群青の時~ロックな人々すべてに捧ぐ!!

大前田善

文字の大きさ
1 / 9
群青の時~ロックな人々すべてに捧ぐ!!

#1 ロックな夜に

しおりを挟む
 いくえにも重なるスポットライトのなかを漂う非線形のタバコの煙と、白っぽい無数の微物。
 カウンターのうえに並べられたウイスキーやリキュール類のボトル。銀メッキされたシェーカーが放つ鋭い反射光と、蛍光に色づくカクテルグラスの液体。無音のまま放映されている、ストーンズの古いミュージックビデオ。
 化粧品や整髪料の刺激臭と、バニラに似た甘ったるいガラム煙草の匂い。観客たちそれぞれが発する、微かな体臭。
 ライブ直前の蠱惑的で、奇妙な静けさ。思い思いの期待感にざわめく薄暗い店内……ステージ上には、まるで縮尺された都市の夜景のように、さまざまな機器類の有色ランプが灯っている。赤、青、黄色の小さな点灯____ほの暗い闇のもとにひっそりと鎮まる、マーシャルのアンプ群。
 もうとっくに開演時刻はすぎているのに、なかなか「ダラス」のライブは始まろとしない。毎度のことながら、また何かハプニングか揉めごとがあって、そのために開演が押しているのだろうか?
 それはそれとしても、今日のライブ会場には、心なしか女の子の数が多いような気がする。ひょっとしたら、対バンに人気女性ボーカル率いる「ベッキー」が出演する予定だからかも知れない。あまり集客力のない、マニアックな正統派ロックバンドのダラスにとっては、自らを売り込む絶好のチャンスなのだが……。
 急な暗転と静寂。ライブハウス内のあらゆる照明とBGMが消され、そのかわりに開演を告げるラベルの『ボレロ』が大音量で流される。
 いよいよ、ダラスのライブがスタートする。
 しかしながら僕は、長ったらしい前時代的な音楽を聞かされているせいか、昂揚感よりもむしろじりじりとした焦燥感に襲われる。こんな悪趣味で、もったいぶったオープニングの演出を思いつくのは、きっとバンドリーダーの高梨遊行その人にちがいない。
 やがてメンバーの一人ひとりが無言劇の影となって舞台上に現れ、軽く楽器を鳴らしたり、チューニングを直したりして演奏の準備をする。けれども、この時点でメインボーカルの秀丸の姿は、どこにも見あたらない。
 闇のなかで、しだいに高まっていく四分の一拍子の旋律……その単調なリフレーンが最高潮に達したとき、突如として舞台奥で巨大なライトが明滅し、ふっつりと曲が途絶える。視覚を幻惑された僕は、大きなくしゃみをひとつする。
 そこにすかさずシンセサイザーの、無機質な電子音が響き渡る。ついで「でかい体で、細かい手数」を身上とするドラムのジャンボが素早くカウントを刻むと共に、高だかとスネアーを打ち鳴らす。
 と同時に、それに呼応して長めのストラップで低くギターを構えた片山翼が、細身の体を凛々しく上下動させながら、数小節にわたって高低のリフを反復する。
 突然、舞台全体がぱっと明るくなる。すると、その中心にはいつのまにかボーカルの秀丸が立っていて、長身で筋肉質の彼は数秒のあいだ扇情的なダンスをしてから、おもむろに歌い出す。
 最近のオープニング曲は、たいていこの『情熱の歌をあなたに』と決まっている。フェンダー社のテレキャスを胸高に抱いた小柄な高梨遊行は、問題児の秀丸が出だしになんのトラブルも起こさなかったことにしごくご満悦で、とり澄ました表情のままリズムを支援する。
(♪
 魅惑のビジネスウーマン
 愛を騙る堕天使
 金を集めて
 魂を忘れた

 僕は愛用の一眼レフのカメラを構え、ステージ上で展開されるダラスのパフォーマンスを接写する。ただ、被写体の主役は常に秀丸だけだ。
(♪
 Passion Play!
 無情の仲
 Passion Play!
 でも愛されたい
 Passion Play!
 愛されたい

 頭髪をちりちりのソバージュにしている片山は、その飴細工みたいなロングヘアーをふり乱して力強くガットを爪弾くなり、すぐさまエフェクターのペダルを踏んで長くエコーをかける。その残響が消えないうちに、ドラムのジャンボは若かりし頃のコージー・パウエルさながらに数パターンの変拍子を刻み、それに再びギターの翼がアーミングとチョーキングのスキルを駆使しつつ、ひずんだ音で心地よくレスポールをかき鳴らして応え、そのまま新曲の『クリスタル』へとつないでいく。
 彼女が新曲のイントロを軽快に弾奏しはじめたとたん、ダラスのコアなファンたちがいっせいに席を立ち、そのうちの何人かは低いステージの前に群がって踊り出す。
 僕はそんな予定調和的な乱痴気騒ぎには目もくれず、一瞬のまも逃さぬように秀丸の姿をカメラに撮りつづける。
 いったん演奏が終わって休息をかねたMCの時間になると、会場のあちこちから片山翼に向かって「ジミー」のかけ声が飛ぶ。むろん、「ジミー」とは伝説の名ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスではなく、彼女が敬愛してやまないレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジのほうだ。
 ところが、ボーカルの秀丸はひと言も喋らずに、ステージのうえでぬっと立ちつくしている。見かねたバンドリーダーの高梨がマイクを通して観客に挨拶したあと、口から出任せに瑣末な世間話をしながら、その場を少しでもなごませようと努める。
 しばらくそれを退屈そうに聞き流していた秀丸が、やおら背後に意味ありげな目配せをする。と、察しのいいドラムのジャンボは、待ってましたとばかりにハイハットのペダルを踏んでカウントする一方、即座にバスドラを叩いて次曲の序奏をはじめてしまう。
 泡を食った高梨は世間話もそこそこに、あたふたとベースを抱えて、なんとかそれに追いつこうと必死になる。
 ダラスのライブは、このあと『アジアの恋人たち』や『いつまでも』、『Pain in the Rain』といった往年の名曲をまじえて徐々に熱気を帯びてきたが、これからが佳境というところで、なぜか唐突に最後の曲目が告げられる。ふだんの演奏よりも三十分近く早い終演、まれに見る短時間ライブだ。
 もしかしたら、秀丸の繊弱な喉に何か支障が生じたのか、でなければ我がままな彼の単なる気まぐれにすぎないのか?
 いずれにせよ、最後の曲はもっかあるB級映画の劇伴に採用されそうな『今夜、月のもとへ』というタイトルのバラード。これがほんとうに本日のラストを飾る一曲……今夜の秀丸は、きっと客のアンコールにはいっさい応えないだろう。
(♪
 暗くなる
 光きらめくマーチね
 闇に抱かれ
 過ごした
 涙こぼれて
 夢を溶かした
 空のカ・ケ・ラ……

 Take,take me to the moon,
 tonight.
 Take,take me to the moon,
 tonight!

 大づめのギターソロでは、翼がインドの弦楽器____シタールの手技をベースにした指弾きでエキゾチックな演奏をすれば、それにつづいて秀丸が透明感のある柔らかな歌声を場内に響かせる。
(♪
 夜が明ければ 雨が降るよ
 優しい雨が
 羽を失くした地上の天使
 お目覚めだね……

 僕はカメラを手にしたまま、さりげなく観客席の反応を伺う。どの顔もほとんど知り合いばかりだから、みんな一様に満足そうな表情を浮かべている。
 今日のライブはそれなりに上手くいったし、もうこれぐらいで充分だろう……案の定、観客から何度となくアンコールの要請があったものの、ダラスのメンバーは誰ひとりとしてステージ上に戻って来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...