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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
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Ⅳ
「行ってきます」
窓の外から響いた声を耳に、勇三ははっと顔をあげた。眠った記憶こそなかったが、気がつけば朝になっていた。
立ち上がって部屋を出て、廊下の突き当たりにある窓へと近づいていく。
窓からは家の表塀と、それに面した道路が左右に伸びているのが見えた。ちょうど自転車にまたがったサエが、その道を走っていくところが見えた。ここから学校までなら、勇三のようにわざわざ電車を使う必要はなかった。
〝わざわざ学校から遠いところに住むなんてね〟
入学当初、意図せずして再会したサエから嫌味たっぷりにいわれた言葉だった。
そんな勇三を察知でもしたかのように、サエが走らせていた自転車を道の途中で止め、こちらを振り向いてくる。彼は咄嗟にしゃがみこみ、窓枠のかげに身を隠した。
一瞬、目が合ったように感じた。あるいは忘れ物をしたのか心配になったのか、それともふと秀一のことが頭に浮かんだのか。
いずれにせよ、サエはすぐにまた学校へと自転車を走らせていった。
その後ろ姿を、勇三は見つからないよう注意しながら見送った。
サエが家を出たとなると、始業までもうあまり時間が無いのかもしれない。
焦る気持ちに追い立てられるように、勇三は階段を下りていった。
リビングではすでにスーツに着替えた叔父が朝刊を読み、エプロンをつけた叔母が朝食の準備のため台所を動き回っていた。
「おはよう、勇三くん」
「おはようございます」
記事から顔をあげてにこやかに言う叔父に、勇三もはにかみながら、頭を下げた。
テレビでは赤道付近で建設中の、宇宙ロケットの発射台が話題に取り上げられている。
「勇三くん、おはよう」叔母が濡れた手を拭きながら、台所から顔を覗かせた。「朝ごはんはパンでいい?」
「はい」
「何枚焼こうかしら?」
「じゃあ、二枚お願いします」
「二枚ね。昨夜あんまり食べてなかったから、お腹空いたでしょ?」
「すみません、せっかく作ってくれたのに」
「いいのよ。先に顔を洗ってらっしゃいな。そのあいだに焼いておくから。タオルはいつものところに置いてあるからね」
リビングを出て廊下にとって返し、風呂場のほうへと向かう。
脱衣所に設けられた洗面台の前に立つと、朝の静けさはいっそう色濃く漂っていた。自宅のアパートにある手狭なものとは違い、ここの洗面台は洗髪ができるほどの広さがある。
レバーを上げると給湯器から湯がほとばしった。勇三はカランを捻ってしばらく待つと、熱を失った水流に頭を突っ込んだ。
五月半ばとはいえ水はひどく冷たかったが、勇三はうなじや耳の後ろを流れ、体温を奪っていくにまかせた。流しの底からも、跳ね上がった水滴が顔にあたる。
やがてその赤い髪の色が暗くなり、水分と重みをじゅうぶんにふくんでから、勇三は水を止めて顔をあげた。
水滴のしたたる鏡を手でこすると、びしょ濡れでうっすらと頬のこけた姿があらわれた。自分はこんな半死人のような顔で叔父と叔母に会いにきたというのか。
(おれは、こんなところでなにをやっているんだ……)愕然とする勇三の胸中に落胆が兆す。(食事を二度も駄目にするなんてできない、だから朝食はちゃんともらっていこう。でも、それだけだ。食事を終えたら、さっさとここを出ていこう)
勇三は心を決め、ふたたび冷水を頭からかぶった。
「行ってきます」
窓の外から響いた声を耳に、勇三ははっと顔をあげた。眠った記憶こそなかったが、気がつけば朝になっていた。
立ち上がって部屋を出て、廊下の突き当たりにある窓へと近づいていく。
窓からは家の表塀と、それに面した道路が左右に伸びているのが見えた。ちょうど自転車にまたがったサエが、その道を走っていくところが見えた。ここから学校までなら、勇三のようにわざわざ電車を使う必要はなかった。
〝わざわざ学校から遠いところに住むなんてね〟
入学当初、意図せずして再会したサエから嫌味たっぷりにいわれた言葉だった。
そんな勇三を察知でもしたかのように、サエが走らせていた自転車を道の途中で止め、こちらを振り向いてくる。彼は咄嗟にしゃがみこみ、窓枠のかげに身を隠した。
一瞬、目が合ったように感じた。あるいは忘れ物をしたのか心配になったのか、それともふと秀一のことが頭に浮かんだのか。
いずれにせよ、サエはすぐにまた学校へと自転車を走らせていった。
その後ろ姿を、勇三は見つからないよう注意しながら見送った。
サエが家を出たとなると、始業までもうあまり時間が無いのかもしれない。
焦る気持ちに追い立てられるように、勇三は階段を下りていった。
リビングではすでにスーツに着替えた叔父が朝刊を読み、エプロンをつけた叔母が朝食の準備のため台所を動き回っていた。
「おはよう、勇三くん」
「おはようございます」
記事から顔をあげてにこやかに言う叔父に、勇三もはにかみながら、頭を下げた。
テレビでは赤道付近で建設中の、宇宙ロケットの発射台が話題に取り上げられている。
「勇三くん、おはよう」叔母が濡れた手を拭きながら、台所から顔を覗かせた。「朝ごはんはパンでいい?」
「はい」
「何枚焼こうかしら?」
「じゃあ、二枚お願いします」
「二枚ね。昨夜あんまり食べてなかったから、お腹空いたでしょ?」
「すみません、せっかく作ってくれたのに」
「いいのよ。先に顔を洗ってらっしゃいな。そのあいだに焼いておくから。タオルはいつものところに置いてあるからね」
リビングを出て廊下にとって返し、風呂場のほうへと向かう。
脱衣所に設けられた洗面台の前に立つと、朝の静けさはいっそう色濃く漂っていた。自宅のアパートにある手狭なものとは違い、ここの洗面台は洗髪ができるほどの広さがある。
レバーを上げると給湯器から湯がほとばしった。勇三はカランを捻ってしばらく待つと、熱を失った水流に頭を突っ込んだ。
五月半ばとはいえ水はひどく冷たかったが、勇三はうなじや耳の後ろを流れ、体温を奪っていくにまかせた。流しの底からも、跳ね上がった水滴が顔にあたる。
やがてその赤い髪の色が暗くなり、水分と重みをじゅうぶんにふくんでから、勇三は水を止めて顔をあげた。
水滴のしたたる鏡を手でこすると、びしょ濡れでうっすらと頬のこけた姿があらわれた。自分はこんな半死人のような顔で叔父と叔母に会いにきたというのか。
(おれは、こんなところでなにをやっているんだ……)愕然とする勇三の胸中に落胆が兆す。(食事を二度も駄目にするなんてできない、だから朝食はちゃんともらっていこう。でも、それだけだ。食事を終えたら、さっさとここを出ていこう)
勇三は心を決め、ふたたび冷水を頭からかぶった。
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