締める。
「……ったく。お前ら、百合妄想は大概にしろ。全員、集中しろ。……次から、本気で合わせるぞ」
地下室の熱気は、昨日の地獄合宿の疲労を抱えつつも、憂の歌声を中心に静かに、しかし確実に希望と喜びに満ちていった。
二条家の地下室スタジオには、昨日の合宿で疲れ切った空気がまだ漂っていた。
床に横たわるリナ、肩で息をする結衣、微かに目を閉じている小鈴――秋香だけは、いつものように微笑を浮かべ、ベースを手にスタジオの空気を整えている。
「……はぁ……もう、体が……」
結衣はドラムスティックを手に小さくため息をつく。
リナは床にうつぶせになり、かすかに鼻を鳴らした。
「……きつい……」
小鈴は鍵盤に手を置き、静かに目を開ける。
「……ふふ、皆、昨日の熱気の名残でございますわね。ですが、憂さんが本日よりボーカルとして参加なさいますので、前を向いて全力を尽くすのみですわ」
そのとき、予定通り憂がスタジオに入ってきた。
「……えっと、今日から練習ですよね?」
理恵は譜面を掲げ、冷徹な表情で言い放つ。
「甘いな、憂。今日は単なる歌の練習じゃない。お前の声に合わせて、楽器陣を最強の状態に調整する前夜祭よ」
憂は眉をひそめ、少し戸惑った表情を見せた。
「えっ、前夜祭って……? なんだか皆ヘトヘトみたいなのに……」
リナが横たわったまま、肩で息をしながらもツンデレ気味に立ち上がる。
「……だ、大丈夫よ。あたし、ちゃんと立ち直ったし」
憂は小さく息を吐き、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、わたしのわがままで、こんなことに……本当に……それに、理恵さん、妊娠中なのに無理させてしまって……心配で……」
理恵は唇の端をわずかに吊り上げ、ニヤリと笑みを浮かべながら、腹を軽くさすった。
「はっ、妊娠中だって? だからなんだよ、このクソガキども。むしろ今だからこそ、この地獄みたいな音を胎教にぶち込んでやるんだよ。お腹のコイツに、最高にヤバい響きを叩き込んで、憂の声も混ぜて、完璧に仕上げてやる。
甘ったれた音なんか出したら、ぶっ飛ばすからな。全員、死ぬ気でやれよ――このクソ合宿で、あたしの腹の子にまで最高の音楽を聞かせてやるんだからな!」
小鈴は鍵盤に手を置き、落ち着いた声で憂を慰める。
「……ふふ、憂さん。どうぞ前を向いてお歌いなさいませ。それだけで十分でございますわ」
秋香はベースを弾きながら、柔らかく微笑む。
「憂さんは歌に集中なさってください。わたくしどもが全力でバックを支えますわ」
結衣も笑顔で手を軽く振る。
「そうだよ。憂ちゃん、僕たちはみんな憂ちゃんが好きだからやってるんだ。だから、安心して」
リナは少し顔を赤らめ、ツンとした声で付け加える。
「……当たり前よ。友達としてやってるのに、何か? お母さんのためなんでしょ」
憂は目を丸くして、にっこりと笑った。
「……ほんとうに、ありがとう……!」
その笑顔はあまりにも無垢で、かわいらしく、まるで小さな太陽のように地下室を照らした。
小鈴も秋香も結衣も、そしてリナでさえ、思わずその笑顔に見惚れ、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
憂の笑顔はただの感謝の表情ではなく、努力と友情と信頼が生んだ奇跡のようで、メンバー全員が思わず「かわいい」と心の中でつぶやかずにはいられなかった。
……そして、静寂が訪れた瞬間。
秋香が、ベースの弦を優雅に爪弾きながら、ふっと目を細めて呟いた。
「……ふふ、憂さんの笑顔……本当に罪深いですわね。理恵リナの師弟百合も最高に燃えますけれど……やはり王道は理恵憂の師弟コンビですわよね……。理恵さんの冷徹指導に、憂さんが健気に耐えて、少しずつ心を開いていく過程……ああ、これはもう……永遠の王道ですわ……! 想像しただけで心が震えますの……はぁ……!」
秋香の声が、どんどん熱を帯びていく。
ベースの音が、まるで彼女の興奮を反映するように、少しずつ低くうねり始めた。
結衣はドラムスティックを軽く回しながら、にやにやと口を挟む。
「僕はさー、憂ちゃんが攻めでリナちゃんが受けの憂リナがいいかな。憂ちゃんの無垢な笑顔でリナを優しく押し倒すみたいな……リナのツンデレが崩れる瞬間、最高じゃん?」
秋香は、にこり――と。
それはあまりにも整った、微笑だった。
だが、次の瞬間。
その視線だけが、氷のように結衣を射抜く。
「……少し黙れ。……ふふ、結衣さん?今、何ておっしゃいましたの?憂さんのこの純粋で、聖なる笑顔を……そんな下劣で卑猥な妄想で穢すなんて、許されませんわよ。あなたのような浅薄で下品な口から、そんな汚らわしい言葉が零れ落ちるなど、耐えがたい侮辱ですわ。今すぐその穢れた唇を固く閉じてくださいませ。二度と、そんな吐き気を催すような下衆な妄言を吐かないで。……わかったら、即座に口を閉じなさい。これ以上、憂さんの輝きを汚すような真似をなさったら……わたくし、相手になりますわよ?」
空気が一瞬で凍りついた。
結衣はきょとんとしてから、みるみる顔が青ざめ、肩を落とす。
指先が震え、声が上ずる。
「ぴ、ぴぇん……ごめん……!ちょっと調子に乗っちゃった……ほんとごめん……!今、完全に空気読めてなかった……邪魔しちゃダメなやつだったよね……」
結衣は両手で顔を覆い、縮こまる。
小鈴は扇子で口元を隠し、静かに息を吐く。
「……結衣さん。次からは、もう少し……タイミングを計りましょうね」
リナは顔を真っ赤にして、弓を握りしめたまま俯く。
「……ば、ばか……何言ってんのよ……! 憂の笑顔が……かわいいのは……それは……認めるけど……!」
憂はみんなの様子を見て、ぽかんとして首を傾げる。
「……え? みんな、どうしたの?わたし、何か変なこと言いいました……?」
理恵はため息をつき、ギターを軽く鳴らして空気を引き締める。
「……ったく。お前ら、百合妄想は大概にしろ。全員、集中しろ。……次から、本気で合わせるぞ」
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