ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ

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 入院中、トリガーが一度だけ見舞いに訪れた。
 退院の目途が立った頃にやってきた唯一の見舞客だったが、勇三にとって歓迎できる相手とは言えなかった。

 数日ぶりに目にしたトリガーの姿は、悪い記憶を呼び起こすにはじゅうぶんな存在だった。
 勇三が身体に負った怪我は打ち身と擦り傷程度のものだったが、いっぽうで心には深い傷ができていた。

「なんで、おまえがここにいるんだよ……」悪夢のような物思いから目覚め、勇三はそう言った。「なんの用だよ」
「見舞いだ」トリガーがにべも無く言う。「高岡からようやくおまえの入院先を訊き出すことができてな。ここは<特課>……つまり政府が管理する病院のうちのひとつで、情報開示にも制限がかかっていたんだ」
「そうかよ」

 勇三はトリガーに背中を向けて横になりながら、この病院の医師や看護師が妙に事情に詳しいことに得心もしていた。同時に、そのどこかよそよそしい態度にも。
 協力関係にあろうと、<グレイヴァー>という物騒な存在は政府にとっては厄介な存在に変わりはない。いわばこの病院はその縮図だ。
 不意にいま寝転んでいるこのベッドにも居心地の悪さを感じ、勇三は数日後の退院日を待ち遠しく思った。

「ずいぶん遅くなってしまったな」勇三の背中にトリガーが言葉をかける。「ここの入院費だが、高岡の計らいで<特課>が負担してくれるそうだ。だからおまえは安心して――」
「安心しろだって?」勇三は身を起こしてトリガーを振り返った。足にからみついてくるシーツの存在がもどかしい。「おれが金のことなんかを心配してるとでも思ったのかよ? 遅くなっただって? いまさらよくそんなことが言えたな。人がたくさん死んだんだぞ! 良い奴も嫌な奴も……ヤマモトさんもドーズもヘザーもみんな死んだんだ! おれだけが生き残った。なんなんだよ……あんな訓練したって、なんの役にも立たねえじゃねえか!」

 トリガーは黙ったまま、息を荒らげる勇三を見つめてきた。それからかすかに頷く。

「彼らが死んだのは残念だ、古い付き合いだったからな。だが、みんな後悔はないはずだ。自分の意志で戦い、そして死んでいったからだ。だがおまえはそうじゃない。望まずにここへ来てしまった。だからおれたちはできるかぎりのことを――」

 トリガーの言葉は、勇三が床に叩きつけた花瓶によって遮られた。陶器の割れるけたたましい音が響き、破片と水と、看護士たちがおざなりに生けたコスモスの花が飛び散る。

「出直すとしよう」花びらが床に広がる水面の上を流れるなか、トリガーは病室の出口へと向かった。「おまえの退院まで都合がつかなかった場合は、店で待ってる」
「二度と行くかよ」
「そうか。ならそれも仕方あるまい」トリガーは廊下にさしかかったところで足を止め、こう続けた。「ヤマモトたちのことは本当に残念だと思っている。だが、おまえが生きていてくれて本当によかったというのも、素直な気持ちだ」

 勇三はなにも言わずに膝を抱え、足のあいだから覗く白いシーツのひだを見つめていた。
 あれだけ昂っていた感情は凪のように静まり、なにもできず、なにも考えられずにいた。唯一、自分の心が軋む音だけに耳を傾けていた。

 やがて廊下の向こうからひとりの看護師が早足でやってくると、なにも言わないまま散らばった花瓶を片付け出した。

 トリガーはそれきり、勇三が退院日を迎えるまで一度も姿を見せなかった。
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