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ことはじめ

意義あり!だけど大きく出れません!!

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 わたくし、この関係にうんざりですのよ?

 うんざりですのよ?

 ああ!うんざりまで言ってくれたとは!
 俺はテーブルに身を乗り出し、イルヴァに顔を近づけた。

「では、君の望みを言ってくれ。俺は君の憂いを晴らすためにその望みを叶えられるように努力しよう。」

 イルヴァは近づいた俺から身を離した上に、俺に向かって目を細めた。
 いや、俺の頭が隠れるように、詩集を持った手を俺の壁にするべく伸ばしたのである。

「離れて座って下さいな。そこまで頭を伸ばされたら、普通にスナイプされる位置になります。壁が出来る位置にある椅子の背に体を戻してください。」

 俺は婚約者という名の警護兵の言葉を素直に聞き、彼女の言う通りに椅子に座り直した。
 頭を引っ込める時に彼女の本を掴む手の指先にそっと頭を押し付けもしたが、そんな行為をした事で俺は少し、いやかなり落ち込んだ。
 初めて触れたであろう俺の頭に対して、彼女は何の動揺も、そう、表情一つ、頬のピクリだっても見せてくれなかったのである。

 それは当たり前か。
 彼女は俺の命を守るためだけに自分がここにいると思い込んでいるのだ。
 いや、思い込まねばやっていけないかもしれない。
 もっと上に行けた人であろうに、俺の身辺を守るためにと王族や貴族の子弟ばかりの偏差値の低い王立の学園にまで進学させられた上に、こうして俺と婚約者ごっこを要求されているのだから。

 うんざり。
 解放されたい。

 これはきっと本心だ。
 俺は本気で君と一緒になりたいが、君の幸せを考えればここが腹の決め時なのかも知れない。
 イルヴァを手放すのだ。
 それでも俺にもプライドがあり、軽そうに見える笑顔を顔に貼り付けて、今日の芝居は大したことが無かったという風に別れの言葉を口にしていた。

「僕もうんざりだな。こんな生活。そうだな、終わりにしようか。」

 イルヴァは俺に対して眉を上げて見せてから、やっぱりね、と呟いた。

「やっぱりって、どういう意味だ?」

「ええ、あなたは他に恋した人がいらっしゃる。だから私はうんざりなの。私は恋が出来ないのに、あなたは好きなように恋をして、学園を卒業すれば身辺警護のちゃんとした兵に守られるから私はいらない。私はそこでお払い箱だわ。」

 俺は再び立ち上がって身を乗り出した。
 その動作のついでにイルヴァの左手も握った。
 そんなことは無いと、君に恋をしたから君のお父さんのイクセル・オーグレーン子爵、近衛連隊長様に頭を下げて婚約を願い出たのだと否定するために。

 しかし、そんな言葉を俺はイルヴァに差し出す事が出来なかった。

 銃撃の音がして、俺とイルヴァのひと時を切り裂いたからだ。
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