ReaL -墓守編-

千勢 逢介

文字の大きさ
150 / 204
第五章・雨。その帳の向こう

26

しおりを挟む
「サエちゃん?」

 気がつけば、友香がそう言って心配そうに顔を覗きこんでいた。

「ああ、ごめんね」サエは弾かれるように顔をあげると、親友の肩に手をのせた。「あんたの気持ち、わかって嬉しかった。ほら、行こ。もう映画始まっちゃって――」

 言いながら踵を返しかけたサエは、そこで言葉と足取りを止めてしまった。

 ふたりがやってきたトイレは本館の三階の端にあった。
 全校生徒が集まっている体育館へ行くには一階まで降り、それから校舎の反対側にある渡り廊下を目指す必要がある。

 そうして向いた先、音楽室や一般教室が並んだ廊下の先の角から、ひとりのスーツ姿の男性が姿をあらわしたのだ。

「友香……こっちから行こ」

 サエはそう言って友人の手を取ると、すぐそばにある階段を目指した。肩越しに振り返ると、男が早足でこちらに向かってくる。

「早く」

 言いながらサエは、友香の手をぐいぐいと引っ張るようにして足を早めた。

「どうしたの?」
「いや、わたしも楽しみになってきたんだ、映画」

 友香が不審者の存在に気づいている様子はない。サエも友人を動揺させまいと、声が震えそうになるのを必至で抑えた。

 そもそも彼女が体育館からもっとも離れたこのトイレを目指したのも、混雑を避けるためなどではなかった。
 違和感を感じたのは友香と連れだって体育館から引き返していったときだった。あらかた生徒たちが出払って人通りも少なくなった頃、遅れて体育館に向かう教員たちに紛れてスーツを着た人間の姿が増え始めたのだ。

 そこになんとなく薄気味悪さを感じたサエは、彼らを避けながら結果的に三階の校舎へと来てしまっていたのだ。
 友香には黙っていた。これが単なる思い過ごしだったとき、恥ずかしい思いをしたくなかった、というのもあったが、もとより彼女にいらぬ心配をかけたくなかったからだ。それにあのスーツ姿の人物たちを、完全に不審者だと断定はできなかった。これまでも学校を出入りする業者や役場の職員などの姿を見かけたことはたびたびあったからだ。
 それでもさしたる用も無さそうなのに校内をうろつく姿や、あの鋭い眼光を見てしまっては、警戒感を抱かずにはいられなかった。

 早く体育館に行きたかった。
 たとえ不自然なタイミングで映画上映会などが催されようと、クラスメイトたちのいる、日常に近い場所に身を落ち着けたかった。

「ダメ……」

 一階に降りたサエは足を止めてそう言った。
 目指すべき体育館の方向にある廊下の向こうでは、先ほどとは別のスーツ姿の人物が立っていた。
 相手がこちらの存在に気づき、近づいてくる。女性だということはわかったし、体格も小柄ではあったが、全身から険しさがにじみ出ているのを感じた。

「ねえ、サエちゃん……あの人、誰かな?」

 友香が空いていたほうの手で女性に指を指す。

「逃げるよ」

 サエは汗がにじんだ手で友香の手をつかみなおすと、女性に背を向けて廊下を進んだ。足早に角を曲がると、背後から乾いた靴音が響いてきた。それを耳に、とうとうサエは走り出した。
 昇降口が右手にあったが、それを無視して直進する。

 正面の鉄扉は開いたままになっており、そこから短い渡り廊下に出ることができた。壁は無く、鉄柱のあいだを生ぬるい風が吹き抜けている。しのつく雨は密度を増し、もはや壁のような圧迫感すらおぼえさせる。
 トタン屋根を打つ雨粒が万雷の拍手のような音をたてるなか、サエは友香とともに渡り廊下の終点にたどりついた。だが、本来別館に入れるはずの鉄扉はかたく閉ざされ、あまつさえ施錠されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...