ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ

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 その晩、空を煌々と照らしていた月の光は、『サムソン&デリラ』にいた霧子の下に差し込んでいた。
 照明が落とされた店内、月光が目の前にあるテーブルに置かれたライフルの輪郭を彫り出している。彼女はそのストック部分をひとなでしたきり、じっと俯いていた。

 真夜中はとうに過ぎ、もう一時間もすれば太陽が顔を覗かせるはずだ。
 視界は青白く染まった店内を映しているものの、その灰色がかった目はなにも見ようとはしていなかった。まるで人形のように、まばたきもせずに椅子に腰かけている。

(そう、人形だ)霧子は思った。(借り物の身体は人形も同じだ)

 そんな魂が抜けたような存在が、最近になってようやく意義を見つけ出すことができた。
 それなのに……

 思考はそれきり明確な形をとることもなく、孤立した雲のようにちぎれて心の彼方へ消え去った。

 店の奥のドアが開き、姿を見せたのはトリガーだった。
 霧子は首を傾げるようにして彼を一瞥すると、またすぐにライフルのほうへと視線を戻してしまった。敵を見据え、撃ち抜く力と光は、いまその双眸に宿ってはいなかった。

「高岡から言われたぞ」霧子のほうへと歩み寄りながらトリガーは言った。「どういうつもりだ?」
「聞いたままの意味さ。今回の作戦でわたしが死んだ場合、前金の受取人を勇三にしてもらったんだ。それから口座に残った金だが、わたしが死んだあとはできればあいつのために使ってやって――」
「そんなことを訊きたいんじゃない」遮るトリガーの口調は荒かった。「ニンフズ……おまえは死ぬ気なのか?」
「そんなつもりはないさ。けど、できるかぎりのことはしておきたいんだ」
「おれが信用できないのか?」
「まさか……けどあいつをひとりで仕事に行かせただろ。しかもわたしになんの断りもなく」
「この世界にいれば、いつかは通らなくてはならない道だ。おれたちがいつまでもべったり面倒を見ているわけにはいかんだろう」抗弁したものの、トリガーの口調はいきおいを失いつつあった。
「けど、それはいまじゃない」

 いっぽう霧子の口調は静かだったが、頑なでもあった。ふたりの形勢は、いつの間にか逆転していた。

 月夜を沈黙が包む。いつしか霧子だけでなく、犬であるトリガーまでもが憂いを帯びた目と神妙な顔つきになっていた。

「悪かったよ」そう口を開いたのは霧子だった。「意地になったあいつを止めてくれたんだったな。それに昔馴染みに手を貸すように頼んでもくれた」
「みんな裏目に出たがな」
「ああ、でも勇三を助けてくれた。だから、今度はわたしの番だ」顔をあげた霧子がトリガーを見つめる。その目にはふたたび活力が輝きはじめていた。「もう決めたことだ」
 トリガーがため息とともに首を横に振ると、「勇三は戻ってくると思うか?」
「もう戻ってこないだろうな、多分。それがあいつにとっていちばんいいことなのかもしれない」
「おまえはどうなる? この仕事から無事に帰ってきたとしても、そこで終わりじゃないんだぞ。あいつの負債を返すまで、危ない橋を渡り続けねばならないんだ」
「危険というならこの商売、いまに始まったことじゃないだろ?」霧子はライフルに視線を落とした。「でも、あいつはここにいるべきじゃない。こんなもの、はじめから持つべきじゃなかったんだ」
「おれは……納得できない」

 怒りと苛立ちがよみがえりつつあるトリガーに、霧子は静かに微笑みかけた。

「まったく、おかしいな。あいつはわたしたちにとって、いつだって喧嘩のタネだ」

 なにも答えないトリガーにそう言うと、霧子は立ち上がって窓辺へと歩み寄った。
 ビルの谷間からのぞく月は、手を伸ばせば掴めそうなほどに大きい。霧子はまばたきもせずにそれを見上げてから、トリガーのほうを振り返った。

「もう行くよ。そろそろ時間だ」
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