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第三章・血斗
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Ⅺ
勇三が目を覚ましたのは悪夢にうなされたからではなく、廊下から窓ガラスの割れるけたたましい音が鳴り響いたからだった。
急激な覚醒をした神経は、暗闇のなかで極限まで研ぎ澄まされていた。マットレスのうえを浮遊する小さなちりさえも感じ取れそうだった。
遠くから響く散発的な銃声も聞こえてくる。
緊張が胸の中で鼓動に変わり、一気に高鳴った。すぐに靴を履いて上着をはおり、そっと廊下の様子を窺う。
ドアを開けたせいだろう、ふたたびあがる銃声がよりはっきりと聞こえた。その断続的な音とともに、どこからか間延びした風鳴りもした。まるで建物全体が巨大な空洞となり、死に瀕した最期の呼吸をしているようだ。
背筋が冷えるのを感じながら部屋を出ると、勇三は壁に身を預けるようにして音のするほうへと進んだ。
風鳴りの原因はすぐにわかった。廊下を少し進んだ先で、広場側に面した窓ガラスが一枚割れていたのだ。
窓枠に残された破片が、外の風景をぎざぎざに切り取っている。窓を開けると、そうして残っていた破片も外れ落ちた。
肩越しに窺うように、窓の外を見る。
地下世界を吹きすさぶ風が火薬のつんとしたにおいとともに、甘く、吐き気を催すような香りを運び込んでくる。
覗きこんだ二階の窓の真下、タイル張りの地面の上でドーズが死んでいた。
仰向けに横たわった彼の周囲には、大輪の花を思わせる血しぶきが広がっている。
取り乱しこそしなかったものの、こちらを見上げてくるドーズの虚ろな瞳から目を離すことができない。
そのままたっぷり十秒ほど硬直していただろうか、勇三は窓際からそっと離れると、ふたたび前進を始めた。
屋外では、いまなお銃声が響いていた。
足が食堂に向いたのは、休んでいた部屋からそこまで離れていなかったからか。それともそこに、誰かがいてくれると期待したからか。
はたして食堂に生きている人間は誰もおらず、唯一無線機のマイクを握ったまま、ヘザーが部屋の中央で倒れていた。
誰かと連絡を取り合っている様子はない。彼もまた、事切れていたからだ。
電源がついたままの無線機だけが、この部屋で唯一生きている存在と言えた。周囲をぼんやりと照らすディスプレイの光に包まれたヘザーの亡骸を残して、勇三は冷たく熱を失った部屋をあとにした。
階段をおりて次に向かったのは医務室だった。
(やめておけ)わずかに働いていた理性が囁く。(部屋の様子を見てみろ。今度こそおまえはまいっちまうぞ)
だがその声に逆らって、勇三はドアを開けた。
予想通りと言える光景を目に、勇三はドアノブを握ったままその場に立ち尽くした。
マットレスに横になったスキンヘッドの男は安らかに目を閉じていた。それが投与された鎮静剤のおかげでないことは、ざっくりと切られた喉元から流れ、シーツを赤黒く染めた血を見ればあきらかだった。
勇三はやっとの思いでドアノブから手をひきはがすと、医務室の中へと進んだ。男の傍らで立ち止まり、しゃがみこんで額に触れる。
男の身体はすでに氷のように冷え切っており、触れたそばから手の平の熱を吸い取っていった。
勇三が目を覚ましたのは悪夢にうなされたからではなく、廊下から窓ガラスの割れるけたたましい音が鳴り響いたからだった。
急激な覚醒をした神経は、暗闇のなかで極限まで研ぎ澄まされていた。マットレスのうえを浮遊する小さなちりさえも感じ取れそうだった。
遠くから響く散発的な銃声も聞こえてくる。
緊張が胸の中で鼓動に変わり、一気に高鳴った。すぐに靴を履いて上着をはおり、そっと廊下の様子を窺う。
ドアを開けたせいだろう、ふたたびあがる銃声がよりはっきりと聞こえた。その断続的な音とともに、どこからか間延びした風鳴りもした。まるで建物全体が巨大な空洞となり、死に瀕した最期の呼吸をしているようだ。
背筋が冷えるのを感じながら部屋を出ると、勇三は壁に身を預けるようにして音のするほうへと進んだ。
風鳴りの原因はすぐにわかった。廊下を少し進んだ先で、広場側に面した窓ガラスが一枚割れていたのだ。
窓枠に残された破片が、外の風景をぎざぎざに切り取っている。窓を開けると、そうして残っていた破片も外れ落ちた。
肩越しに窺うように、窓の外を見る。
地下世界を吹きすさぶ風が火薬のつんとしたにおいとともに、甘く、吐き気を催すような香りを運び込んでくる。
覗きこんだ二階の窓の真下、タイル張りの地面の上でドーズが死んでいた。
仰向けに横たわった彼の周囲には、大輪の花を思わせる血しぶきが広がっている。
取り乱しこそしなかったものの、こちらを見上げてくるドーズの虚ろな瞳から目を離すことができない。
そのままたっぷり十秒ほど硬直していただろうか、勇三は窓際からそっと離れると、ふたたび前進を始めた。
屋外では、いまなお銃声が響いていた。
足が食堂に向いたのは、休んでいた部屋からそこまで離れていなかったからか。それともそこに、誰かがいてくれると期待したからか。
はたして食堂に生きている人間は誰もおらず、唯一無線機のマイクを握ったまま、ヘザーが部屋の中央で倒れていた。
誰かと連絡を取り合っている様子はない。彼もまた、事切れていたからだ。
電源がついたままの無線機だけが、この部屋で唯一生きている存在と言えた。周囲をぼんやりと照らすディスプレイの光に包まれたヘザーの亡骸を残して、勇三は冷たく熱を失った部屋をあとにした。
階段をおりて次に向かったのは医務室だった。
(やめておけ)わずかに働いていた理性が囁く。(部屋の様子を見てみろ。今度こそおまえはまいっちまうぞ)
だがその声に逆らって、勇三はドアを開けた。
予想通りと言える光景を目に、勇三はドアノブを握ったままその場に立ち尽くした。
マットレスに横になったスキンヘッドの男は安らかに目を閉じていた。それが投与された鎮静剤のおかげでないことは、ざっくりと切られた喉元から流れ、シーツを赤黒く染めた血を見ればあきらかだった。
勇三はやっとの思いでドアノブから手をひきはがすと、医務室の中へと進んだ。男の傍らで立ち止まり、しゃがみこんで額に触れる。
男の身体はすでに氷のように冷え切っており、触れたそばから手の平の熱を吸い取っていった。
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