117 / 204
第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
29
しおりを挟む
「そうだな……」
霧子は銃口を支えに腰をあげ、立ち上がった。右足首から脳髄まで吐き気すらもよおすような痛みが貫いてきたが、それでも彼女の心は落ち着いていた。
「けっきょく、これしかできないんだ。わたしも……おまえも」
拳銃が静かなままなのは意志を持たない物体だからではなく、持ち主が引き金を引かないからだ。引くことを諦めてしまっているからだ。
階下からいよいよ凄まじい轟音が響き、建物が大きく揺れる。霧子はそれを合図に、そばにある窓ガラスを拳銃で粉々に撃ち抜いた。
右足の痛みを無視して、破壊された窓枠から外に飛び出す。眼下には怪物の広い背中があった。
その背中にむけて、霧子は空中で引き金を引き続けた。弾丸が分厚い外皮を貫くことはできなかったが、いっこうに構わなかった。
銃弾を撃ちつくした霧子は、滑り降りた山の傾斜のような怪物の背中を蹴って着地した。
ありがたいことに興奮状態にあるせいか、右足の痛みは全身の繊細な感覚ごと消えていた。戦闘が終わったあとにぶり返してくるだろうが、少なくともここで死ねば痛みそのものを感じることもあるまい。
両方の拳銃から空になった弾倉を外すと、霧子はしゃがみこみ、スカートから新しいものを三つ出した。
「来いよ」新しい弾丸を込めながら霧子は言う。「殺してやる」
その戦意に呼応するように、怪物が雄叫びをあげた。霧子は三つ目の弾倉を口にくわえ、拳銃を構えた。
もはやキルゾーンまで逃げるつもりはなかった。怪物と正面から対峙し、引き金を引き続ける。
この仕事で稼いだ前金が、勇三の負担を少しは減らしてくれるだろう。そのあとのことはトリガーがなんとかしてくれるはずだ。
ふたりがこれから先、一切会わずに済むということは難しいかもしれない。霧子もよくわかっていない手続きやらで、なにかと顔を合わせる機会もあるだろうからだ。
霧子の猛攻など意に介さないかのように、怪物はゆっくりと前進してきた。霧子は弾切れを起こした拳銃の弾倉を、口にくわえていた新しいものと取り替えて連射を続けた。もう片方の拳銃も弾切れとなるや、スカートから取り出した新たな弾倉を込めなおす。
(あいつら、仲良くできるかな)霧子は殺意の無い、凪のような心の部分で思った。(まあ仲良くしてたら、それはそれで少し悔しくもあるか)
いつしか心の全体が平穏なものに変わっていた。
生への執着も、闘争本能も無い。目の前にあるのは怪物ではなく、吸い込まれそうなほど魅力的な存在だった。
彼女はこれがなにかを知っていた。
霧子は銃撃をやめた。弾が尽きたのではない、これ以上は無駄だと悟ったのだ。
道路の中央線を境に、立ち止まった怪物と見つめ合う。目の前て城門のように巨大な口が開く。あれだけ心を満たしていた殺意は、水を抜くようにどこかへ消え去っていた。
霧子はそっと目を閉じた。
怪物が食らいつこうとしたまさにそのとき、ライフルの連射音とともに、いくつもの銃弾が怪物に命中した。
不意打ちに動きを止めた怪物に向けて、今度は銃声とは違う鈍い発射音が鳴った。次いで視界の端から霧子の頭上にかけて、こぶし大のなにかが飛んでくる。
反射的に身をひるがえした彼女の背後で、それが……炸薬を満載した榴弾が破裂した。
驚きと痛みに満ちた怪物の悲鳴があがる。
爆発音の残響と立ち上る砂煙の中で顔をあげた霧子は、そこにバイクに乗った勇三とトリガーの姿を見た。
霧子は銃口を支えに腰をあげ、立ち上がった。右足首から脳髄まで吐き気すらもよおすような痛みが貫いてきたが、それでも彼女の心は落ち着いていた。
「けっきょく、これしかできないんだ。わたしも……おまえも」
拳銃が静かなままなのは意志を持たない物体だからではなく、持ち主が引き金を引かないからだ。引くことを諦めてしまっているからだ。
階下からいよいよ凄まじい轟音が響き、建物が大きく揺れる。霧子はそれを合図に、そばにある窓ガラスを拳銃で粉々に撃ち抜いた。
右足の痛みを無視して、破壊された窓枠から外に飛び出す。眼下には怪物の広い背中があった。
その背中にむけて、霧子は空中で引き金を引き続けた。弾丸が分厚い外皮を貫くことはできなかったが、いっこうに構わなかった。
銃弾を撃ちつくした霧子は、滑り降りた山の傾斜のような怪物の背中を蹴って着地した。
ありがたいことに興奮状態にあるせいか、右足の痛みは全身の繊細な感覚ごと消えていた。戦闘が終わったあとにぶり返してくるだろうが、少なくともここで死ねば痛みそのものを感じることもあるまい。
両方の拳銃から空になった弾倉を外すと、霧子はしゃがみこみ、スカートから新しいものを三つ出した。
「来いよ」新しい弾丸を込めながら霧子は言う。「殺してやる」
その戦意に呼応するように、怪物が雄叫びをあげた。霧子は三つ目の弾倉を口にくわえ、拳銃を構えた。
もはやキルゾーンまで逃げるつもりはなかった。怪物と正面から対峙し、引き金を引き続ける。
この仕事で稼いだ前金が、勇三の負担を少しは減らしてくれるだろう。そのあとのことはトリガーがなんとかしてくれるはずだ。
ふたりがこれから先、一切会わずに済むということは難しいかもしれない。霧子もよくわかっていない手続きやらで、なにかと顔を合わせる機会もあるだろうからだ。
霧子の猛攻など意に介さないかのように、怪物はゆっくりと前進してきた。霧子は弾切れを起こした拳銃の弾倉を、口にくわえていた新しいものと取り替えて連射を続けた。もう片方の拳銃も弾切れとなるや、スカートから取り出した新たな弾倉を込めなおす。
(あいつら、仲良くできるかな)霧子は殺意の無い、凪のような心の部分で思った。(まあ仲良くしてたら、それはそれで少し悔しくもあるか)
いつしか心の全体が平穏なものに変わっていた。
生への執着も、闘争本能も無い。目の前にあるのは怪物ではなく、吸い込まれそうなほど魅力的な存在だった。
彼女はこれがなにかを知っていた。
霧子は銃撃をやめた。弾が尽きたのではない、これ以上は無駄だと悟ったのだ。
道路の中央線を境に、立ち止まった怪物と見つめ合う。目の前て城門のように巨大な口が開く。あれだけ心を満たしていた殺意は、水を抜くようにどこかへ消え去っていた。
霧子はそっと目を閉じた。
怪物が食らいつこうとしたまさにそのとき、ライフルの連射音とともに、いくつもの銃弾が怪物に命中した。
不意打ちに動きを止めた怪物に向けて、今度は銃声とは違う鈍い発射音が鳴った。次いで視界の端から霧子の頭上にかけて、こぶし大のなにかが飛んでくる。
反射的に身をひるがえした彼女の背後で、それが……炸薬を満載した榴弾が破裂した。
驚きと痛みに満ちた怪物の悲鳴があがる。
爆発音の残響と立ち上る砂煙の中で顔をあげた霧子は、そこにバイクに乗った勇三とトリガーの姿を見た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる