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第三章・血斗
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だが、相手の行動のほうが早かった。
怪物は男の死体をだしぬけに解放すると、濡れそぼって半開きになった突起を地面へと近づけた。突起がさらに長く伸び、根元から波打つような蠕動を繰り返した。それから十文字の溝がわずかに開き、中からなにかが吐き出されていく。
ライトは地面に広がる血だまりと、怪物の突起で首から上を食い尽くされた死体を照らしていた。
その血だまりが大きくざわめいたかと思うと、無数の黒いなにかが死体を覆いつくしていく。
(子供だ)勇三の背中を、戦慄を伴った悪寒が駆け抜ける。(色は黒いし身体もかなり小さいけど、間違いなくあの母親の子供なんだ)
やがて目が馴れてくると、その何百、何千もの雛鳥と言うべきレギオンの幼生たちを見ることができた。幼生たちは互いに身を寄せ合い、大量の鳥の囀りのような音をたてながら死体に群がっている。あの中で人間の身体がどうなっているのか、考えたくもなかった。
それ自体がひとつの大きな生き物のような小さなレギオンの群れが、その一部を長く伸ばしていく。その先にいたのは、片腕を断たれた男と、ぴくぴくと痙攣を繰り返す男だった。
その先端が触れた瞬間、墨が染まっていくように負傷者たちの身体を群れが覆っていく。
幼生たちのたてる音を引き裂くように、男たちの絶叫が響き渡る。
勇三は歯を食いしばりながらライフルの照準を覗きこんだ。
だが、なにを狙えばいいのかわからなかった。
一撃で倒せるとは思えない母親か? それとも無数にいるその子供たちか?
射撃場で自分を見つめてきたトリガーの視線がよみがえり、勇三は舌打ちとともにライフルの銃口を下げた。
あたりを見回し、見張り台の隅へと駆け寄る。そこには足場を組んだときに余った廃材が積まれていた。
ライフル組み立ての訓練以上に、勇三は両手を必死で動かした。この際、見た目の出来不出来は関係ない、なによりも早さが重要だった。負傷者たちを助けに行くのが先か、それともレギオンたちが食いつくすのが先か。
ものの十数秒で作業を終えた勇三は、見張り台の上からフェンスを飛び越えた。
本当にこれでいいのか。地面に降りるわずかな時間のなかで逡巡したが、身体を丸めて転がるように着地したときには迷いを振り切っていた。
足を挫いてその場に這いつくばる、ということもなかった。もしそうなっていたら、レギオンの餌として自らの身を供することになっていただろう。
背後でヤマモトの静止する声があがるのとほとんど同時に、勇三はレギオンの群れへと駆け出していった。手にした即席の武器の先端から滴り落ちたしずくが、地面に点々と跡を残していく。
サーチライトが照らし出した光の島は、奥行き十メートルほどのものだった。その島を横切るようにこちらへやってきたのはスキンヘッドの男だった。血にまみれていない地肌の部分は青ざめており、両目の奥が恐怖で濁っている。
その向こうでは雛鳥たちが群がってできたふたつの小山が並んでいたが、勇三はそれを意識の外に弾き出した。スキンヘッドの男を追って、群れの一部がこちらに近づいてきていたからだ。
(これでいいのか)ポケットに空いた手をねじ込むなか、疑念がちらりとよぎる。(こんな間に合わせの道具で上手くいくのか。もしかしたら、こいつらには通用しないのかもしれない)
近づくにつれ、群れの詳細な動きまでがわかるようになった。
それはまるで小さな津波とでも言えるかのように、互いの身体を折り重ね、乗り越えながらこちらへと近づいてきている。
ポケットから取り出したのは古ぼけたマッチ箱だった。先ほどの巡回のとき、くすねていたものだった。
もしもこの中身がマッチなどではなく、がらくただったら。よしんばマッチが入っていたとして、湿気て火がつかなかったら。
そうした可能性が恐慌を引き連れ、思考をわしづかみにしようとしてくる。
はたして、引き出した小部屋には最後の一本が残っていた。
もともとは白かったであろう頭薬は、経年で色褪せているように見えた。だが迷っている暇はない。
勇三はマッチを摘まみあげ、その頭を箱の側面で擦った。
怪物は男の死体をだしぬけに解放すると、濡れそぼって半開きになった突起を地面へと近づけた。突起がさらに長く伸び、根元から波打つような蠕動を繰り返した。それから十文字の溝がわずかに開き、中からなにかが吐き出されていく。
ライトは地面に広がる血だまりと、怪物の突起で首から上を食い尽くされた死体を照らしていた。
その血だまりが大きくざわめいたかと思うと、無数の黒いなにかが死体を覆いつくしていく。
(子供だ)勇三の背中を、戦慄を伴った悪寒が駆け抜ける。(色は黒いし身体もかなり小さいけど、間違いなくあの母親の子供なんだ)
やがて目が馴れてくると、その何百、何千もの雛鳥と言うべきレギオンの幼生たちを見ることができた。幼生たちは互いに身を寄せ合い、大量の鳥の囀りのような音をたてながら死体に群がっている。あの中で人間の身体がどうなっているのか、考えたくもなかった。
それ自体がひとつの大きな生き物のような小さなレギオンの群れが、その一部を長く伸ばしていく。その先にいたのは、片腕を断たれた男と、ぴくぴくと痙攣を繰り返す男だった。
その先端が触れた瞬間、墨が染まっていくように負傷者たちの身体を群れが覆っていく。
幼生たちのたてる音を引き裂くように、男たちの絶叫が響き渡る。
勇三は歯を食いしばりながらライフルの照準を覗きこんだ。
だが、なにを狙えばいいのかわからなかった。
一撃で倒せるとは思えない母親か? それとも無数にいるその子供たちか?
射撃場で自分を見つめてきたトリガーの視線がよみがえり、勇三は舌打ちとともにライフルの銃口を下げた。
あたりを見回し、見張り台の隅へと駆け寄る。そこには足場を組んだときに余った廃材が積まれていた。
ライフル組み立ての訓練以上に、勇三は両手を必死で動かした。この際、見た目の出来不出来は関係ない、なによりも早さが重要だった。負傷者たちを助けに行くのが先か、それともレギオンたちが食いつくすのが先か。
ものの十数秒で作業を終えた勇三は、見張り台の上からフェンスを飛び越えた。
本当にこれでいいのか。地面に降りるわずかな時間のなかで逡巡したが、身体を丸めて転がるように着地したときには迷いを振り切っていた。
足を挫いてその場に這いつくばる、ということもなかった。もしそうなっていたら、レギオンの餌として自らの身を供することになっていただろう。
背後でヤマモトの静止する声があがるのとほとんど同時に、勇三はレギオンの群れへと駆け出していった。手にした即席の武器の先端から滴り落ちたしずくが、地面に点々と跡を残していく。
サーチライトが照らし出した光の島は、奥行き十メートルほどのものだった。その島を横切るようにこちらへやってきたのはスキンヘッドの男だった。血にまみれていない地肌の部分は青ざめており、両目の奥が恐怖で濁っている。
その向こうでは雛鳥たちが群がってできたふたつの小山が並んでいたが、勇三はそれを意識の外に弾き出した。スキンヘッドの男を追って、群れの一部がこちらに近づいてきていたからだ。
(これでいいのか)ポケットに空いた手をねじ込むなか、疑念がちらりとよぎる。(こんな間に合わせの道具で上手くいくのか。もしかしたら、こいつらには通用しないのかもしれない)
近づくにつれ、群れの詳細な動きまでがわかるようになった。
それはまるで小さな津波とでも言えるかのように、互いの身体を折り重ね、乗り越えながらこちらへと近づいてきている。
ポケットから取り出したのは古ぼけたマッチ箱だった。先ほどの巡回のとき、くすねていたものだった。
もしもこの中身がマッチなどではなく、がらくただったら。よしんばマッチが入っていたとして、湿気て火がつかなかったら。
そうした可能性が恐慌を引き連れ、思考をわしづかみにしようとしてくる。
はたして、引き出した小部屋には最後の一本が残っていた。
もともとは白かったであろう頭薬は、経年で色褪せているように見えた。だが迷っている暇はない。
勇三はマッチを摘まみあげ、その頭を箱の側面で擦った。
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