ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第三章・血斗

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 ぐずぐずはしていられなかったが、勇三は最後にもう一度本館を振り返った。死んでいった者たちへのはなむけのつもりだった。
 それから手近な円柱のかげに身を隠し、広場を覗き込む。

 勇三はようやくそこで、自分が取り返しのつかないミスをしていることに気がついた。彼はいま丸腰だったのだ。

 ライフルはおろか、衝撃共振装置付きのグローブも無い。

 最後にこれらを身に着けていたのはいつだったのか。疲労で記憶が切れ切れになっており、うまく思い出せない。意味も無く周囲を見まわしたが、当然武器になりそうなものはひとつもなかった。

 狂おしいまでの焦燥にかられながら、勇三は身を守れそうなものが近くにないかを考えた。
 ふたたび巡らせた視線が、ある一点で止まる。正面ゲートの脇、昨日組み直したばかりの見張り台だ。あそこには『ウィリー』がある。

 ひらけた広場を横切るのは、とんでもなく危険なことに思えた。しかし勇三に残された手段はそれだけしかなかった。

 息が続く限り全力で駆けよう、そう足を踏み出したそのとき、背後に突如あらわれた何者かに羽交い絞めにされた。

 恐怖と混乱の中、自分を拘束している男がなにかを喚き散らしているのが聞こえる。
 そのまま煌々と明かりの灯る広場の中心にまで引きずられると、勇三は格闘技の首投げの要領で乱暴に地面へと叩きつけられた。衝撃で肺が絞りあげられ、息が止まる。
 仰向けの姿勢で逆さまになった視界の中、見張り台がはるか遠く、数キロも先にあるように思えた。

 足元のほうで叫び声があがる。身を起こすと<デッドマンズ・ウォーカー>のリーダー、あのサングラスの男が拳銃を振りかざしながら不明瞭な言葉をまくしたてていた。その口調は 勇三が英語を理解できるかどうか以前の段階で、もはや言語の体をなしていない。そのことから、彼がなにかに怒り、同時に正気を失っているのがわかった。

「なにを……」

 そう言って立ち上がりかけた勇三に、男が銃を向ける。サングラスをかなぐり捨て、銃口の向こうに恐怖で濁った両目があらわれる。仲間の身体から噴き出たのを頭から浴びでもしたのか、錆びたような色合いに変わった金髪から血が滴っていた。

 勇三は中腰の姿勢のまま、映画などで得た知識から見よう見真似で両手をゆっくり持ち上げた。

「やめてくれ……」

 男を刺激しないよう、目を伏せて説得する。
 人面竜を倒したときの凶暴さをここで解き放ちたくはなかったし、自分のを試してみるつもりもなかった。ここで正気を失ったら、すべて取り返しのつかないことになってしまうと予感したからだ。

 だが男は、すでに勇三に興味を示していなかった。
 銃を握りしめながら、両手を下からすくいあげた水浴びのような動作をしている。充血して見開いた目は広場の外に広がる暗闇を見据え、深淵に向かってなにかを叫んでいる。

 男が誰かにここへ来るように伝えているのはあきらかだった。そしてほとんどの仲間が死に絶えたいま、その対象はひとり……いや、ひとつしかない。
 男はこの惨状を作り出したあのレギオンを呼び出しているのだ。挑発し、おびき寄せ、決着をつけるため、仲間の仇を討つため……そしてあわよくば、自分だけは生き残るため。

 さらに勇三はもうひとつ思い至った。それはこの場における、自分が課せられた役割のようなものについてだった。
 この男は、丸腰の勇三を餌に使おうとしているのだ。あの七面鳥が食らいついた瞬間を狙って、勇三ごと仕留める算段なのだろう。

 だが極度の恐慌状態に陥っているせいか、男の行動は穴だらけだった。
 もしもそうした考えがあるのなら、縄で縛るなりして動けなくした勇三をこの場に孤立させ、自分はどこかに身を隠すべきなのかもしれない。にも関わらず、男は錯乱した状態で叫び続けるばかりであった。

 そしてその冷静さを欠いた行動が、決定的な隙を生んだ。
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