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第三章・血斗
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自分の声がかき消していたせいか、男が怪物の存在に気づくことはなかった。
だが勇三ははっきりと、男の肩越しに音もなくあらわれた怪物の巨大な影を見た。
男には声をあげる時間も与えられなかった。
ようやく気配を感じ取った男が振り返ると同時に、怪物も動いた。眼窩の骨を割る音とともに、刃が右目に突き刺さる。
怪物はそのまま、片手一本で男の身体を持ち上げた。自重により刃が頭蓋内へとさらに深く潜り込み、遂には後頭部を貫いて飛び出す。
興奮状態にあった男の身体が小刻みに何度か震えたあと、びくりと大きく痙攣した。硬直した指が引き金を絞り、発射された弾丸が勇三のそばの地面にめりこむ。
それを最後に、<デッドマンズ・ウォ-ク>の男は動かなくなった。
怪物が片手をひと振りすると、反動で貫かれた男の死体が宙を舞う。全身に浴びた血をまき散らしながらトラックの横っ腹に激突して地面に横たわると、男の穴の空いた右目から緩んだ蛇口のようにどろりとした液体がこぼれ出した。
怪物が勇三に向きなおる。
勇三もまたすでに立ち上がっており、正面から対峙した。
巨大だった。前傾姿勢をとっているにも関わらず、相手の体高は少なくとも三メートル近くある。
怪物はその身をさらに低くかがめると、両肩のあいだにある突起を近づけてきた。先端の割れ目がわずかに開いて悍ましい牙が覗くと、腐敗と死を連想させる悪臭が鼻をつく。
怪物はその巨体と骨を砕くあごに加えて、強靭な両脚と血に飢えた両腕の刃を持っている。
対して勇三はまったくの丸腰だった。
(ちくしょう!)がちがちと鳴る歯を無理矢理に食いしばり、勇三は涙がにじむ目で敵を見た。(ちくしょう! やれるもんならやってみろ!)
先ほど男を仕留めたときと同じように、怪物が手を振り上げる。
勇三が身構えたそのときだった。
「よけろ!」
突如発せられた声に、勇三は怪物から遠ざかるよう反射的に身をひるがえした。いきおいそのままに地面を転がりはじめた直後、背後で銃の連射音と、弾丸がレギオンの肉にくいこむ音とが混ざり合って聞こえた。
「走れ!」
どこへ、とは訊かなかった。自分が目指すべき場所ははじめから決まっていたからだ。
見張り台に向かって広場を全力で駆け抜ける。
背後でまた銃声がしたが、今度は手傷を負わせる鈍い音はせず、代わりに金属同士がぶつかりあうような高音が響いた。
飛びつくように見張り台をよじ登った勇三は、目の前の『ウィリー』にとりすがった。台座ごと持ち上げ、敷地外を睨んでいた銃口を広場のほうへと向ける。置きなおした拍子に三脚の一本が見張り台から落ちそうになったところを、慌ててもちなおす。
銃把を握った直後に弾が装填されていないことに気づいた。舌打ちをしながら脇に置かれた箱から、油紙をむしりとって中身の弾帯を引きずり出す……一発ごとにクリップで留められた、アクション映画などで筋骨隆々の男が裸の身体に巻きつけている代物だ。
もどかしさを抑えながらベルトの端を『ウィリー』の銃身に押し込むと、コッキングレバーを引いて弾丸を中へ送り込む。
ふたたび発射レバーを両手でそれぞれ握り、照準を覗く。そして十五メートル先の距離に声の主であり、自分を窮地から救ってくれたもうひとりの生き残りの姿を見た。
「ヤマモトさん!」勇三は思わず叫んだ。
しかしヤマモトは応じず、怪物に銃弾を放ち続けていた。
だが勇三ははっきりと、男の肩越しに音もなくあらわれた怪物の巨大な影を見た。
男には声をあげる時間も与えられなかった。
ようやく気配を感じ取った男が振り返ると同時に、怪物も動いた。眼窩の骨を割る音とともに、刃が右目に突き刺さる。
怪物はそのまま、片手一本で男の身体を持ち上げた。自重により刃が頭蓋内へとさらに深く潜り込み、遂には後頭部を貫いて飛び出す。
興奮状態にあった男の身体が小刻みに何度か震えたあと、びくりと大きく痙攣した。硬直した指が引き金を絞り、発射された弾丸が勇三のそばの地面にめりこむ。
それを最後に、<デッドマンズ・ウォ-ク>の男は動かなくなった。
怪物が片手をひと振りすると、反動で貫かれた男の死体が宙を舞う。全身に浴びた血をまき散らしながらトラックの横っ腹に激突して地面に横たわると、男の穴の空いた右目から緩んだ蛇口のようにどろりとした液体がこぼれ出した。
怪物が勇三に向きなおる。
勇三もまたすでに立ち上がっており、正面から対峙した。
巨大だった。前傾姿勢をとっているにも関わらず、相手の体高は少なくとも三メートル近くある。
怪物はその身をさらに低くかがめると、両肩のあいだにある突起を近づけてきた。先端の割れ目がわずかに開いて悍ましい牙が覗くと、腐敗と死を連想させる悪臭が鼻をつく。
怪物はその巨体と骨を砕くあごに加えて、強靭な両脚と血に飢えた両腕の刃を持っている。
対して勇三はまったくの丸腰だった。
(ちくしょう!)がちがちと鳴る歯を無理矢理に食いしばり、勇三は涙がにじむ目で敵を見た。(ちくしょう! やれるもんならやってみろ!)
先ほど男を仕留めたときと同じように、怪物が手を振り上げる。
勇三が身構えたそのときだった。
「よけろ!」
突如発せられた声に、勇三は怪物から遠ざかるよう反射的に身をひるがえした。いきおいそのままに地面を転がりはじめた直後、背後で銃の連射音と、弾丸がレギオンの肉にくいこむ音とが混ざり合って聞こえた。
「走れ!」
どこへ、とは訊かなかった。自分が目指すべき場所ははじめから決まっていたからだ。
見張り台に向かって広場を全力で駆け抜ける。
背後でまた銃声がしたが、今度は手傷を負わせる鈍い音はせず、代わりに金属同士がぶつかりあうような高音が響いた。
飛びつくように見張り台をよじ登った勇三は、目の前の『ウィリー』にとりすがった。台座ごと持ち上げ、敷地外を睨んでいた銃口を広場のほうへと向ける。置きなおした拍子に三脚の一本が見張り台から落ちそうになったところを、慌ててもちなおす。
銃把を握った直後に弾が装填されていないことに気づいた。舌打ちをしながら脇に置かれた箱から、油紙をむしりとって中身の弾帯を引きずり出す……一発ごとにクリップで留められた、アクション映画などで筋骨隆々の男が裸の身体に巻きつけている代物だ。
もどかしさを抑えながらベルトの端を『ウィリー』の銃身に押し込むと、コッキングレバーを引いて弾丸を中へ送り込む。
ふたたび発射レバーを両手でそれぞれ握り、照準を覗く。そして十五メートル先の距離に声の主であり、自分を窮地から救ってくれたもうひとりの生き残りの姿を見た。
「ヤマモトさん!」勇三は思わず叫んだ。
しかしヤマモトは応じず、怪物に銃弾を放ち続けていた。
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