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第三章・血斗
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Ⅹ
「行かなくていいのか?」目の前で霧子がそう訊ねてくる。「もう時間だろう。遅刻するぞ」
勇三が答えるまえに、通学路の先に友人たちがあらわれていた。
「早く行こうぜ」啓二が言う。
「勇三の叔母さんの料理は人気だからな」輝彦が言う。
「おまけの七面鳥のおもちゃももらえるらしいよ」広基が言う。
頷いて一歩を踏み出そうとした瞬間、勇三は食卓にひとりでついていた。
目の前には巨大なまな板の上に乗った、これまた巨大なオムライスが湯気をたてていた。
(食べなきゃ)
疑いもしないまま、勇三はすぐそばに置いてあるナイフを持ち上げた。よく見ると、刃先がひどく錆びている。
オムライスにかかった大量のケチャップが滴り、平坦なまな板から垂れて白いテーブルクロスを汚していく。
気がつけば、手にしたナイフにケーキのように切り取ったオムライスが刺さっていた。覗いた赤い米粒の隙間からなにかが突き出ている。ブーツを履いたそれは、切り落とされた誰かの片脚だった。
(もう片方はどこにあるんだろう?)
食事を進めていると、なにかが膝に触れた。
トリガーだろうか……ビールでも飲ませてやろうとテーブルクロスの下を覗きこむ。
そこにいたのはスキンヘッドの男だった。
膝から下の両脚を断たれ、血まみれになった床で身を起こしながら勇三の膝をつかんでいた。
ぼり、ぼり。
あの音が耳の奥でよみがえる。響いてきたのは、自分の口の中からだった。
舌で押し出すと、口の中から飛び出してきたのはもう片方の脚だった。ブーツを履いて、滑らかな断面をさらしている。
スキンヘッドの男の顔は、勇三の両膝のあいだにおさまっていた。苦悶どころか一切の表情が無く、紙のように白くなった顔から落ちくぼんだ眼でこちらをじっと見つめてくる。
「返してくれ」通じないはずの言葉が、男の閉じた口からあがる。「おれの脚。返してくれ」
食卓のオムライスはすでに熱を失っていた。三角形に切り取られた中身から、赤い米粒がかすかにうごめいている。
その正体は勇三が殺した怪物の子供たちだった。炎に焼かれ、甲高い断末魔を絶えずあげている。
その場から逃げ出そうにも、椅子から立ち上がることができない。
テーブルの下にいるスキンヘッドの男だけではない。いまやまわりを取り囲んでいた霧子や友人たちまでもが、勇三を見つめていた。
いたるところから炎が上がる。怪物の子供たちを包んでいた火があちこちに燃え移ったのだ。
もはや卓上の料理は、灰と煤のようなおびただしい数の死体へと変貌していた。うずたかく山を成すその中からなにかが突き出す。
頭上に伸びた墓標のようなそれは、いまにも振り下ろされんとする怪物の刃だった。
「行かなくていいのか?」目の前で霧子がそう訊ねてくる。「もう時間だろう。遅刻するぞ」
勇三が答えるまえに、通学路の先に友人たちがあらわれていた。
「早く行こうぜ」啓二が言う。
「勇三の叔母さんの料理は人気だからな」輝彦が言う。
「おまけの七面鳥のおもちゃももらえるらしいよ」広基が言う。
頷いて一歩を踏み出そうとした瞬間、勇三は食卓にひとりでついていた。
目の前には巨大なまな板の上に乗った、これまた巨大なオムライスが湯気をたてていた。
(食べなきゃ)
疑いもしないまま、勇三はすぐそばに置いてあるナイフを持ち上げた。よく見ると、刃先がひどく錆びている。
オムライスにかかった大量のケチャップが滴り、平坦なまな板から垂れて白いテーブルクロスを汚していく。
気がつけば、手にしたナイフにケーキのように切り取ったオムライスが刺さっていた。覗いた赤い米粒の隙間からなにかが突き出ている。ブーツを履いたそれは、切り落とされた誰かの片脚だった。
(もう片方はどこにあるんだろう?)
食事を進めていると、なにかが膝に触れた。
トリガーだろうか……ビールでも飲ませてやろうとテーブルクロスの下を覗きこむ。
そこにいたのはスキンヘッドの男だった。
膝から下の両脚を断たれ、血まみれになった床で身を起こしながら勇三の膝をつかんでいた。
ぼり、ぼり。
あの音が耳の奥でよみがえる。響いてきたのは、自分の口の中からだった。
舌で押し出すと、口の中から飛び出してきたのはもう片方の脚だった。ブーツを履いて、滑らかな断面をさらしている。
スキンヘッドの男の顔は、勇三の両膝のあいだにおさまっていた。苦悶どころか一切の表情が無く、紙のように白くなった顔から落ちくぼんだ眼でこちらをじっと見つめてくる。
「返してくれ」通じないはずの言葉が、男の閉じた口からあがる。「おれの脚。返してくれ」
食卓のオムライスはすでに熱を失っていた。三角形に切り取られた中身から、赤い米粒がかすかにうごめいている。
その正体は勇三が殺した怪物の子供たちだった。炎に焼かれ、甲高い断末魔を絶えずあげている。
その場から逃げ出そうにも、椅子から立ち上がることができない。
テーブルの下にいるスキンヘッドの男だけではない。いまやまわりを取り囲んでいた霧子や友人たちまでもが、勇三を見つめていた。
いたるところから炎が上がる。怪物の子供たちを包んでいた火があちこちに燃え移ったのだ。
もはや卓上の料理は、灰と煤のようなおびただしい数の死体へと変貌していた。うずたかく山を成すその中からなにかが突き出す。
頭上に伸びた墓標のようなそれは、いまにも振り下ろされんとする怪物の刃だった。
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