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第七章・世界は優しい嘘に包まれて
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輝彦は目を疑った。
霧子の乱入に対して、女剣士の笑みがいまや最高潮に達しているのを見たからだ。
剥き出しの歓喜とともに刀が滑り、尾を引く。それに呼応するように霧子も動き出すと、ふたりの<グレイヴァー>はひとつの黒い旋風へと変貌した。刀が風を切る音をたて、雷鳴のような銃声が響き、弾かれあう金属同士の火花が散る。
輝彦は這うようにして進むと、旋風のそばにいた勇三の襟首をつかんでバリケードの側まであとずさった。その直後、神速の攻防から飛び出した弾丸が目の前のアスファルトにめり込み、刃が近くの街灯を薙ぎ倒した。
死の嵐から距離をとりながらも、輝彦はこの光景から目を離せなかった。
襲いかかる女剣士の斬撃をすれすれでかわし、あるいは銃で防ぐなり、霧子は反撃に転じた。しかしその弾道が捉えるのは女剣士の残像であり、それに代わってふたたび白刃の軌道が少女を捉えようとする。
この攻防をなんとか眼で追うことはできたものの、はたして自分が同じ動きをできるかどうかは疑問だった。
それどころか、瞬きひとつで死に直結しかねないこの戦いに歯の根が合わない思いだった。
同時に輝彦は、霧子に対してもある種の疑問を抱いていた。
あの拳銃使いの少女は冷静沈着な性格とは言えないが、自身の役割に対する使命感に裏打ちされた強い自制心の持ち主であると思っていた。にも関わらず、そんな彼女のいまの戦い方はどこか熱を帯びている。
その原因はあきらかに、あの女剣士にあった。思えばあの女は自分や勇三に対してはあまりに無造作に剣を振り、攻撃にも手心をくわえているようだった。それでいてふつふつと内に秘めていた殺気は、いま霧子ただひとりにのみ向けられている。
すべては霧子を引きずりだすための挑発だった。そして自分たちは、そのダシに使われたのだ。
霧子の身を案じてはいたが、助けに駆けつけることができないのも承知していた。あの攻防に自分が飛び込んだところで、援護どころか足を引っ張ってしまうことがわかりきっていたからだ。
地面に尻をついて勇三を抱えるようにしながら、輝彦は己の無力さに歯噛みした。
そうした思考のあいだに、戦いにもある変化が訪れていた……音である。
銃声と刀が振られる音、そして武器同士の衝突音に加わって、女剣士の刀身からさきほど聞こえた甲高い音がよみがえってきたのである。
それはまさに、刀があげる歓喜の声だった。
そして、それまでの白刃のきらめきや発砲時の火花とは比べ物にならないほどの、まばゆい閃光が霧子と女剣士のあいだで爆発した。
思わずかたく閉じた目を、ゆっくりと開く。
はたして、ふたりの女性はお互いの相手を必殺の間合いで捉えていた。刃が少女の首筋に触れ、照門と照星が結ぶ直線上には女剣士の眉間があった。
女剣士が刀を引くと同時に、霧子は拳銃の引き金を絞るだろう。その逆もまた、起こりうる状態だった。
しかし結果として、どちらの命も失われることはなかった。
あれだけ場を重く満たしていた殺気が、いまではすっかり散っていたのだ。
すべての顛末が、まるで嵐のようだった。
女剣士の表情にも変化があった。口元には相変わらず笑みを浮かべていたが、そこにさきほどまでの獣じみた凶暴さはなく、むしろ優しげとさえ言えるものに変わっていた。
しかしそこには、相手を見下すような高慢さも見られた。
「それで撃てるかしら?」女剣士が口を開く。静かだが、凛としてよく響く声だった。
女剣士に向けられた霧子の拳銃は、銃口の上半分が消えていた。刀で斬られたのだろう、ふたつの銃口の境目から上部スライドの途中までが消え失せ、鏡面のように滑らかな断面が斜めに走っていたのだ。
霧子の乱入に対して、女剣士の笑みがいまや最高潮に達しているのを見たからだ。
剥き出しの歓喜とともに刀が滑り、尾を引く。それに呼応するように霧子も動き出すと、ふたりの<グレイヴァー>はひとつの黒い旋風へと変貌した。刀が風を切る音をたて、雷鳴のような銃声が響き、弾かれあう金属同士の火花が散る。
輝彦は這うようにして進むと、旋風のそばにいた勇三の襟首をつかんでバリケードの側まであとずさった。その直後、神速の攻防から飛び出した弾丸が目の前のアスファルトにめり込み、刃が近くの街灯を薙ぎ倒した。
死の嵐から距離をとりながらも、輝彦はこの光景から目を離せなかった。
襲いかかる女剣士の斬撃をすれすれでかわし、あるいは銃で防ぐなり、霧子は反撃に転じた。しかしその弾道が捉えるのは女剣士の残像であり、それに代わってふたたび白刃の軌道が少女を捉えようとする。
この攻防をなんとか眼で追うことはできたものの、はたして自分が同じ動きをできるかどうかは疑問だった。
それどころか、瞬きひとつで死に直結しかねないこの戦いに歯の根が合わない思いだった。
同時に輝彦は、霧子に対してもある種の疑問を抱いていた。
あの拳銃使いの少女は冷静沈着な性格とは言えないが、自身の役割に対する使命感に裏打ちされた強い自制心の持ち主であると思っていた。にも関わらず、そんな彼女のいまの戦い方はどこか熱を帯びている。
その原因はあきらかに、あの女剣士にあった。思えばあの女は自分や勇三に対してはあまりに無造作に剣を振り、攻撃にも手心をくわえているようだった。それでいてふつふつと内に秘めていた殺気は、いま霧子ただひとりにのみ向けられている。
すべては霧子を引きずりだすための挑発だった。そして自分たちは、そのダシに使われたのだ。
霧子の身を案じてはいたが、助けに駆けつけることができないのも承知していた。あの攻防に自分が飛び込んだところで、援護どころか足を引っ張ってしまうことがわかりきっていたからだ。
地面に尻をついて勇三を抱えるようにしながら、輝彦は己の無力さに歯噛みした。
そうした思考のあいだに、戦いにもある変化が訪れていた……音である。
銃声と刀が振られる音、そして武器同士の衝突音に加わって、女剣士の刀身からさきほど聞こえた甲高い音がよみがえってきたのである。
それはまさに、刀があげる歓喜の声だった。
そして、それまでの白刃のきらめきや発砲時の火花とは比べ物にならないほどの、まばゆい閃光が霧子と女剣士のあいだで爆発した。
思わずかたく閉じた目を、ゆっくりと開く。
はたして、ふたりの女性はお互いの相手を必殺の間合いで捉えていた。刃が少女の首筋に触れ、照門と照星が結ぶ直線上には女剣士の眉間があった。
女剣士が刀を引くと同時に、霧子は拳銃の引き金を絞るだろう。その逆もまた、起こりうる状態だった。
しかし結果として、どちらの命も失われることはなかった。
あれだけ場を重く満たしていた殺気が、いまではすっかり散っていたのだ。
すべての顛末が、まるで嵐のようだった。
女剣士の表情にも変化があった。口元には相変わらず笑みを浮かべていたが、そこにさきほどまでの獣じみた凶暴さはなく、むしろ優しげとさえ言えるものに変わっていた。
しかしそこには、相手を見下すような高慢さも見られた。
「それで撃てるかしら?」女剣士が口を開く。静かだが、凛としてよく響く声だった。
女剣士に向けられた霧子の拳銃は、銃口の上半分が消えていた。刀で斬られたのだろう、ふたつの銃口の境目から上部スライドの途中までが消え失せ、鏡面のように滑らかな断面が斜めに走っていたのだ。
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