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第五章・雨。その帳の向こう
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「ちょっと待てよ」霧子の説明を耳にした勇三が言う。その瞳は動揺を物語っていた。「レギオンが出たって、ここにか? <アウターガイア>じゃなくて?」
「さっきからそう言ってるだろ。<グレイヴァー>のあいだじゃ〝穴抜け〟なんて呼ばれてる。ごくたまにいるんだ。運良く地面の下から這い出てこれるレギオンが」
「けど、ここじゃない別のところにいるかもしれないんだろ?」
「そいつはどうだろうな」
霧子はゆっくりと首を横に振った。すがるような勇三の視線を振り切るようで、ためらわれもしたが、それでもこう続けた。
「ここに来る確率は高いと思う。<特課>も今回のレギオン……ストローヘッドの習性を考えてそう予想してるし、わたしもそんな感じがするんだ」
「どうして?」
「その、どうもな……呼び込みやすいんだよ、わたしは。化け物どもをさ」
盗み見るように窺うと、勇三の表情は半信半疑といったところだった。
それでも思い当たる節くらいはあるだろう。例えば彼が最初に<アウターガイア>に落ちたとき、直前まで反応が無かった怪物が降って沸いたようにあらわれたではないか。
「おれは、どうすればいい?」
「ここはわたしに任せて、授業なり居残りなり受けるんだな」
「そんなことできるかよ!」
「だったら指示をあおぐな。自分で考えろ」
口を噤んでしまった勇三を見かねて、霧子は傍らに置いたリュックを開けた。
「この雨だ。予備を用意しておいてよかった」そう言って立ち上がると、霧子は勇三に拳銃を差し出した。「とりあえず持ってろ」
しばし見つめていたが、勇三は拳銃を受け取り、馴れた手つきで弾倉の中身をあらためた。これもトリガーの訓練の賜物か、次いで霧子が手渡した消音器を素早く銃口に取り付けていく。遊底を引き、弾室を確かめる様子は自分そっくりだった。
「もし、学校の誰かにレギオンを見られるような事になったら?」ベルトの内側に挿し込んだ拳銃を覆い隠すように学ランの裾をなおしながら、勇三がそう訊ねてくる。「目撃者はどうなる?」
「十中八九、<特課>の施設で記憶改竄の施術を受けるだろうな。おまえみたいに<グレイヴァー>になれるのは特例中の特例だ。だからそうなる前に、誰にも見られずレギオンを殺さなくてはならない」
それから霧子は、口を引き結ぶ勇三に笑いかけてみせた。
「そう深刻に考えるな。だからわたしがここにいるんだ。それに高岡も<グレイヴァー>をもうひとり雇ったみたいだしな」
「それがさっき言ってた協力者ってやつか……」
「さて、わたしはそろそろ仕事に戻らせてもらうぞ」
そう言って霧子が錠前にとりかかっても、背後の気配が消える様子はなかった。解錠し終えた彼女はため息をつくと、ふたたびリュックの中を漁りはじめた。
「ほら」
霧子が投げ渡した無線を受け取り、勇三の口元がかすかにほころぶ。
「まあ、人数が大いに越したことはないからな。周波数はいつものだ」
頷きながら勇三はイヤホンを耳に入れ、チョーカータイプの送話装置を首に巻いた。
そのとき、ふたりの準備が整ったのを見計らったかのように、校舎内に設置されたスピーカーが割れた雑音を鳴らし、次いで教師の声がこう告げた。
「全校生徒の皆さん。本日午後の授業は中止します。レクリエーションを開催しますので、体育館に集まってください」
「さっきからそう言ってるだろ。<グレイヴァー>のあいだじゃ〝穴抜け〟なんて呼ばれてる。ごくたまにいるんだ。運良く地面の下から這い出てこれるレギオンが」
「けど、ここじゃない別のところにいるかもしれないんだろ?」
「そいつはどうだろうな」
霧子はゆっくりと首を横に振った。すがるような勇三の視線を振り切るようで、ためらわれもしたが、それでもこう続けた。
「ここに来る確率は高いと思う。<特課>も今回のレギオン……ストローヘッドの習性を考えてそう予想してるし、わたしもそんな感じがするんだ」
「どうして?」
「その、どうもな……呼び込みやすいんだよ、わたしは。化け物どもをさ」
盗み見るように窺うと、勇三の表情は半信半疑といったところだった。
それでも思い当たる節くらいはあるだろう。例えば彼が最初に<アウターガイア>に落ちたとき、直前まで反応が無かった怪物が降って沸いたようにあらわれたではないか。
「おれは、どうすればいい?」
「ここはわたしに任せて、授業なり居残りなり受けるんだな」
「そんなことできるかよ!」
「だったら指示をあおぐな。自分で考えろ」
口を噤んでしまった勇三を見かねて、霧子は傍らに置いたリュックを開けた。
「この雨だ。予備を用意しておいてよかった」そう言って立ち上がると、霧子は勇三に拳銃を差し出した。「とりあえず持ってろ」
しばし見つめていたが、勇三は拳銃を受け取り、馴れた手つきで弾倉の中身をあらためた。これもトリガーの訓練の賜物か、次いで霧子が手渡した消音器を素早く銃口に取り付けていく。遊底を引き、弾室を確かめる様子は自分そっくりだった。
「もし、学校の誰かにレギオンを見られるような事になったら?」ベルトの内側に挿し込んだ拳銃を覆い隠すように学ランの裾をなおしながら、勇三がそう訊ねてくる。「目撃者はどうなる?」
「十中八九、<特課>の施設で記憶改竄の施術を受けるだろうな。おまえみたいに<グレイヴァー>になれるのは特例中の特例だ。だからそうなる前に、誰にも見られずレギオンを殺さなくてはならない」
それから霧子は、口を引き結ぶ勇三に笑いかけてみせた。
「そう深刻に考えるな。だからわたしがここにいるんだ。それに高岡も<グレイヴァー>をもうひとり雇ったみたいだしな」
「それがさっき言ってた協力者ってやつか……」
「さて、わたしはそろそろ仕事に戻らせてもらうぞ」
そう言って霧子が錠前にとりかかっても、背後の気配が消える様子はなかった。解錠し終えた彼女はため息をつくと、ふたたびリュックの中を漁りはじめた。
「ほら」
霧子が投げ渡した無線を受け取り、勇三の口元がかすかにほころぶ。
「まあ、人数が大いに越したことはないからな。周波数はいつものだ」
頷きながら勇三はイヤホンを耳に入れ、チョーカータイプの送話装置を首に巻いた。
そのとき、ふたりの準備が整ったのを見計らったかのように、校舎内に設置されたスピーカーが割れた雑音を鳴らし、次いで教師の声がこう告げた。
「全校生徒の皆さん。本日午後の授業は中止します。レクリエーションを開催しますので、体育館に集まってください」
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