ReaL -墓守編-

千勢 逢介

文字の大きさ
93 / 204
第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ

5

しおりを挟む
   Ⅱ


 窓の外では五月の新緑が芽吹きはじめていた。そのほころびはやがて来る夏に向け、これから降る雨で存分に英気を養おうと、じっと息をひそめているようにも見える。

 勇三はそんな静かな生命の営みを、ベッドに腰かけてぼんやりと眺めていた。
 シーツや上掛けはもちろんのこと、枕とマットレスまで取り去られ、パイプの骨組みだけが残されている。わずかに身じろぎすると、薬品の匂いが漂う部屋のなかで錆びた軋みが響いた。

<アウターガイア>での死闘から一週間が経っていた。
 気を失った勇三はこの病院の、このベッドに担ぎこまれてからというもの、丸三日間ものあいだ目を覚まさなかったそうだ。当の本人からすればそんな実感はなかったし、いまも夢を見ているようですらあった。
 それは恐怖と孤独感に満ちた記憶で組み上げられた悪夢であり、あの丘の上で起きた出来事の追体験だった。

 迫る暗闇、炎の熱さ、ぬらりとしたレギオンの肉質。
 そして短い付き合いだった仲間たちの変わり果てた姿と、ヤマモトの最期の息遣い。
 目を閉じればその全てがまぶたの裏でよみがえる。

 気がつけば、勇三は浅く荒々しい呼吸を繰り返していた。心臓の鼓動は早まり、視界が暗く狭まっている。
 気がつけば、握り締めたベッドの骨組みがひしゃげていた。

「戦闘のショックでしょう」愛想の悪い初老の主治医がしたことといえば、勇三にそう説明して睡眠導入剤を処方しただけだった。「<グレイヴァー>であれば治療費が補助されます。会社に申請してください」

<アウターガイア>の諸々の事情を知る医師の事務的な言葉は耳に入らず、勇三の心はずっと上の空だった。
 頭の中では、あの夜にまつわる疑問を繰り返しこねまわしていた。

 あのとき……勇三を残して全員が死に、その直後に<特務管轄課>の救援部隊が到着したあのとき……スーツの人間たちのなかに迷彩服を着たひとりの男が混じっていた。ぼんやりとではあるが、そのときのことを覚えていた。
 軍用キャップをかぶったその男はまっすぐこちらに駆け寄ると、ヤマモトの亡骸を抱えたまま呆然としていた勇三の肩に優しく手をかけてこう言った。

 勇三、と。
 その男はたしかに自分にそう呼びかけてきた。

 顔をはっきりとは見ていない。そんな余裕は無かったからだ。
 それでも、どこか遠くから聞こえてくるようなひどく懐かしいその声は、勇三の頭の中でいつまでもこだましていた。

 あれはいったい誰だったのだろう。どれだけ記憶の箱を逆さにしてもその正体はわからなかった。
 そもそも、<アウターガイア>で自分の名前を知っている人間など数えるほどしかいない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...