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第五章・雨。その帳の向こう
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大股で歩きながら全力で握ったこぶしを、勇三はレギオンのでっぷりとした胴体に叩き込んだ。
重々しい衝撃が分厚い肉を揺らし、雨粒を弾き、その巨体を吹き飛ばす。
レギオンから解放され、投げ出されるようにサエが倒れこむ。勇三はその肩を支えると、地面に着いた自分の膝の上に頭を乗せた。それから脱いだ学ランで頬の泥汚れを拭ってやる。
見たところ、ふたりとも大きな傷は無く、浅いながらも呼吸はきちんと繰り返されている。
勇三はそのことに胸を撫でおろしたが、同時に薄暗い自責の念にもかられた。
自分がぐずぐずしていたから、ふたりは恐ろしい目に遭ったのだ。
サエの額にできた擦り傷に伸ばしかけた手を引き戻し、雨に濡れて垂れた自分の髪をかき上げる。立ち上がった勇三の目には、ふたたび闘志が宿っていた。
予期せぬ攻撃から立ち直れずにふらつくレギオンに大股で近づき、もう一度胴体に右フックを打ち込む。真綿の詰まった布団に金棒を振り下ろしたような音を耳に、勇三の心は攻撃性に支配された。彼は反対の手も握りしめると、その拳をレギオンに見舞った。
右、左とパンチを繰り出すたび、レギオンが苦痛の声をあげる。
(いける!)勇三は確信した。(銃なんていらない! このまま殴り殺してやる!)
そう心に決めて打ち出した次の拳は、しかしレギオンの手前の空を切っただけだった。
目測を誤ったのか、それともぬかるみに足を取られたのか。そう考える勇三の視界が急激に狭まり、彼は冷たい地面に頭から倒れ込んだ。
同時に激しい嘔吐感と、内臓を丸ごと引き絞られるような息苦しさが襲いかかる。
獲物を昏倒させる強力なガス。勇三はその存在を忘れたわけではなかった。ここに来る途中、その説明をした当の霧子が動けなくなっているのを見たし、襲われているサエたちを目に怒りで我を忘れかけたときも、その脅威は頭の片隅にあった。
予想外だったのは、匂いも音も無く漂うその気体が、信じがたい即効性をもたらしてきたことだった。
倒れた勇三の身体を太い腕で持ち上げたレギオンが、どこか満足げに両目を細めてみせる。潤んだ瞳の奥に残酷な喜びをたたえているのを見ながら、勇三の右腕がわずかに跳ね上がる。
だが、そこまでだった。レギオンがわずかに力をこめると、身体の奥で関節が鈍く軋み、右腕にまったく力が入らなくなった。
(肩をはずされたのか)もやがかかったような思考の中で勇三はそう思った。
次いで、レギオンがその口吻の先端をこちらへと向けてきた。間近で見ると穴の直径は硬貨ほどもあり、冗談みたいに大きな注射針のようだった。レギオンがそれを刺してくるであろう額に、火傷しそうなほどの熱を感じる。
頭蓋骨を貫かれる一瞬、勇三は残った力で左手を持ち上げながら、のけぞるように首を傾げた。
はたして、口吻が貫いたのは芳醇な脳が詰まった勇三の頭蓋ではなく、左手の平と頬の表面だった。
折れるというより竹が破裂するような音が鳴り響き、レギオンの口吻が勇三の貫かれた左手によってねじ切られた。
レギオンが勇三の肩から手を離し、口吻の断面を抑える。まるで故障した水道管のように、添えられた太く短い指の隙間から髄液がどろどろと流れ出した。
重々しい衝撃が分厚い肉を揺らし、雨粒を弾き、その巨体を吹き飛ばす。
レギオンから解放され、投げ出されるようにサエが倒れこむ。勇三はその肩を支えると、地面に着いた自分の膝の上に頭を乗せた。それから脱いだ学ランで頬の泥汚れを拭ってやる。
見たところ、ふたりとも大きな傷は無く、浅いながらも呼吸はきちんと繰り返されている。
勇三はそのことに胸を撫でおろしたが、同時に薄暗い自責の念にもかられた。
自分がぐずぐずしていたから、ふたりは恐ろしい目に遭ったのだ。
サエの額にできた擦り傷に伸ばしかけた手を引き戻し、雨に濡れて垂れた自分の髪をかき上げる。立ち上がった勇三の目には、ふたたび闘志が宿っていた。
予期せぬ攻撃から立ち直れずにふらつくレギオンに大股で近づき、もう一度胴体に右フックを打ち込む。真綿の詰まった布団に金棒を振り下ろしたような音を耳に、勇三の心は攻撃性に支配された。彼は反対の手も握りしめると、その拳をレギオンに見舞った。
右、左とパンチを繰り出すたび、レギオンが苦痛の声をあげる。
(いける!)勇三は確信した。(銃なんていらない! このまま殴り殺してやる!)
そう心に決めて打ち出した次の拳は、しかしレギオンの手前の空を切っただけだった。
目測を誤ったのか、それともぬかるみに足を取られたのか。そう考える勇三の視界が急激に狭まり、彼は冷たい地面に頭から倒れ込んだ。
同時に激しい嘔吐感と、内臓を丸ごと引き絞られるような息苦しさが襲いかかる。
獲物を昏倒させる強力なガス。勇三はその存在を忘れたわけではなかった。ここに来る途中、その説明をした当の霧子が動けなくなっているのを見たし、襲われているサエたちを目に怒りで我を忘れかけたときも、その脅威は頭の片隅にあった。
予想外だったのは、匂いも音も無く漂うその気体が、信じがたい即効性をもたらしてきたことだった。
倒れた勇三の身体を太い腕で持ち上げたレギオンが、どこか満足げに両目を細めてみせる。潤んだ瞳の奥に残酷な喜びをたたえているのを見ながら、勇三の右腕がわずかに跳ね上がる。
だが、そこまでだった。レギオンがわずかに力をこめると、身体の奥で関節が鈍く軋み、右腕にまったく力が入らなくなった。
(肩をはずされたのか)もやがかかったような思考の中で勇三はそう思った。
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はたして、口吻が貫いたのは芳醇な脳が詰まった勇三の頭蓋ではなく、左手の平と頬の表面だった。
折れるというより竹が破裂するような音が鳴り響き、レギオンの口吻が勇三の貫かれた左手によってねじ切られた。
レギオンが勇三の肩から手を離し、口吻の断面を抑える。まるで故障した水道管のように、添えられた太く短い指の隙間から髄液がどろどろと流れ出した。
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