やるかやられるか三日以内に決めてくれ

晩餐という名の顔みせは最後の夜に 二日目の夜

俺達の未来

　完全に茹った真っ赤なタコみたいになった九曜のお父様は、立ち上がるや俺の空の方の左腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。

　え？

「この子がちゃんと大学を出て独り立ちできるまで僕が面倒見ます！君はこの可愛い子の人生を邪魔をしないで一人で頑張りなさい。」

　え？ちょっと待って？
　俺は何が起きたのかと周囲を見回した。
　九曜は勿論埴輪みたいな顔になっている。
　蝶子も、真珠さんも、存在が小さくなって見える安曇だっても、皆何が起きたのか？という顔だ。

　しかし、ママさんだけは違った。
　物凄く嬉しそうな顔で自分の夫の脇に駆け付けると、夫の左肩に両手を添えるという可愛らしくも楚々としたそぶりを見せたのだ。
　その素振りに彼女の夫がさらに真っ赤になったそこで、夫の耳に囁くようにして信じられない言葉を囁いた。

「あなた素敵よ。私に可愛い子をありがとう。一緒に子育てをしましょうね。」

　お前ら、とんだ仲良しカップルだったじゃねえか。
　俺は無作法だろうが天野親父の腕を振りほどいた。

「俺をこれから食わせて面倒を見るのは、俺が許したこの九曜だけだよ！」

「本気で可愛いな。じゃあ、君に尋ねる。九曜は三年で別の土地へ異動して行く事になるだろう。その時に君は九曜についていくのか？では、君は何のために大学に通っているのかな？」

「警察庁に入るためかな。」

「ええ！空ったら！それじゃあ、本気で離れ離れじゃないの！」

「うるせえ、九曜！俺が好きなら遠距離ぐらい我慢しろ！」

　九曜は傷ついたように右手を自分の胸に当てた。
　俺達を前にしている九曜のタコ親父は、鼻でフフッと笑い、最初とは違う眼つきで俺をねめつけた。

「だったら、今だって別々に生活しても良いだろう？空くん？」

「いいや。新婚は出来る限り一緒にいるもんだ。倦怠期になった三年目ぐらいに遠距離を体験するのが一番かもよ。なあ、九曜？」

　左手を今だに俺の右手と絡めたままの男は、くっくと本気で嬉しそうに笑い声を立てると、繋いでいた俺の右手を持ち上げてキスするや俺を思いっきり自分の方へと引いた。
　俺は九曜の胸に背中を当てる感じに移動させられ、九曜は俺の手をようやくここで離すと、俺を離さないという風に両腕で俺を後ろから抱き締めた。

「親父。俺はもうちょっと頑張るよ。空の為に最高裁を狙う。空も警察庁で上に言ったら東京住まいだ。俺達は一生を誓い合ったからね、ねえ、空。一緒に東京に住めるように頑張ろうか。とりあえず三年はべったりだけど。」

　俺は俺を抱き締める九曜の腕に自分の手を添えた。
　カミングアウトし合った俺達にはこんなのは夢物語かもしれないが、俺達が二人いれば夢を見れるのだ。

「俺がどっかの県警本部長になったらどうする？」

「意地悪。そうだね、そうしたら弁護士になってその土地に住むか。」

「素敵な未来だね。俺はお前のお陰で未来を夢見られるようになれたんだね。」

　俺の後頭部に九曜の唇を感じた。
　あいしている、という囁きも。
　俺達は恐らく誰よりも幸せになりそうで、でも、孫という次代を九曜の両親に与えられないそこだけは申し訳ないと、九曜の両親を見返した。

　……泣いていた。
　スマートフォンを翳しながら。

「あの。」

「……尊い。」

「あ、ども。」

　天野家の盗撮癖は遺伝なのかもしれないな。