ReaL -墓守編-

千勢 逢介

文字の大きさ
151 / 204
第五章・雨。その帳の向こう

27

しおりを挟む
「どうして?」
「サエちゃん……ねえ、どうしたの? なにがあったの?」

 友香の心配そうな声をよそに、サエはドアノブを両手で何度もまわした。だがいくら繰り返しても、重たい鉄扉が動く様子はない。諦めて扉から離れようとしたそのとき、背後から怒声が響いた。

「なにやってんだてめえら!?」

 反射的に振り返ると、先ほどのスーツ姿の女性が本館側の出入り口に立っていた。

「なんでここにいやがる? とにかく、危ねえからさっさと体育館に――」

 言いながら近づきかけた女性が足を止めた。アシンメトリーにカットされた金髪の短く刈り込まれた生え際から大粒の汗がしたたり落ち、形の良いあごの先へと伝っていくのが見える。

(彼女はなにを言ってるんだろう?)サエは思った。(ここが危ない? どういうこと? この人たちはなんなの?)

 疑問が次々と浮かび、本館のほうへと近づいていくのもためらわれた。女性がスーツの前のボタンをすべてはずしており、その視線が自分たちからわずかにはずれた背後に注がれていることも気になった。

 はたして、女性が上着の下から取り出したのは短機関銃だった。
 もちろんサエは、艶消しの黒を基調としたそれがどんなものかを詳しくは知らなかった。ただしテレビなどで見た知識と女性のただならぬ様子から、それが武器であり、なおかつ本物であるということを直感していた。

「動くなよ」女性が銃を構えながら言う。

 サエは傍らにいる友香に目配せをした。だが当の本人は彼女の頭を飛び越え、その上方に視線を向けていた。友人の瞳の中に怯えが息づいているのを感じ取ったのとほとんど同時に、バスのブレーキを連想させる物静かな、しかし力強い空気音が真横から聞こえた。

 振り返り、目の前にあらわれた大きな影を、サエは最初場違いな置物かなにかかと思った。

 でっぷりとした身体の正面からは二本の短い腕が生え、肩のあたりからはその数倍はあろう太く長いもう一対の腕が伸びていた。エプロンのようにでっぷりと垂れた腹がおおいかぶさった脚は短かいものの、巨体を支えられそうなほどじゅうぶんな太さがある。
 首と顔の境目は無く、たるんだ顔面からは竹槍のような形の口吻が伸びていた。全身のシルエットはヒンドゥー教に登場する神、ガネーシャを連想させたが、その肌にはあちこちにイボがあり、不潔そうな黄土色をしていた。

「くそ!」

 女性の悪態とともに空気を針で刺すような音が数回起こる。それから鞭でひっぱたいたような残響のなか、怪物……ストローヘッドと渾名されるレギオンの腹の数か所に小さな穴が空いた。
 銃声を耳にサエは友香の両肩を抱くと、転がり出すようにして渡り廊下を離れた。屋根の下を出て、激しい雨が全身を打ったが気にならなかった。数メートルほど離れて振り返ると、女性が距離を詰める怪物に銃で応戦しているのが見えた。だが威力が足りないのか、怪物の歩調が銃撃で怯んでいるようすはなかった。

 短機関銃が弾切れするや、女性は腰から抜いた拳銃をさらに怪物へと見舞った。だが拳銃の弾を撃ち尽くすよりも先に、怪物が横薙ぎに振った腕が命中する。背後へと吹き飛んだ女性は背中から鉄扉に激突すると、そのままもたれるようにしながら崩れ落ちた。糸の切れた人形のように深く俯き、鼻腔と口の端から細い血の筋が滴り落ちている。

 サエも友香も、ひとことも声を発せずにいた。目の前で起きた出来事があまりに現実離れしていたからだ。ただその場で腰を抜かし、お互いの肩を抱きながら事の成り行きを眺めていることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...