ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第三章・血斗

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 ヤマモトもまた消えた怪物の姿を探していた。
『ウィリー』が撃ち込まれたとき、反射的に目を閉じてしまった一瞬のあいだにどこかへ消えていたのだ。

 まだ遠くには行っていないはずだ。ヤマモトは思った。なぜならやつは、自分たち全員を殺さないと気が済まないからだ。

 ヤマモトは広場を見、『ウィリー』を構える勇三を見、地面に転がる死体を見た。
 死体のちぎれた喉元からは新たに血が流れており、地面をゆっくりと広がっている。
 その鏡のようになった表面に反射して、トラックの幌の上で身じろぎする大きな影が見えた。唇を引き結んで手にしたリボルバーを振り上げると、ヤマモトは狙いを定めた場所に銃弾を撃ち込んだ。

 しかし怪物のほうが一瞬早く、その太い両脚でふたたび宙を舞っていた。
 体高三メートル以上の巨体が、向かってくる弾丸とそれを放ったヤマモトの頭上を飛び越えていく。
 白銀の輝きが瞬く。咄嗟に身をかわそうとしたヤマモトの右肩になにかが食い込み、そのまま鎖骨と数本のあばら骨ごと肉を切り裂いていく。

 怪物が空中で身をひるがえして刃で切りつけてきたのだとわかった瞬間には、ヤマモトは地面に倒れ込んでいた。自由の利く左手で身体を支えて起き上がろうとするが、息苦しさが奔流となって襲いかかり、力が抜けてふたたび崩れ落ちる。その拍子に切り裂かれた右肩あたりから脇腹までが、バナナの皮のようにべろりと剥がれ落ちた。

 激痛が遅れてやってくる。だがヤマモトには、この脳がスパークするような感覚がかえってありがたかった。少なくとも、いますぐ気を失って成す術もなく殺されることだけは避けられるからだ。

 背後に怪物が立っていることは、街灯の明かりが落とした影からすぐにわかった。ヤマモトはその影の中から出るように、左腕と両脚を使ってゆっくりと這っていった。
 目の前に横たわるサングラスの男の死体までの距離が、数キロ先のように感じる。傷口から、風船が萎むような音とともに血が噴き出す。きっと肺が片方破れているのだろう。

 自分の身体にできた想像したくもない傷口を抱えながら男の死体のそばにたどり着いたころには、血液と熱がほとんど失われているように感じた。
 すぐそばのトラックの前輪に手をかけて身を起こし、そこにもたれかかる。

 振り返った目と鼻の先に、追いついてきた怪物が立っていた。街灯の光を背にしたその姿から、憎しみと怒りが発散されていることがわかる。

「やれよ」ヤマモトは言った。「ほら、さっさとやってみろ……すぐに済むんだろ」

 怪物はその言葉に応えるように動物のような唸り声をあげると、刃を振り上げた。切っ先が閃き、直線的な軌道を描く。
 しかし刃が切り裂いたのはヤマモトの右頬と耳朶だけだった。首を傾げるように最小限の動きだけで、彼は怪物の攻撃をかわしたのだった。

「動きが単調なんだよ、おまえら」

 左手の拳銃から低い銃声が二度あがる。放たれた弾丸は、怪物の両膝を正確に撃ち抜いていた。
 怪物の身体が大きく傾いたのと同時に、刃が刺さっていた車体から抜けていく。切っ先ではヤマモトの血と、強いにおいを放つ透明の液体とが混ざりあっていた。
 切っ先だけではない、透明の液体は背後のタンクからも流れ出していた。

「まさか、うまくいくとはな」その口元で笑みがよみがえる。「この匂いに気づかないのも無理ないな。おまえ、ひでえ臭いだぜ」

 身を起こして立ち上がったヤマモトは怪物の横を通り抜けた。よろめく巨体越しに、車体から迸る透明な液体……ガソリンは、男性十二人をここまで運んできたあとでもじゅうぶんな量が残っていた。
 徐々に視界が暗くなっていくなか、ヤマモトは最後の力を振りしぼり引き金を引いた。

 弾丸が地面を跳ねて火花を散らす。
 うまく燃え移らないのではという疑念が浮かぶよりも先に火の手があがり、奔流のなかをさかのぼっていった。

 直後にトラックが内側から破裂した。

 大音量を轟かせながら、爆風が業火と車両の破片をまき散らしていく。その衝撃に翻弄されるように、ヤマモトは軽々と宙へと投げ出さたのちに激しく地面へと叩きつけられた。

 今度こそ視界が闇に覆われていった。
 意識を失う前、彼が最後に見たのは炎に包まれた怪物の姿だった。
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