忘れたふりの隣で ~マリーがいた季節~  ※番外編のみR18

豚さん

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アフターエピソード1 

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翌朝のパリ。
青いペンダントを胸元に揺らしながら、マリーは優の横を歩いていた。
前より少しだけ歩幅が小さく、まるで優のあとにそっとついていくような距離で。

「……変な感じね」

マリーが微笑む。

「昨日まで、あなたとは“心の距離”が遠かったのに……今日はこんなに近くて」

優は荷物を持ち直し、マリーの手を握った。

「これからずっと、こうしてればいい」

「……ええ。離れないわ」

 

パリ=シャルル・ド・ゴール空港。
出発ゲートでの検査が終わると、マリーは少し緊張したように優の袖を引いた。

「優。日本に着いたら……その……」

「ん?」

「わたし、本当に……あなたと暮らすのよね?」

優は思わず吹き出し、マリーの髪を撫でた。

「当たり前だろ。覚悟してくれよ?」

「覚悟……?」

「俺と住むんだから。甘やかすし、ずっとそばにいるし、逃げられない」

「……そんなの、望むところよ」

マリーは目を細め、胸の前で青いペンダントを握った。

 


飛行機の扉が開いた瞬間、大阪の湿った春の空気がふたりを包んだ。

「……あぁ、この空気。懐かしいな」

「ふふ、わたしには初めてのはずなのに……“懐かしい”って思えるの、不思議ね」

大阪弁のアナウンス。
コテコテのたこ焼き屋の看板。

「優……あれ!」

マリーが指差す先には、湯気を上げるたこ焼きの屋台。

「あはは、食べたいか?」

「……食べたいっ」

たこ焼きを口に入れるマリーの顔は、涙ぐむほど幸せそうだった。
そして、優を見上げて小さく笑った。

「……ねぇ優。
 なんででしょう……ここにいると、あなたのことが“最初から全部覚えていた”みたいに感じるの」

優は肩を寄せた。

「マリーが俺の“記憶の場所”を全部辿ってくれたからだよ」

「……そっか。じゃあ……ここは、ふたりの“帰ってくる場所”なのね」

ふたりは小さく指を絡めて歩き出した。

 

梅田から電車で15分。
優が事前に借りておいた、小さな1LDK。

扉を開けた途端、マリーはゆっくりと部屋を見渡した。
白いカーテン、木目の床、キッチンには二人分のマグカップ。

「……ここが、これからの“家”なのね」

「そうだよ。ようこそ、大阪の我が家へ」

マリーはカバンを置き、靴を脱ぎ、
気づくと――優の背中にそっと抱きついていた。

「優……」

「どうした?」

「嬉しいのに……涙が止まらない……」

優はその手を胸の前で包み込み、
マリーの額にキスを落とした。

「泣いていいよ。俺も嬉しい」

「だめ……嬉しすぎて壊れそう」

「俺が支える。壊れてもいい」

「……ほんとに?」

「ほんとに」

マリーは小さく笑って、優の胸に顔を埋めた。

 

夜。
大阪の春の風が窓を揺らし、部屋に柔らかな空気を運んでくる。

二人で買ってきた食材で作った夕食──
たこ焼き風オムレツとサラダ。

「ねぇ優……」

「ん?」

「こうして隣で食べるの、ずっと夢だったの」

「これから毎日だぞ」

「……毎日……」

マリーは笑う。

「幸せになりすぎて……明日わたし、溶けてしまうかもしれないわ」

「溶けたら、また固めてやるよ」

「もう……優ったら……」

 

片付けを終えたあと、
マリーはソファに座り、優の肩に寄りかかった。

「ねぇ優……ひとつだけ聞いてもいい?」

「なんでも」

「わたし、本当に……あなたとこうやって日常を過ごしていいの?」

優は即答した。

「いいに決まってる。マリーと暮らしたくて帰ってきたんだ」

マリーの目に涙が浮かぶ。
でも、もう悲しい涙じゃなかった。

「……じゃあ、お願い。
 これから毎朝……起きたら名前を呼んでほしいの。
 “マリー、おはよう”って。
 そうしたら……わたし、この幸せが現実だって信じられるから」

優はそっと手を握った。

「わかった。約束する」

「ありがとう、優……」

マリーは優の肩にもたれ、目を閉じた。
その表情は、三年間探し続けた“帰る場所”をようやく見つけた子どものように穏やかだった。
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