ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第二章・墓標に刻む者

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「<アウターガイア>のことは昨日話したな?」

 勇三は黙って頷いた。

「あの怪物のことは……聞くまでもないか」

 肯定するかわりに、コーヒーをもう一口すする。

「簡単にもう一度おさらいしておくか」霧子は勇三よりも、むしろ自分自身に聞かせるように言った。「まず戦後に着工、完成した<アウターガイア>に怪物……レギオンと呼ばれるやつらが出現したのがいまからちょうど三十年前。この国の政府ははじめ、国防任務として軍隊を配置した。動員された人数は全体のおよそ四割と言われている。これだけ大規模なものになったのは、大挙するレギオンの地上進出を阻止するためだった」

 勇三は昨夜の怪物の姿を思い浮かべた。あれが地上に現れたとき、起きるのはきっと戦闘ではなく虐殺だろう。

 霧子は続けた。

「軍隊の防衛線はそれから十年に渡って敷かれ続けた。これにどれだけの予算が必要になったか、想像できるか?」
「まあ、なんとなくは」

 頷きながら自分の知識を総動員する。
 水面下の事態で相手が人間ではないとはいえ、とどのつまりこれは戦争だ。その戦線を十年間休まずに維持するには、途方もない金額が必要になるだろう。
 それに途方もない労力と、それ以上に多くの人の命が。

「とんでもない事なんだろうな」
 霧子は頷くと、「十年。口で言うのは簡単だが、レギオンを相手に軍は瞬く間に疲弊していった。だが、そんな際限無く現れる敵に兵站や戦線を維持するのが難しくなってきたとき、とある企業が救済に名乗りをあげた」
「企業?」
「ああ。その企業は軍隊に代わって、独自に斡旋した兵士を使ってレギオンとの戦闘に乗り出したんだ」
「政府と会社はいわば契約関係にある。当然、表沙汰にはできない契約だが」

 あとをそう引き継いだのはトリガーだった。いまだに犬が人の言葉を喋る光景が信じられない。

「国は税金から捻出した莫大な金を融通し、会社はその金で兵士を雇っている。錬度や統率力こそ劣るものの、数だけなら軍隊のそれに匹敵する。なにより安い値段で扱えるのが政府にとっては大助かりだそうだ。軍隊だって元をたどれば自国民だからな。傭兵風情の命のほうがはるかに軽い」

 安値で取引される傭兵、それは自分の命を売り叩いているようなものなのだろう。
 危険をかえりみない……そう、二束三文の……

「<グレイヴァー>……」勇三は無意識のうちに口にしていた。
「そう、わたしたちのことだ」

 それきり沈黙が周囲を包みこんだ。気がつけばボサノバも鳴り止んでいる。
 ハロルドくんがやおら動いたかと思うと、オーディオを操作し始めた。ややあって、ピアノの伴奏に乗せて女性の歌声が流れ出す。

「傭兵ってやつか」
「PMCとも言うが……まあ事情が事情だ、なんとでも表現できるな。わたしたち<グレイヴァー>は会社を仲介して受注される政府からの依頼をこなして、その出来高で報酬を受け取っているんだ」
「昨日も、その依頼の真っ最中だったってことか?」
「そうだ」勇三の視線に霧子は目を伏せることなく答えた。「あのレギオンの撃破、それがわたしが受けた仕事だった。直前まで数は一体だけだとも確認されていたんだが……」

 勇三はなにも言わなかった。昨日の記憶はいまだに曖昧なままだ。
 その異変に気付いたのか、もともと神妙だった霧子の顔色がさらに深刻そうな色を帯びた。
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