111 / 204
第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
23
しおりを挟む
(怪我の功名ってやつだな)怪物から離れ、路地の対角線を目指しながら霧子は思った。(いまのでだいぶ距離を稼げた)
背後から笛を吹くような鋭い音が鳴るのを耳に、霧子は反射的に空中に飛んだ。
視界の中に捉えたのは、鈍い衝撃音とともに地面に突き刺さった、ぬめりのある肉の筋だった。
(やつの舌か)
霧子の脳裏でブリーフィングの内容がよみがえる。
VF-134にはその巨体に加えて、舌という強力な武器があった。伸縮性の強い舌をカメレオンのように発射することで、大口径のライフル並の破壊力を生み出せるのだという。
怪物の舌が地面から引き抜かれるのと同時に、突如として周囲を黒い影がおおった。
頭上を仰ぎ見た霧子は思わず息を呑んだ。十トンにもおよぶ怪物の巨体が、空中に飛び上がっていたのだ……いや、正確には撃ち出した舌を鞭のようにしならせながら、こちらに飛びかかってきたというべきか。
霧子の頭であらゆる思考と判断が明滅する。
空気抵抗やら万有引力など知ったことではないが、先に着地するのが自分であることは間違いない。問題は地面に足をつけた後、押し潰そうとする追撃をどうかわすかだ。
ほぼ真円に近い怪物の影が霧子をほぼ中心で捉えている以上、少々飛びのいたところで身のかわせそうにはない。
かといって、手持ちの武器では相手を押し返すことも不可能だった。もっとも、重力を味方につけたこの巨体を押し返せるだけの技術力を、そもそも人類が有しているのかどうかすら怪しくはあったが。
もはや一刻の猶予もなかった。大型輸送機のような怪物の土手っ腹が、頭上三メートルほどにまで迫っていた。
そのとき霧子の視界が赤く染まったのは、恐怖による錯乱からでも戦闘での興奮が原因によるものでもなかった。普段は薄灰色をしていた彼女の瞳は、レギオンの落とす深い闇の中で深紅に発光していた。
ジェットエンジンがたてるような轟音とともに、霧子の姿が怪物の身体の下から忽然と消えた。直後に巨体が地面に激突したときには、霧子はすでに路地の突き当たり、逃走経路上にある最初の角の手前まで移動していた。
足がもつれ、派手に倒れ込む。腕を踏ん張って立ち上がろうとしたが、いっぽうで両脚はまったく動かなかった。
「入江!」
叫ぶような高岡の通信が入る。作戦の動向を監視映像で見守っていた彼は、霧子がとんでもない高速で移動するのを見ていたことだろう。
彼女が通ってきた道の上では、ところどころで石畳がめくれあがっており、そのひとつずつに二十二センチ弱の足型が刻まれていた。
「おい! 返事をしろ、入江!」
「聞こえてるよ」霧子は喘ぐように応じた。「ちょっと張り切り過ぎただけだ」
「動けないのか? 待ってろ、すぐに救援を――」
「どうだろうな」霧子は遮った。両脚の感覚がわずかに戻りはじめていた。「わたしはともかく、あいつはあまり気の長い性質じゃなさそうだ」
視線の先では、怪物もまた体勢を立て直そうとしていた。
背後から笛を吹くような鋭い音が鳴るのを耳に、霧子は反射的に空中に飛んだ。
視界の中に捉えたのは、鈍い衝撃音とともに地面に突き刺さった、ぬめりのある肉の筋だった。
(やつの舌か)
霧子の脳裏でブリーフィングの内容がよみがえる。
VF-134にはその巨体に加えて、舌という強力な武器があった。伸縮性の強い舌をカメレオンのように発射することで、大口径のライフル並の破壊力を生み出せるのだという。
怪物の舌が地面から引き抜かれるのと同時に、突如として周囲を黒い影がおおった。
頭上を仰ぎ見た霧子は思わず息を呑んだ。十トンにもおよぶ怪物の巨体が、空中に飛び上がっていたのだ……いや、正確には撃ち出した舌を鞭のようにしならせながら、こちらに飛びかかってきたというべきか。
霧子の頭であらゆる思考と判断が明滅する。
空気抵抗やら万有引力など知ったことではないが、先に着地するのが自分であることは間違いない。問題は地面に足をつけた後、押し潰そうとする追撃をどうかわすかだ。
ほぼ真円に近い怪物の影が霧子をほぼ中心で捉えている以上、少々飛びのいたところで身のかわせそうにはない。
かといって、手持ちの武器では相手を押し返すことも不可能だった。もっとも、重力を味方につけたこの巨体を押し返せるだけの技術力を、そもそも人類が有しているのかどうかすら怪しくはあったが。
もはや一刻の猶予もなかった。大型輸送機のような怪物の土手っ腹が、頭上三メートルほどにまで迫っていた。
そのとき霧子の視界が赤く染まったのは、恐怖による錯乱からでも戦闘での興奮が原因によるものでもなかった。普段は薄灰色をしていた彼女の瞳は、レギオンの落とす深い闇の中で深紅に発光していた。
ジェットエンジンがたてるような轟音とともに、霧子の姿が怪物の身体の下から忽然と消えた。直後に巨体が地面に激突したときには、霧子はすでに路地の突き当たり、逃走経路上にある最初の角の手前まで移動していた。
足がもつれ、派手に倒れ込む。腕を踏ん張って立ち上がろうとしたが、いっぽうで両脚はまったく動かなかった。
「入江!」
叫ぶような高岡の通信が入る。作戦の動向を監視映像で見守っていた彼は、霧子がとんでもない高速で移動するのを見ていたことだろう。
彼女が通ってきた道の上では、ところどころで石畳がめくれあがっており、そのひとつずつに二十二センチ弱の足型が刻まれていた。
「おい! 返事をしろ、入江!」
「聞こえてるよ」霧子は喘ぐように応じた。「ちょっと張り切り過ぎただけだ」
「動けないのか? 待ってろ、すぐに救援を――」
「どうだろうな」霧子は遮った。両脚の感覚がわずかに戻りはじめていた。「わたしはともかく、あいつはあまり気の長い性質じゃなさそうだ」
視線の先では、怪物もまた体勢を立て直そうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる